第16話 アヴィオンへ
引き続きベルローズ大公領のお話。
9/27 食糧の節約、だけでは弱いので少し話を盛りました。
「本日はようこそお越しくださいました。」
今日のために仕立てられた豪奢なドレスを纏い、レティシアは訪れた紳士淑女ににこやかに挨拶してまわる。
「パーティーを楽しんでくださいませ。」
テーブルには料理が所狭しと並べられ、しつこ…濃い香りを漂わせている。
「レティシア様、本日はおめでとうございます。」
「ほほほ。アリガトーゴザイマスワ…」
話しかけてきたどこぞの令嬢の相手をしながら、時折ちらりちらりと時計を確認する。作戦開始はパーティーの終了直後。食糧をアヴィオンへ届けるのだ。
(クビ覚悟でみんな頑張ってくれたんだもの。)
料理人の他にも多くの使用人に協力してもらった。
領都近くの村とあり、出稼ぎに来ていた者、アヴィオン出身でなくとも洪水被害の大変さを知る者は多く、協力を願い出てくれたのだ。
料理は材料を節約。料理人曰く、少量を美しく盛り付けて皿数を稼ぎ、こってり濃いソースで少ない量でも胃もたれ…満腹感を得やすくしてあるので、不満が出ることはない、とのこと。
「とりあえず、穀物類とワインを多く届けたいですね。」
というルグランのアドバイスに従い、叔母の悪役令嬢バースデー企画―動物や花に見立てて成型した鑑賞用パンを庭の木という木に吊り下げるという、庶民からの恨みを買いまくることうけあいな演出は、当然中止した。代わりに、前世の記憶を活かし、余り布でてるてる坊主を大量に作ってぶら下げておいた。カラフルでよいと思う。
「ところで…どうしてお庭に首を吊った人形が大量にありますの…?」
「うふふぅ~、手作りしましたのぉ~」
「て…レティシア様が手ずから?!え…その…そういう趣味、なのですか?」
よくわからないけど、令嬢が怯えている。なんか失敗したかな。裁縫上手なメイドさんが張りきって、てるてる坊主のスカートを段々のフリルにしたりレースをつけたり、さらに毛糸で髪の毛もつけたりしたので、貧相にはなっていないと思うのだけど…。
「?まあまあ、飲んで飲んでぇ~」
蒼白な令嬢のグラスに糖蜜酒をドハドバ注いでおいた。
酒類も最初から度数の高いものばかり出してある。
べろんべろんになってくれれば、注意も散漫になり、抜け出しやすくなるだろう。さっきの令嬢も、フラフラとどこかへ行ってしまった。
余らせた食糧は、護衛兵士他の協力で屋敷の裏手の馬車に積み込み、待機させてある。
「大公令嬢様のご趣味は首つり人形の作成だそうよ。」
「うふふ。マア、ソーデスノ…。」
ずり落ちそうになった猫を被り直し、聞こえてきた豪快な笑い声にほくそ笑んだ。
だいぶアルコールが回ってきたらしい。夫人も頬を赤らめて機嫌よくお喋りに興じている。頃合いだろうか。
「叔母様、もう遅くなりましたので、失礼させていただいてもよろしいでしょうか。」
事前に針を進めておいた懐中時計を見せると、夫人は鷹揚に頷いた。よし。
「おやすみなさいませ、叔母様。皆様、ご機嫌よう。」
笑顔でドレスの裾をつまみ、レティシアは広間を退出した。
警護兵から「お気をつけて」と見送られ、一足先に退出していたエマと連れ立って裏庭に降り立った。そこには。
「ルグラン先生~」
馬車を見張ってくれていたようだ。
駆け寄ると、ルグランは柔らかく微笑んだ。
「あとは任せなさい。さあ、気づかれないうちに。」
「ありがとう、ございます。」
軽くハグをしてエマと馬車に乗りこむと、静かに馬車は動き出した。
◆◆◆
夜闇の中を、数台の馬車が連なり、走り抜けてゆく。
途中、ルニで一度休憩を挟む予定だ。
「店が営業してたら、ドレスを売れるもの。」
「あはは。やっぱり売るんですか。」
傍らでエマが笑う。
あのアヴィオン出身の料理人の協力が得られた後、エマからは雷を落とされた。
「も、何やってんの?情に訴えちゃってさ、バレたらクビだよ?あんたは無傷かもしれないけどさ。あの人たちの家族と生活、担保にしたんだよ?わかってるの?!」
けれどそれだけまくしたてると、彼女は諦めたようにため息を吐いて、
「はあ~。ぜっったいバレないようにするからね!」
と、レティシアにあれやこれやとアドバイスをくれたのだ。
「エマ、ありがとう。大好き!」
思わず抱きついたら、不意打ちだったようで、エマと一緒に座面に倒れこんだ。
「こら。ドレスの値が下がっちゃう。」
抗議するように背を叩かれたが、声には笑みが混じっている。二人してクスクスと笑った。
「値をつり上げてね。」
「任しとき。」




