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第4話 ピアノを教えて

「ダメです。」


「なんで!?」


「あなたって子は、昨日あれだけやらかしておいて!まだ懲りないのですか!」


「レティ、おまえに必要なのは淑女として恥ずかしくない振る舞いを身につけることだ!」


音楽芸術は貴族の嗜み。ピアノを習わせてくれと頼めば、二百パーセントオーケーでしょう!と思ったのだが、昨日の今日ではさすがにタイミングが悪すぎた。大反省である。


(基礎ダイジ!ヤル!ハヤク!)


何故だか恐ろしくはやる気持ちに任せてやってきたのは広間。夜会を開く以外は、日頃のダンスレッスンやマナーレッスンに使う部屋で、教師が使うピアノが置いてあるのだ。


(まずは…クレメンティかな。)


ピアノを弾く上で基礎練習は必須。指を速く滑らかに動かすだけでなく、スラーやトリル、アルペジオなど様々な演奏スキルを身につけるために訓練は欠かせない。


まずは音階。そして…あれ?


(く、クレメンティの練習曲ってどんなだっけ?!)


レティシアは愕然とした。


子供向けの練習曲の一つ一つなんて忘却の彼方だ。

かといっていきなりショパンのエチュードなんてとても弾けない。


やっぱりさっきの失態はイタかった。レティシアは頭を抱えた。


(だれかクレメンティ、いやこの際バイエルでもツェルニーでもいいから貸してください…。)


ピアノの前で頭を抱えていると、ノックと同時にエマが入ってきた。


「レティシア様、お客様ですよ。」


手を引かれて客間に入ったレティシアを迎えたのは…


「初めまして。俺はウィリアム。ウィリアム・ブリュノ・デスタンだ。よろしく。」


柔らかな笑みを浮かべる、攻略対象だった。


「は、初めまし、て…。」


咄嗟に淑女の礼までできた自分を褒めてやりたい、とレティシアは思った。


(さ、さい先悪くない??よりによって最初に出会う攻略対象がウィリアムなんて~)


ウィリアム・ブリュノ・デスタン。愛称はウィル。メインキャラ五人の一人で、赤茶色の髪にくりくりした同色の瞳が特徴の貴公子。明るい性格で面倒見がよく、親しみやすいキャラだ。現時点では、デスタン公「令息」。そして、ウィリアムのルートにおいて、悪役令嬢は刺客に襲われ殺されてしまうのだ。


(ま、ま、まだ子供だし、一度会うだけなら大丈夫、だよね??)

自邸の客間から逃げるわけにもいかない。


「ど…どうぞ、お掛け下さい。」


無難におもてなししてお帰りいただこう、と、レティシアはぎこちない動作でソファを勧めた。だが、事態は思わぬ方向に進む。


「ピアノ?それなら俺が教えられるよ。」


うちにおいで。


そんな魅力的な誘いを受けて…断れなかった。

あれからとんとん拍子に話が進み、場所はデスタン邸のピアノ室。ピアノに向かうウィリアムとベアトリーチェを眺めるレティシアの手許には子供向けの練習曲集がある。


(そう!これが欲しかったの~。)


いくら前世でピアノを弾いた経験があれど、今世の自分は、鍛えていないため指に筋肉もついていないし、精一杯手を広げてもドからシまでしか届かない。1オクターブ越え重音がうじゃうじゃ出てくる大人向けの練習曲など弾けるはずもない。その点、この練習曲集なら、今のレティシアでも無理なく指や腕の筋力を鍛えることができるのだ。しかも。


(ウィルって教え方上手いし、優しい!さすが攻略対象?)


主人公が惚れるのも無理はない。ウィリアムの温厚で明るいキャラはプレーヤーから絶大な人気を集めていたのだ。


(けど、制作会社的にはウィリアムは4、5番手なんだよね。)


当時は、『俺様』『腹黒』男子の人気が高かったため、制作会社の掲げる看板商品キャラも『俺様ストイック』キャラと『腹黒王子』キャラが双璧だったのだ。ウィリアムはいわゆる、誰にでも好かれる無難キャラ、双璧の引き立て役的な立ち位置なのだ。


(こんな優しい人が悪役令嬢とはいえ、女の子を殺害エンド送りに…ううっ、乙女ゲームって残酷…。)


死亡、しかも誰かに殺されるエンドなんてまっぴらだ。なんとしても回避しなければ。


「お待たせ。レティ、おいで?」


…回避しなければならないのだが、なぜ。


「25番、スタッカートとスラー。」


椅子に飛びのるように座り、背筋を伸ばす。真剣な眼差しが楽譜と自分の手許に向けられているのを感じた。


なぜ、この人の隣はこんなにも心地よいのだろう。


弾いているのは、美しくもない練習曲だ。変なメロディにおかしなリズム。


「すごいな、嫌がらせみたいな変な曲なのに。よく頑張ったね、レティ。」

温かい笑顔で、よしよしと頭をなでられて、レティシアはへにゃりと笑った。


(なんだろう、懐かしい…。)


とても幸せな気分になるのだ。それなのに。

思い出せそうで思い出せない。


◆◆◆


「そろそろ簡単な曲を弾いてみようか、二人とも何が弾きたい?」

ウィリアムの持ってきた楽譜にベアトリーチェは目をきらきらとさせている。


「レティ、君もおいで。」


手招きされて、レティシアはおずおずと楽譜をのぞき込んだ。どれも華があって音楽的にも美しい曲だ。有名曲の簡単アレンジもある。けれど。


「ウィリアム様、私は、『パイナップル博士』が弾きたいです。」



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