第27話 魔王の森
書いててとても楽しかったお話です(^^)
「しばらく身を隠せ。」
農村を離れ、クロードの馬車に乗り換えてたどり着いたのは、どこかの森の中だ。降りろと言われたものの、周りには樹しかない。
「俺は、ここまでだ。」
それだけ言うと、眉間に皺を寄せたままクロードは踵を返す。そして、馬車は走り去ってしまった。
「え…うぇええ?!」
寂しく枯れた灰色の森、レティシア一人だ。ルノーもエマもいない。
(おっ…置き去り?!)
森に放り出されるエンドなんて聞いてない。日暮が近いのか徐々に暗くなり、うっすらと霧まで出てきた。
(わぁあ~!ど、どうしよ~)
焦れど自分の足が枯葉を踏みしめる音がむなしく響くだけだ。そうこうするうちにも闇は濃くなっていく。その時。
ガサガサッ
「?!」
突如聞こえた物音に、レティシアは硬直した。
ガサガサガサッ
音が近づいてくる。ドクン、と心臓が嫌な音を立てた。
(ま、まさか…獣?!お、狼とか…?)
「やあ、遅れてごめんね。」
しかし、降ってきたのは咆哮ではなく、やけにのんびりした声。人の声だ。
「さあ、こっちにおいで?」
少し安堵して振り返ったレティシアは…息を呑んだ。
闇の中、二騎が並んで佇んでいるのだが、レティシアには一つの黒い大きな塊にしか見えない。しかも、四つの目が妖しく光っている。
騎乗しているのは華奢な少年と背の高い大人なのだが、レティシアには、デカい四つ目の怪物(?)に乗っかる黒い人っぽいモノにしか見えない。
徐々に闇が濃くなる中、夜霧を纏わせた姿はまるで…
(ま、魔王がいるぅ!大っきい魔王とちっちゃい魔王!?)
「あれ?どうして顔を隠すの?」
ちっちゃい方の魔王がこてん、と首を傾げた。
一方のレティシアは震えが止まらない。
「ふふ、かわいい子だね。僕は一人で退屈だったから…うちで一緒に遊ぼう?珍しい花があるよ?綺麗なドレスも着せてあげるね。」
せめてもう少し明るければ、少年が邪気なく笑っているのがわかるのだが、残念なことに闇の中では表情などわからない。
(ちっちゃい魔王が何か言ってるぅ!)
レティシアの脳内で妄想が爆走し、止まらない。
「うちの…」
(知ってますぅ!娘が夜通し歌って踊ってあげるよって言うんでしょ~!?)
捕まったら終わりだ、死ぬ!
慌てて踵を返し駆け出そうとしたレティシアだが、恐怖のあまり足がもつれ…
「おっと、」
服を掴まれて軽々と大きい魔王に抱き上げられた。
「ぐぎゃ~!」
馬上に降ろされると同時に、レティシアは気を失った。
◆◆◆
カリカリとレポートを書いている。
午前中だからか、それとも雨の湿気を嫌ったからか、学内のカフェテリアは閑散としていた。今日は午後に一コマ講義があるだけで、中途半端に時間が空く。
シャーペンを動かす手を止め、時計を見た。…まだ約束の時間ではない。手元のレポートに視線を戻す。
「や、もう来てくれてたんだ。」
トン、とテーブルにコーヒーの紙コップが置かれた。
「…どうも。」
見上げた先にあるはずの顔は、白く光ってわからない。誰だっけ?と思ったものの、その人が喋り始めたので、そちらに意識を向けた。
「急にゴメン。祐さんに伴奏断られちゃってね。」
そう。この人はピアノ科ではなく、声楽の人だ。ぼんやりと思い出した。ピアノ科にいると時折伴奏を頼まれるのである。この人も…。
「シューベルトの《魔王》ですよね。」
『私』の無表情な声が言う。
「そうそう。今なら、歌えると思うんだ。」
真剣な声でそう言った後、フッとその人は笑った。
「教科書で習うほど有名なのに、歌う人は少ないよね。やっぱり…後味の悪さ故かな?」
金…さんはどう思う?
「さあ…。」
気のない返事をしたら、その人はクツクツと笑った。
「単純に怖いから、だったりして。」
その人の気配が近づいた、刹那、
「?!」
ぞわりと肌が粟立つ言い様もない不快感を覚え、フッと記憶の映像が消えた。
目を開けると、『私』はピアノを弾いていた。オクターブの高速連打―シューベルトの《魔王》を。
"Ich liebe dich, mich reizt deine schöne Gestalt,
(そなたが大好きなのだ。我を惹きつけて止まぬ。可愛い子…)
誰かが歌っている。甘くのびやかなテノール…。
Und bist du nicht willig, so brauch ich Gewalt."
(来る気がないというのなら、力づくだ…!)
昔懐かしの《魔王》の歌詞に登場したモチーフを散りばめてありました。いかがでしたでしょうか。




