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第17話 洪水の街

道の向こうにアヴィオンの村が見えてきたのは、夜が白々と明け始めた頃。山の麓の小さな集落だ。

村に入る前に、数人の兵士が様子を見に向かうとのことで、馬車はいったん停車した。


(どれくらい被害があったんだろう。)


レティシアはおそるおそる馬車の窓から外を窺った。

朝靄の漂う中に、集落を囲む石積みの外壁が見え隠れする。その外壁が途中から崩れてなくなっていた。


「!」


がれきの下を細い流れが幾筋も網目のように走り、少し下方で本来の一本の流れに戻っている。流れの脇にかつて石壁の一部だったものが点々と転がっていた。


(水が石壁を壊したの?!)


今の細い流れからしてまったく想像がつかない。

唖然とがれきを眺めていると、様子を見に向かった兵士が戻ってきた。入っても危険はないという。「入って」と目顔で訴えると、馬車はゆっくり動き出した。



◆◆◆



「…酷い。」


そこかしこで家が倒壊し、土砂とがれきに埋もれている。

アヴィオンは、集落の中を川が流れていたのだ。

川筋の両岸は(ことごと)く破壊され、見る影もない。石造りの橋が一つ、今にも崩れ落ちそうな状態で残っているだけだ。


何がどうしたらこのような惨状になるのだろう。

辺りは、寒気がするくらいの静寂に包まれていた。

人が、いない。



「お嬢様、あちらの教会で助祭様がお待ちです。」


示されたのは、川沿いに佇む古めかしい教会。

無事なのは母屋だけのようで、近くに中ほどから折れた鐘楼らしき残骸と、土砂に埋もれた鐘の一部がのぞいている。元の形がわかるのはそれくらいで、敷地の大半を瓦礫が埋め尽くしていた。


「…行こう。」

底知れぬ恐ろしさを感じながら、レティシアはエマと体を寄せ合うようにして、教会の扉をくぐった。



◆◆◆



「よく、来てくださいました。」


レティシアを迎えた初老の助祭の声音には万感の想いが感じられた。

彼の後ろ―礼拝堂に、本来整然と並んでいるはずの長椅子は一脚もない。


「…私は、神を冒涜(ぼうとく)しました。暖を取るにも、薪が足りず…」


レティシアは広い空間を見渡した。

互いに体を寄せ合うように座す村人たちで埋めつくされた礼拝堂。皆、虚ろな目で虚空を見つめていた。


「何が、あったのですか。」

問いかけたエマに、助祭は洪水の様子を語った。


「何の予兆もなかったのです。

突然、水がきて、全て押し流してしまった…。」


あっという間に川が溢れ、集落は水に浸かり、粗末な建物は倒壊してしまった。食糧も薪も、井戸さえも失われた。


「…神に応えられなかった私の罪です。」

絞り出すように助祭は言った。



「…いいえ、」

そこへ一人の村人の女がやってきて言った。


「助祭様は私たちを凍えさせないよう、椅子を薪にしたのです。なんの罪がありましょう。悪いのは、私なのです。」


泣き腫らした赤い目元で女はレティシアを見上げた。


「私の夫は、あの日橋の修復作業をしていました。

けれど、あの人は以前教会に使われていた石を誤って橋に使ってしまったのです。

神はお怒りになり、神を冒涜した夫を流しました。だから…」


そこまで言うと、女はその場に頽れた。

礼拝堂にすすり泣く声が響く。

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