第82話 アレクサンダーの人生相談
レティシアはアレクサンダーが執務をしている部屋にきていた。本当はウィリアムと直接話したかったのだが、当人は視察やら打ち合わせやらで忙しく、この別荘にも滞在していないとわかった。
加えて、レティシア含む前科持ち三人はクロードから外出禁止令を言い渡され、ご丁寧に監視役まで付けられた。レティシアにはなぜか顔半分に包帯を巻いたクロードの隠密イザヤが、レティシアにくっついてきたリリアにはヨハンの部下のコンラートがついている。
「アレクサンダー様、手伝いますよ~」
机に張りついて眉間に深い皺を刻む彼に話しかけると、「おお、助かるわ」と、彼はへにゃりと笑った。
「お手伝い?何をするんですか?」
「手紙の複写とか~、清書とか~、いろいろあるんだよ~」
そう。別荘の中にいて監視付きでも情報収集はできるのだ。イベント云々について根掘り葉掘り聞かなくとも、行き交う手紙を見れば今の状況がわかるのではないか。そう考えての行動である。
「助かるぜ~。騎士団の奴らってそろいもそろって字ぃ汚くてな。」
ここに積んであるヤツ頼むわ、と示された山から作業を始める。リリアは、興味津々な様子で作業をのぞきこんでいた。
「手紙を写すの?」
「そう~。手紙は必ず三枚複写するの~。郵便とかないしぃ、道も安全じゃないから~、二枚は保険なんだ~。」
「そっか。私もやっていい?」
「いいよ~」
「手紙の複写ならリリアちゃんにもできるか…。なら、レティシアはこっち頼めるか?」
「わかった~」
複写作業をリリアに任せ、レティシアは別の書類を手に取った。
(お父さんに感謝…)
『金森百合』だった頃、父から簿記やらパソコンやら強制的に学ばされたおかげか、事務作業は苦手ではない。すべての知識を覚えているわけではないが、書類はスラスラ読めるし、書き方もなんとなく身についているのだ。
おかげで、こうして手伝いながら情報収集ができる。
(修道院は放火。犯人はまだ捕まっていない…。それで、やっぱりウィリアム様は『船の道』計画を進めている。ゲーム通りに…。)
マナ・グラーシアは、サンフルールに隣接するほぼ島の半島である。というのも、陸地の国境線はたった八キロあまり。故にほぼ島なのだ。
ウィリアムは、その八キロの括れに、『船の道』―船の陸上輸送路―を建設しようとしている。マナ・グラーシアは、括れの両端にそれぞれ主要港を持っているが、陸地が繋がっているが故に、二つの港を行き来する船は半島をぐるりと迂回せねばならない。二つの港を結ぶ陸上輸送路が完成すれば、積荷を船ごと最短距離で運べる。マナ・グラーシアに恩を売れるし、サンフルールにとっても物流の改善は旨味がある。ヒロインと結ばれるために、次期国王として己が相応しいと証明するために、ゲームの彼はこの計画を実行するのだ。
(けど、悪徳貴族につけいられてしまうんだよね。)
悪徳貴族の要求で輸送経路を変更し、難工事を強引に推し進めた結果、クロードと意見が衝突、剣を交えた結果、ウィリアムが死んでしまうのだ。
(むぅ。アレクサンダー様の書類だけじゃ、悪徳貴族が何かやってるとかわからない…!)
アレクサンダーは騎士団所属。書類は警備計画が主。件の輸送路付近に人を派遣していることから、ウィリアムが計画に手をつけた様子は窺えるが、それ以上のことはわからない。
(うう~。気が進まないけど…ヨハンに聞いてみようかな。)
◆◆◆
今日は一日事務作業に費やしてしまった。日頃騎士団で汗を流しているアレクサンダーにとって、机にかじりついての事務作業は苦痛以外の何ものでもない。幸い、女子二人が手伝いを申し出てくれたおかげで、腱鞘炎にならずに済みそうだが。
夕暮れ時、肩を回してほぐしながら、仕事を終えたアレクサンダーが立ち上がりかけたとき、余裕のないノックとともにスヴェンが入ってきた。
「…匿ってくれ。」
大柄な彼が縋るような目を向けてくる。…ちょっと気持ち悪い、と思ったが口にはしなかった。
「なんだよ。やっと仕事が終わったってのに。」
スヴェンには、修道院火災の後始末を頼んであった。何かトラブルでもあったのだろうか。燃えるような赤髪に吊り目という強面のアレクサンダーだが、人情には厚い方だ。
「で?どーしたのよ、スーちゃん」
まあ座れ、とさっきまでレティシアが座っていた椅子を勧めてやる。
「修道院長が…追いかけてくるんだ。」
「ああ…。」
頭を押さえて呻く友人に気の毒そうな視線を送る。ちらほらと騎士達からの報告にも上がっていた。どうもあそこの修道院長は精力旺盛な方らしく、燃えた建物の解体作業に勤しむ騎士から、「胸と尻に熱い視線を感じる」と。
(スーちゃん、ターゲットにされたか。)
いい身体してるもんな…。おばちゃん達の前でうっかり薄着にでもなったのか。
「なあ…荒唐無稽な話だけど、聞いてくれる?」
…なんか長くなりそうだ。
「前世の記憶って…信じる?俺…前の『俺』は、ピアニストって職業についてたんだけどさ、」
…おまえもかよ。まあ、いい。聞いてやるよ。ピアニストって何気に羨ましいな。
「終活してるってお年寄りのために、ピアニストとして一曲弾いてくれって依頼を受けてさ、」
…ああ、小さな仕事を受けたと。有名ピアニストじゃなくて、普段は街のピアノの先生やってる、みたいな奴だったのかな。相槌を打ちながら、アレクサンダーはそう解釈した。
「心を込めて弾いたんだ。…すごく喜んでくれたよ。俺も満足だった。けど、」
依頼してきた元気なオールドミスにたいそう気に入られてしまったのだそうだ。連絡先をしつこく聞かれ、挙げ句職場や自宅にも押しかけてくる―立派なストーカーである。
…一瞬、同志の顔が浮かんでしまったのは仕方がないと思う。
「あの人が来るから、俺…いつも職場の非常階段から帰ってたんだ。」
「ほう、」
苦労してたんだな、と内心独りごちるアレクサンダー。
「けどある日、運悪く非常口から出るところを見つかって、咄嗟に走ろうとして…足を踏み外して…」
…おい。
「最期に…意識がブラックアウトしていくとき、あの人の声が…けっこう近くで聞こえた気がするんだ。なあ、『俺』の死体…無事だったかなぁ…」
「……。」
非業の最期だったな。いろんな意味で。
可哀相に、精力旺盛な院長様に追いかけられたことがトリガーになって、嫌な記憶を思い出しちまったのか。不憫だ。
つーか。
同志といい、スーちゃんといい、なんで俺はこんな重い悩み相談を受けてるんだ??人生相談業始めた覚えはねぇんだけどな。
「実は即死してなくて、意識不明のまま病院に担ぎ込まれていたら…『俺』、絶対何かされてる…!あの人ならやりかねない…!」
仮に即死でもあの人なら脱がすくらいはやっていたかも…人命救助とか言い訳して、と呟いて「屋外でか?屋内でか?…」とスヴェンは負の無限ループに嵌まりこんでいる。…だいぶ病んでるな。
「大丈夫だ!警察が即出動してその婆さんを捕まえたに決まってる!日本の警察は優秀だからな!」
罪状に、死体損壊罪も入ってたかもしれないけど。バシバシと友の背中を叩きながら、大丈夫だって!と明るく言いきってやった。
…若干、しょっぱいと思わなくもない。慰めるなら野郎より女の子がよかったとか。
「とにかく!寝ろ!そしたら嫌なことなんてきれいさっぱり忘れちまうよ。」
そう言って背を押してやると、ようやく落ち着いてきたのか彼は表情を和ませた。
「感謝する、皆藤。」
…。
…。
「…おい。」
「…あ。」
間抜けな沈黙は一瞬。失言に気づいた『そいつ』をアレクサンダーは床にねじ伏せた。




