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第74話 シャンティ・クリームパイ

夜。静まりかえった修道院の廊下を滑るように移動する白いモノがあった。


「これ、本当にバレないんですか。」


「一度試したもの。絶対に大丈夫よ。」


しかも今日は特大サイズ、院長様だって逃げ出すわよ、と白いモノ―シーツの下からリリアが得意げに囁いた。


待ちに待った祭りの日、修道院を抜け出す秘策は、頭からシーツを被って幽霊に化けるという頭の悪さがうかがい知れるものだった。しかも、今回は一枚のシーツの下に、リリア、レティシア、エマが縦一列に並び、見た目はまるで獅子舞の出来損ない。不格好な上、シーツが小さいために三人分の足がまる見えである。


「カーテンの方がよかったんじゃ…?」


「……そうかもしれないわね。」


しかし、そんなお粗末な変装にもかかわらず、三人は無事建物の外へ出ることができた。しかし、修道院の周りには夜中でも見張りの僧兵が立っている。彼らを正面から突破するのは不可能、なはずだが…。


「院長様のおつかいです。」


「通れ。」


魔法の言葉一つで難なく突破。


「年に一度のお祭りの日だけは、あの言葉で出入り自由なの。シスターたちの鬱憤(うっぷん)晴らしだそうよ。」


「リリアちゃんすごぉい!」


「王女殿下が何やってんですか…」


無邪気に感心するレティシアと呆れるエマ。あら、ちょっと噂話を聞いちゃっただけよ、とリリアはすっとぼけた。



◆◆◆



古着屋で町娘風の服を買って着替え、三人は夜の聖都に繰り出した。露店で揚げ芋や焼き菓子を買って食べながら、賑やかな通りをそぞろ歩く。


「ところで、お祭りって具体的に何をやるんですか?」


「フフフ。それは…あ、あそこだわ。」


行きましょう、とリリアがレティシアの手を引く。行く先には長蛇の列。露店に並んでいるわけではなさそうだ。並んでいるのが皆女性ばかりというのも気になる。その列に、リリアたち三人も連なった。


「これ、何を待っているんですか?」


「シャンティ・クリームパイよ。」


「シャンティ・クリームパイ??」


シャンティ・クリームパイとは白いシンプルなお菓子だが、聖都の名物なのだろうか。そう思っていると、列が動き出した。


大勢の女性たちにぞろぞろとついて行くと、木の柵で囲まれた広場に案内された。柵に沿っていくつかのテーブルが置かれ、何かが山積みにされている。さらに、レティシア達がいるのと反対側には、庶民と思しき数人の男性が見える。少し待たされた後、広場の真ん中にその男性たちが一列に並んだ。なぜか両手に枷を嵌めた彼らを、主宰者と思しき男性が順番に紹介し始めた。


「バル、スリに空き巣。ロイ、無銭飲食及び暴行。サミュエル…」


どうやら彼らは犯罪者のようだ。しかし、お祭りの日に大勢の女性達の前に並べる意味がわからない。


「それでは()()()乙女の皆様、神の名のもとにこれなる罪人共に存分に罰を与えましょう。それでは…」


はじめ!!と大声で叫び、一目散に逃げていく主宰者。同時に合図を今か今かと待っていた女性たちが一斉にテーブルへ走り、山積みにされていたシャンティ・クリームパイを手にするや犯罪者めがけて突進、雄叫びをあげて投げつけた。


「マナ・グラーシア名物、パイ投げ祭りよ。」


選ばれた不幸な犯罪者が標的になるという。パイ投げとはいえ、犯罪者10人に対し女性はざっと50人。多勢に無勢で、犯罪者たちは修羅のような顔の女たちに追い回され、一方的かつ手加減一切なしでパイを叩きつけられる……トラウマになるほどの恐怖を味わうことはもちろん、実はかなり痛いらしい。そして、この苦行に耐え抜くと、標的たちは牢から出られるそうな。女たちにとっては、日頃の鬱憤晴らしになり、犯罪者には再犯防止になると評判で、毎年開催されるのだ。


「さあ!日頃の鬱憤を晴らすわよ!」


目をらんらんと輝かせたリリアに手を引かれて、レティシアも他の女たちに混じってシャンティ・クリームパイを取りに走った。


「こんのぉ…セクハラくそ親父ぃ!!」


ベシャッ!


「リ、リリアちゃん?!」


助走付きジャンプアタックでパイをぶん投げたヒロインにビビりまくる悪役令嬢。そのヒロインは、顔に返り血ならぬ返りクリームを浴びて、


「レティシア様も!ほら!」


と鼻息荒く勧めてきた。ライムグリーンの瞳をキラキラさせて、


「殴りたくても殴れない人っているでしょう?コイツらをそいつだと思って!」


まともなヒロインなら絶対言っちゃいけないエールを受けて、レティシアの脳内にとある男の顔が浮かび上がった。



◆◆◆



修道院御用商人の格好をして、エリアスは祭りにわく聖都を歩いていた。他でもない、修道院にレティシアを迎えに行こうと考えてである。


男子禁制の修道院だが、御用商人の出入りはOKなのだ。どんな制約のある施設でも、物資の搬入なしで運営などできはしない。高位の貴族子女が滞在する修道院ならなおのことである。


「いいぞ!やれぃ!クソ女ども!」


「それそこだぁ!ぶっ飛ばせ!」


お世辞にも上品とは言えない声援を送り、わぁわぁと騒ぐ野次馬の横を通りかかった。名物パイ投げ合戦は既に始まっているようだ。


「今一回戦?急いで迎えに…」




「エリアスの、ばっきゃあろーー!!!」


ベシャベシャベシャッ!!




「ゆ…百合さん?!」


幻覚かな。今ヤバいものが見えた。どうやって投げたのか、パイが三つ同時に命中したような…。エリアスは目をこすった。




「食らえ痴漢ー!怨霊退散ー!」


ベシャベシャッ!!


「うおぉりゃあああ!!!」




「きき…今日は帰った方がいいかも?!」


柵から一歩後ずさり、くるりと背を向ける。今近づいたら…ここにいると気づかれたら自分は明日生きていないような気がする。好きな人の意外な一面を見てしまったエリアスであった。

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