三、謎の少女・メル - 5
「で、ここどこ?」
「オレに聞くなよ」
町を出てしばらく行ったところで休憩にしたあたしたちは、レオンが買ってきてくれたホットドッグで、お昼にはちょっと遅い昼食をとっていた。
ぱくり、と一口齧って咀嚼し、飲み下してからあたしが聞けば、当たり前のようなレオンの返答。せめてもう少し気を利かせて答えて欲しい。疲れてるんだから。
が、まあ、方向音痴の彼だから、本当にわかってないんだろうし。
その彼とあたしの間に腰を下ろしたメルは、美味しそうにホットドッグを頬張っている。
――宿屋でご飯食べてた時もなんとなく目が輝いていたよーな気がしたけど、気のせいじゃなかったか……?
ご飯時だけ感情が表に出ているというかなんというか。普段無表情で動作も少ない分、なんだかこういう反応があると、どこか安心する。
メルの観察もとりあえず、何をするにしても先に食べてしまおうと、食べ始めたホットドッグを三つほど平らげ、あたしは自分の荷物の中から地図を取り出した。先程の町で新品を購入しておいたのである。
まずは基準となるハルベス村を探して、そこから先程の町を探す。
持っているのは大陸の南側の一部、今いる国を中心とした地図だが、ぶっちゃけ大陸の中央から北は左右に大きく伸びた山脈で完全に分断されていて、ほぼ行く機会はないだろう。なんせ、その山脈はこの大陸の中で一番の標高を持っているらしく、さらにその山々には竜たちが棲みついているのだ。
友好的な竜たちだけならいいが、縄張り意識も強くて、そういうわけにもいかないらしく、乗り越えて行こうなんて人はまずいないし、聞いたこともない。
まあ、そんなわけで、竜の山脈より上は、あたしたち南大陸に住む人たちにとっては未知の世界だったりする。
その大陸南側の地図の北の部分――つまり竜の山脈に近い部分にハルベス村は位置している。と言っても、山脈とは結構距離があるけど。
そして、ハルベス村の囲う森を南側に抜けたところを通っている、東西に伸びる街道を東に向かうと、先程の町――トレイトタウンと地図には書いてある――がある。
今いる場所は更にそこから南東の位置になる。
ということは、あたし達は今、隣の国のレイソナルシティに続く南東の街道にいるらしい。
「本当は、トレイトタウン南側のアルカスの森を抜けて、ソレイユシティに行きたかったけど、レイソナルシティを経由してソレイユシティに向かうしかないわね」
レイソナルシティ南西から伸びる街道がソレイユシティに続いているのを確認して、あたしはキープしておいた四つ目のホットドッグに齧りつく。
「ソレイユシティに向かうのか?」
あたしが地図を確認している間に食べ終わったレオンは、一緒に買った携帯飲料を飲んでいる。
「メルの聞き込み、アルカスの森で保護して、トレイトタウンで当たりがなかった、ってことは、あと心当たりがあるのは、アルカスの森経由のソレイユシティに続く街道沿いじゃない。もしかしたらソレイユシティかもしれないし」
「ああ、そういうことか。だったら、森突っ切って向こうの街道に出たらどうだ?」
レオンはあたしが広げた地図に手を伸ばし、今いる場所からアルカスの森を突っ切って、本来行きたかった街道へと、人差し指で一つ直線を引く。
「そんなことしたら、街道へ抜ける前に迷うわよ! まさか今までそんなノリで歩いて、道に迷ったりしてないわよね?」
「毎回はしてないぞ」
毎回じゃなきゃしてんのかい。方向音痴以前の問題が見え隠れしてきてるんだけど、本当に彼、今までどうやって旅してきたんだろう……。
「とにかく、レイソナルシティを経由するとして、国境越えって初めてなんだけど、なんかめんどくさい手続きとかあったりするの?」
隣国、という言葉通りレイソナルシティに入るには国を跨ぐ必要がある。
あたしたちが今いる国はソレイユシティを王都とする、ソレイユ王国。かたや、今から向かうレイソナルシティはアルバートシティを王都とするアルデルト王国だ。
「別に。国境に関所があるから、怪しまれなきゃそこで軽い手続き――署名とかするだけのやつな――をして終わりだよ」
さすがに道に迷ってもちゃんと利用したことがあるらしい。レオンはなんてことない、と言わんばかりに軽く説明してくれた。
「ただ、それで足止めされるから、待ち行列はできる」
あ、これ、待つ方が疲れるやつだ。
ただ何をするでもなく待たされる、待たねばいけない状況になる、というのは結構な苦痛である。向こうも国の安全の為だろうし、文句も言えないのだが。
「まあ、それは仕方ないし。ご飯食べ終わったら先に進みましょ」
「そうだな。中途半端な時間に町を出たから、次の宿場まで急がないと」
そういえば、レイソナルシティまでって、どのくらいの日数がかかるんだろう。レオンに聞いても期待できる答えなんて返ってこないだろうし……。
まあ、宿屋が見つかったら、そこで聞いてみよう。
「メルは疲れたらいつでも、レオンにおんぶでも抱っこでもされてていいからね」
メルの体力も気遣いつつ、お昼を終えたあたしたちは、レイソナルシティを目指して歩き始める。街道途中にある宿屋を見つけたのは、日が沈んで結構時間が経ってからだった。
まだ一階が酒場として機能していたので、窓から漏れる灯りでなんとか辿り着けた。部屋が空いているかを確認したら、一室なら空いている、とのことで仕方なく三人一緒の部屋で寝ることになる。屋根のある場所で寝られるだけありがたい。
「あ、そうだおじちゃん。ここからレイソナルシティまでって、どのくらいかかるもの?」
ついでに下の酒場で食事を取りつつ――あ、酒場って言っても、お酒は飲んでないわよ――あたしは料理を運んできてくれた酒場のマスターに、懸念していたことを確認する。
「そうさな。ここはまだトレイトタウンに近いとこにあるし、まあここから中間にある一番大きな宿場町まで三日、レイソナルシティまで大体十日ってとこじゃないかね。なんだい、レイソナルシティに行くのかい? お嬢ちゃん達」
「うんそう。ちょっと色々あって、レイソナルシティ経由で、ソレイユシティに行こうと思ってて」
大雑把に事情を省略して、あたしは酒場の主人に行き先を告げる。
「ほー。めんどくさい道順で行くね。トレイトから来たなら、そのまま南下しちまった方が早かったろうに」
あたしだってそうしたかったわよ――という言葉は飲み込んで、あたしは愛想笑いで受け応える。
それをどう受け取ったのかは知らないが、おじちゃんは唐突に話題を変えてくる。
「それはそうと、お前さん方。見た感じ、子連れの夫婦か何かかい?」
ぶっ――‼︎
あたしとレオンは盛大に吹き出した。
思わず立ち上がって酒場の主人に詰めよるあたし。
「どこをどうしたらそう見えんのよ! この歳でこんな大きい子いたら、それこそ大問題でしょーよ⁉︎」
怒って喚き立てるあたしを、レオンがどうどうと座らせ(あたしは馬か!)、代わりにおっちゃんに説明する。
「ただの仕事仲間だよ。今、この子の身寄りを探していてさ。マスターはこの子に見覚えはあったりしないか? 誰か宿泊していった客が探していた、とかでもいいんだが」
おおナイス! さらっと情報収集にまで話を持っていくとは。
「なんだ、そうかい。いや、兄妹にしちゃ似てねーし、家族にしちゃ赤髪の嬢ちゃんが若く見えるし、でも以前年齢の割に見た目が若い人も見たことあるし……と悩んだが……」
だったらどうして、夫婦の方で聞いてきたんだ。せめて兄妹で聞いてくれ、冗談じゃない。
酒場の主人は顎に手を添えながら記憶を辿っているようだが、メルのことについては「悪いが知らないねぇ」とのことだった。
「ま、レイソナルシティは二つの国と接している国境沿いの大きな街で、交通の要の街だからな。そこで聴き込めば一人くらい知ってる奴がいるかもしれねえよ。
せっかく立ち寄るなら、三国の料理やら、珍しい物品やら見れるかもしれないし、ついでに楽しんできな」
それだけ言うと、酒場の主人はあたしたちのテーブルを後にする。
先に引き止めたのはあたしだけど、なんだったんだ、あのおっちゃん。
「こっちは子守なんだから、夫婦はないよなぁ……」
カップ半分だけ注いでもらった麦芽酒片手に、小さくブツブツ呟いてるから独り言なんだろうけど、聞こえてるぞ、レオン。
それにしても、三国の文化が混ざり合う街、かー。その言葉の響きだけで、なんだかそそるものがある。
アルデルト王国のレイソナルシティには、ソレイユ王国だけでなく、ヴォルティック帝国が隣接しているのだ。ソレイユ王国もヴォルティック帝国も南大陸北側にある国だが、どういう文化の違いがあるんだろうか。
そんなことを想像しながら、あたしはクリームシチュー三人前にパンとサラダとスイカズラの実のジュースを平らげて、部屋に戻った。
部屋は二人部屋で、扉の真正面に窓一つ。扉脇の部屋の隅には宿屋の気遣いか、花瓶に花が活けられており、その向かいの隅には鏡台が置かれている。壁にはコートや防具がかけられるような突起がつけられていた。
「問題は誰がベッドを使うか、よね……」
そう。三人部屋ではないので、当然ベッドは二つしかない。
一人分の掛け布団とシーツが手前のベッドに置かれているが、これは「一人は床で寝ろ」という宿屋側の主張だろう。
いや、用意してくれただけ親切なんだろう、きっと。
ともかく一つはメルに譲るとして、残り一つの争奪戦――。
「ベッドはミナとメルで使ってくれていいぞ。オレは床で寝るから。ちゃんと掛け布団は人数分用意してくれたみたいだし」
あたしが、ごくり、と覚悟を決めようとした途端の、レオンの神の声である。
あたしは驚いて
「えっ、いいの?」
と声を上げていた。
な、なんて優しいの!――とあたしが感動しているのもつかの間、彼は譲ってくれた理由をこう教えてくれた。
「オレ、昔からベッドって苦手だから、床の方が寝れるんだよな。だから、気にしないで使ってくれ」
……うっそでしょ…………。こ、この世にふかっふかのベッドよりも、堅くて痛〜い床の方が好きな人間がいるなんて……。
「え、遠慮してるわけじゃなくて?」
信じられなかったあたしは、思わずそう確認してしまった。しかし彼は「ホントホント」と否定しない上に、言ってるそばから慣れた仕草で床にごろ寝を始める始末。
……ヤバイ。これは軽く今までで一番のカルチャーショックだわ……。





