第7話 葬送
サアサアと細い雨が降っている。
秋の終わりの空気は冷たく、指先は感覚がなくなるほど冷え切ってしまった。
カーンカーンと、鐘の音が空気を震わせ、響く。
「申し訳、ありません…。」
棺に眠る彼らに詫びた声は、すすり泣く声に混じって消えた。
デスタン公夫妻は、助からなかった。
真新しい墓標の前に佇み、レティシアは、ただただ悔いた。
(私の…せいだ。)
夫妻は馬車で領内を視察中、崖崩れに巻き込まれた。
往来の激しい街道上での崖崩れは数カ所に及び、多くの死傷者が出た。近くの村に次々に運びこまれた彼らは皆泥まみれで身元が確認できず、夫妻の居所を突きとめるのに時間がかかり、手遅れになってしまったというのが、ゲームの筋書きだった。
ゲームなら、たかだかモブキャラの死だ。
けれど既に、彼らはレティシアにとってそんな無味乾燥なモノではなくなっていた。
ピアノを習えるよう後押しをしてくれた。
令嬢として不出来な自分にも、温かく接してくれた。
たくさん優しくしてもらった。
そんな人の死をどうして悲しまずに、後悔せずにいられるだろうか。ぽろぽろと、止めどなく流れる雫がその証。
泣かないで、と誰かが言った。
「ウィリアム、さま…。」
仰ぎ見た彼に、いつもの覇気はない。茶目っ気のある赤茶の瞳は、今は深い悲しみに沈んでいた。
「ありがとう。俺の両親のために泣いてくれたんだね。でも、泣くとせっかくの可愛い顔が台無しだよ?」
レティシアを元気づけようと、冗談めかして言ったつもりなのだろう。けれど彼の声は微かに震え、無理に笑った顔は今にも泣きだしそうで。憔悴しきった様子に胸が締めつけられた。
(こんな…悲しませたくなかった。こんな顔なんかさせたくなかった…!)
彼は…攻略対象だ。けれど、幸せであって欲しいとレティシアは思っていた。ピアノを教えてくれた―祐貴兄さんと重なるから。レティシアにとって彼もまた、『ゲームのキャラ』ではなくなっていたのだ。
降り続く雨は、いつしか霧雨に変わっていた。白く煙る墓標の群れが、静かに二人の会話を聞いていた。
「俺はね、」
ぽつりとウィリアムが言った。
「レティには、感謝しているんだ。君が…お父君に頼んでくれたんだろう?薬と医者を。」
声が途切れる。息づかいと沈黙は、彼がせり上がる激情を飲み下そうとしているからだ。短く息を吐いて彼は続ける。
「君の『お告げ』のおかげで…俺は最期に両親と話すことができた。ベアトリーチェも。だから俺は…」
…倖せだったんだ。
最後は、絞り出すような声で、まるで自らに言い聞かせるように話すウィリアムに、レティシアは激しく頭を振った。
「…レティ。」
まるであやすように優しく名を呼ばれたかと思うと、温もりがふわりと身体を包んだ。ウィリアムに柔らかく抱きしめられている。
「…ごめんなさい。」
せり上がってきた嗚咽が喉を震わせる。
(ちがう、ちがうの。私はッ…!)
「ごめんなさい、ごめんなさい…ッ!」
取り返しのつかないことをしてしまった。
(私は…罪人だ。)