第2話 取り巻き候補
誤字報告ありがとうございます!
「お嬢様、奥様がお呼びでございます。」
(?なんだろう、急に。)
なぜかよそ行き用のドレスに着替えさせられ、母親の待つサロンに入ると、ソファに座る三人の令嬢が目に入った。彼女たちはレティシアを見るや、立ちあがってそれぞれ丁寧に礼をとる。
「貴女の話し相手にと、お招きしたの。ご挨拶なさい。」
「は、は、初めましてぇ…。」
つかえながらそう言うのが精一杯だった。なぜなら。
(あ、あ、悪役取り巻き三人衆~!!)
子供ながらゲームと顔つきがまったく同じだ。彼女たちの名前も、それぞれどんな悪事を働くかも知っている。むろん、最終的には手のひらを返すことも。
「初めまして、レティシア様。よろしかったら、こちらでお話しましょう?」
「ぜひ私の隣にお座りになって。プレゼントをお持ちしましたの。」
「一緒にお菓子をいただきましょう?」
三者三様に言葉を発する令嬢は、いずれもレティシアより少し年上で、既に全員縦ロール。顔の両側に鎮座するそれはまるで太巻きのようだ。左側から順に、赤太巻き、黄太巻き、茶太巻き…舌を噛みそうだ。
おそらく、初めてのお茶会で挨拶もできずぶっ倒れたレティシアに、年の近い『友人』をあてがおうとしたのだろう。けれど、彼女たちを取り巻きにしたら最後、破滅街道まっしぐらだ。
「どうしたの、レティシア。早くいらっしゃい。」
母に呼ばれてレティシアは焦った。
(ど、ど、どうすれば?!)
あわあわと視線を彷徨わせたレティシアの目に入ったのは、壁際に控える一人の少女。お仕着せを着て、大人の侍女の横に控えていることから侍女見習いだと思われる。
(で、でも、子供の侍女見習いは貴族子女の行儀見習い、だよね?)
つまり彼女は低位の貴族子女。おそらく、伯または准伯令嬢だろう。話し相手として最低限の基準は満たしている。
余談だが、このサンフルール王国の身分制は、上から順に『王族』、王族傍系の『大公』、建国時から王家に仕えている筆頭五家臣たる『公』、その他の有力家臣『伯』、主に新興貴族である『准伯』で構成されている。
このゲームにおいて、悪役令嬢たるレティシアは『大公』家のプリンセス、筆頭五家臣子息で攻略対象たちはそれぞれ〇〇『公』家のプリンス、と呼ばれている。ちなみに『伯』以下の子息子女はプリンス(プリンセス)とは呼ばれない。
話を戻そう。
「わ、私は、彼女を話し相手にしたい、です!」
レティシアは少女を引っ張ってきて叫んだ。サロンが水を打ったように静まり返る。静寂を破ったのは、取り巻き三人衆のリーダー格、赤太巻き令嬢オレリアだ。
「なんですって!そんな賤しい娘を指名するなんて、正気なの!」
彼女が怒るのも当然だ。そして正しい。身分的にもこの取り巻き三人衆を退けて、お仕着せの少女を選ぶのは常識的にあり得ないし、無理だ。ここにいる令嬢たちは、三人とも『伯』令嬢。それも王宮で重要なポストを担う家の子女なのだ。しかし。
「そ、そうですわ!取り消しなさい!」
「そうよ!貴女が選ぶのは私、わかるでしょう!」
赤太巻き令嬢に力を得たのか次々に叫ぶ取り巻き候補たちは忘れていた。
「控えなさい。」
冷たく有無を言わさぬ声―大公夫人の存在を。
「貴女たちには失望しました。貴女たちはいつから、娘に命令できる立場になったのかしら?」
夫人に睨まれた途端、青ざめ「申し訳ございません」と震える声で詫びる取り巻き候補たち。
しかし夫人は冷たく言い放った。
「この程度の戯れ言で激昂するなど、淑女としてあるまじきこと。とても娘の相手にはできないわ。」
お帰りになって、とサロンの扉を指すと取り巻き候補たちはすごすごと退室していった。
(え、えっと~、これで破滅街道まっしぐらは回避できた??)
おそるおそる大公夫人たる母に目をやり、レティシアは硬直した。
(り、り、リアル般若~!!)
さすが悪役の母、悪役令嬢も泣いて逃げ出す恐ろしさだ。
…逃げられないけど。
「言動には注意なさいと、どれだけ言えばわかるのかしら。無用に敵を作るなど愚の骨頂、足を掬われます。」
(お母さまの後ろにブリザードが見える~)
鬼の形相と極寒の声音に背中の汗が止まらない。
「話し相手の件は保留です。それにしても、あのみっともない挨拶はなんです?貴女は次期王妃となるのです。自覚を持ちなさい!」
(ひいぃ~)
破滅フラグを一つ回避したはずなのになぜだろう、選択肢を間違えた気がする。
◆◆◆
結局、お仕着せの少女、エマが仮の話し相手としてレティシアのもとに通うことになった。あくまでも『仮』、身分的に相応しい話し相手が決まるまでのつなぎだ、と侍女を通じて母から通達された。
「おはようございます、お嬢様。」
「お、おはよう、エマ。」
にこ~♡
とりあえず精一杯笑ってみた。悪役顔はどうにもならないが、仏頂面よりマシなはずだ。
「?!」
…なんかエマが二、三歩後ずさりしたけど、大丈夫だよね?
そんなこんなで、ぎこちなくもエマという少女がレティシアの日常に加わったのである。