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第41話 エリーゼのために

攻略対象の最強お姉様登場回。《エリーゼのために》を真面目にアナリーゼしたのは大人になってからですが、改めてこの曲作ったベートーベンはすごい人ですね。

翌朝、レティシアはメリカント王家の朝餐に急に招待された。


(なんで急に招待??)


サンフルール王国の大公令嬢で次期王妃(今のところ)とはいえ、大して親しくもない王家から、朝餐というかなり私的な場に招待される意味がわからない。それに直接的ではないにしろ、先日第二王子を怒らせて返り討ちにされたばかりである。良い感情を持たれているとは到底思えない。


(ま、まさか入った途端楽譜が飛んでくるとか~?わぁ~エマとレジスを連れてくればよかった~)


恐々と朝餐室の扉をくぐると、


「まあ!貴女がレティシア様?お会いしたかったわ!」

突然見知らぬ女性に手を取られ、室内に引きずりこまれた。


「初めまして。私、メリカント王国が第一王女、アンネリエ・メリカントですわ。私のことはどうぞアンとお呼びになって。」

レティシアの手を握ったまま、興奮気味に頬を染めるその見知らぬ女性―アンネリエは一気にまくしたてると、グイグイと手を引いて、レティシアを自分の隣に座らせた。



(え…え~と、アンネリエ様…あ!確かゲームにも出てた!)


熱っぽい眼差しで見つめてくるアンネリエに戸惑いつつ、FDの内容を思い出す。


アンネリエは攻略対象二人の姉だが、ゲームでは挨拶シーン以外はほぼ出てこなかったいわゆる脇役で…キャラのイラストもなく名前とセリフしか表示されていなかった。道理で顔を知らないはずである。


そんなアンネリエの見た目は、攻略対象二人の髪色を足して二で割ったようなブルーグレーの豊かな髪を緩く編み込みにした、小柄で可愛い系の美女だった。攻略対象二人とはかなり年が離れているはずだが、まったくそう見えない。さすが攻略対象の姉だ。



「レティシア様は厄災に見舞われた民を憂い、慰め癒す聖女様のような方だとお聞きしていますわ。あの…不躾(ぶしつけ)なお願いなのですけど、ぜひ…ピアノをお聞かせいただけないかしら…。」


レティシアの袖を見かけによらず力強く掴み、そんなお願いをされた。彼女の視線の先には、黒光りする立派なグランドピアノ。広くない朝餐室で、その圧迫感は凄まじい。テーブルを壁際ギリギリに寄せて無理やり置いたとわかる。


「私、この朝餐の時間を過ぎると、公務が立てこんでいて…今しかないのです…!」

腕に縋りつき、見つめてくるアンネリエ。上目遣いなのにぎらついた目に、レティシアは顔を引きつらせた。なにか執念のようなモノを感じるのだが…。



「姉上、レティシア嬢が困っているでしょう。」


静かに窘めたのは、昨日怒らせた第二王子のヴァリオだ。彼は無理やり寄せたテーブルの端の席で狭そうに食事をしていた。ちなみにエリアスは不在。FD情報から察するに、朝寝坊だろう。


「んもうっ!ヴァリオは黙ってらっしゃい。」


「姉上、彼女は召使いではないのですよ。」


「お黙り。私の考えに間違いがあると言うなら、今すぐ私を納得させるモノを書面にしてよこしなさい!」


そして姉弟喧嘩は五秒で決着がついた。


すごい、あのヴァリオを黙らせるなんて…さすが攻略対象の姉。うっかり尊敬の眼差しを向けたら、ヴァリオに憎々しいとばかりに睨まれた。なんかヴァリオの目が「さっさと終わらせろ、あ?」って言ってるみたいで怖い。


「ひ、弾かせていただきますね」


視線で射殺されないうちに部屋に逃げよう。そう心に決めて、レティシアはピアノの前に腰かけた。



◆◆◆



「まあ…素敵な曲ですこと。《エオリアンハープ》というのね。」


「…ハイ。ゴ満足イタダケタデショウカ。」


短い練習曲を弾いてお暇しようと思ったのだが、アンネリエは逃がしてくれなかった。ヴァリオの視線レーザービームがじりじりとレティシアの背中を溶かしてくる。


「うふふ。レティシア様とは仲良くなれそうですわぁ。」


「マア、光栄デスワ。」


背中が熱い。焦げているのだろうか。


「レティシア様のようにピアノが弾けたらいいのに。ねえ、私にも弾ける曲ってないかしら?」


おや?レーザービームが消えた。エネルギー切れか?視線だけでこっそりヴァリオをうかがい見ると、彼はゾッとするような冷たい微笑みを浮かべていた。

ヴァリオの目曰く、「その短い指でピアノなんて弾けるはずないだろ。」…なるほど。


確かにアンネリエの手は平均より少し小さめのようだ。指だって長くない。


「大丈夫ですよ、弾けます。」


レティシアは微笑んだ。


「ベートーベンという人がとある女性に捧げた曲があるんです。女性の名前は、テレーゼさん。ベートーベンは教え子だったテレーゼさんに恋をして、彼女のためだけにこの美しい曲を作ったんです。」



手の小さな女性でも弾くことができるように。

技巧的ではなくて簡単な曲を。

そして、えもいわれぬ美しい旋律を君に。愛する君だけのために。



「テレーゼさんの遺品から出てきたその楽譜は、『テレーゼ』を『エリーゼ』と読み違えられて、後世に伝わりました。元々《テレーゼのために》だったのが、《エリーゼのために》となって。」


ピアノを習い始めて最初に弾くクラシック作品として、『日本』でもよく知られた曲―。


異世界のピアノで、あの有名な主題をしっとりと弾く。ころころと明るく転がるような第二主題と反対に指を置き換えながら低音を連打する中に暗い旋律が響く第三主題の対比が面白く、第三主題と第一主題を結ぶアルペジオと半音階のパッセージは簡単なのにため息が出るほど美しい、実はとても工夫された曲でもある。



「まあ!まあ!身分差の恋なんて、なんてロマンティックなのかしら!」

アンネリエも気に入ったようだ。


「よろしければ、楽譜を差し上げますわ。」

そう申し出ると、「すぐに書いてきて!」と快く朝餐室から出してくれた。


ヴァリオとすれ違い際、彼の目は「姉上は不器用だからね。真ん中の速いところなんてきっと弾けないよ」と言っていた。


え?不器用なの?それは…練習頑張って下さい。

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