第44話 婚約者様のヴァイオリン
メリカントでの残りの滞在期間は、王女アンネリエたっての願いで、社交を兼ねた演奏会に費やされることとなった。無論、婚約者様と一緒にだ。
「北の航路で貴殿を知らぬ者などいないでしょう。これを機会にぜひご指導を賜りたく…」
「隣国の情勢は…」
「ギルドのシステムには常々興味を持っておりまして…」
誰かに話しかけられるたび、婚約者様はゲームのツンケンぶりが嘘のようににこやかに対応してくれるため、レティシアはただ横でにこにこしていればよかった。そして出番がきたらピアノを弾いて…なんか楽しい。
婚約者様もヴァイオリンを弾いて、それが予想外に上手い。だってゲームでクロードのヴァイオリンは、《G線上のアリア》オンリーだったのに…。初めて婚約者様に見とれた、じゃなくて聴き惚れた。なんていい音を出すんだろう、と。
(彼のパガニーニやヴィエニャフスキとか聴きたいな~)
そうこうする間に滞在期間は終わり、アンネリエとヴァリオに見送られて、メリカントを後にした。エリアスは…お茶会事件以来見かけなかった。婚約者様はそれを訝っていたけれど、エリアスは自由人だ。気にしたら負けである。
◆◆◆
「むきゅうどう??ノヴァーチェク??」
帰国の途上、馬車の向かいに座る婚約者様が首を傾げている。
「《無窮動》はぁ~常動曲ぅ~。華やかだしぃパフォーマンスにもなるの~」
ヴァイオリンが16分音符を休みなく高速で弾き続ける曲で、前世ではコンサートの定番曲だった。
「締めに重音ピッツィカートとffの四和音か。派手だな。」
「ぜひ弾いて~。伴奏してあげる~。」
《無窮動》はテンポが速く超絶技巧も入るらしいが、婚約者様なら弾きこなすかもしれない。煌めくような旋律を奏で、ヴァイオリンを引き立てるピアノ伴奏も好き―だから、たとえ相手が破滅エンド持ちの攻略対象でも、デュエットしたい。
CDなんかないこの世界で、音楽を再生するには自ら弾くしかないのだから。レティシアの胸に、記憶の音楽を再生する楽しみが光を灯すと共に、協奏曲のように二度と再生できない音楽への喪失感が影をおとす。
(…仕方がないよね。)
知らずため息を零していると、不意に婚約者様から手を取られた。
「クロード様?」
顔を上げると、腰を浮かせた状態でレティシアの手を握る婚約者様。何気に顔が近い。
「あ…いや、その…」
目を逸らしてもごもごと口ごもる彼の耳は、よく見ると真っ赤だ。忙しかったし、ハイスペックな攻略対象といえど疲れたのだろうか。
「あ~、お疲れでしたら横になっていただいて大丈夫ですよ?」
壁際に寄ると婚約者様がハッと目を見開いたが、エリアスからもらったからくりを膝に乗せ、緩衝材代わりに敷いていたクッションを差しだすと、肩を落とした。婚約者様が、蚊のなくような声で「膝枕じゃないのか」と呟いたのは、レティシアの耳には届かない。
「?遠慮しないで~。足もこっちに伸ばしていいよ~、全っ然気になりませんから~」
ドグシャァ!
「だ…大丈夫~?!」
慌てて座席から崩れ落ちた婚約者様を助け起こす。本当に大丈夫か。支えられ、ヘロヘロと座席に座り直した婚約者様は、
「そ、そうだ聞きたいんだが!《無窮動》はどれくらいの速さで弾くんだ?」
無理やりすぎる笑顔で聞いてきた。なんか痛々しい。
「16分音符がこれくらいか?」
手拍子を打つ婚約者様。拍手みたいな手拍子を虚しく感じるのは本人だけである。
「え?4分音符がこれくらいです。」
婚約者様に気押されつつ、レティシアも手拍子を打つ。メトロノームがないと、速さを知らせるのが面倒くさいし、曖昧だ。ちなみに、この世界では曲の速さを指示するのは、指揮者の役目―人力だ。
パン!パン!パン!パン!…
パン パン パン…
ヤケクソに速い手拍子と控え目でゆっくりな手拍子が車内に響く。…シュールだ。
「やっぱりメトロノームが欲しいなぁ。」
エリアスに頼んだら作ってくれるだろうか。膝に置いた彼のからくりをそっと撫でているレティシアの向かいで…
「くっ…!弾いてやる。なんとしてでも弾いてやるからな…!」
婚約者様が手拍子をしながら器用に地団駄を踏んでいた。
このお話で「二人の王子」は完結です。次章は「それぞれの冬」。サンフルール王国のお隣、プロッシマ国が舞台となります。内政のお話が大半。自慢じゃないけど、史実パロディじゃなくて作者オリジナルのお話。お楽しみに。




