第14話 カンパネッラ
「心配したんだから!
門番の人が見つけてくれなかったら死んでたんだよ!
このアホ令嬢ぉ!」
隣町ルニの宿屋にて。
ルグランと共に遅れて合流したエマに泣いて怒られた。
彼女たちは街中を探し回っていたらしい。
「ご…ごめんなさい。反省シテマス…」
壁に手をついて頭を下げるんだっけ?
…もっと怒られそうだやめておこう。
「二度と勝手にいなくならないで!約束!」
「ハイ、スミマセン…。」
「すっごくたくさんの人に迷惑かけたっつーの!」
「タイヘンゴメイワクヲオカケシマシタ…。」
「エマさん、お嬢様も反省していらっしゃいますし、その辺で、」
家庭教師のルグランがやんわりとエマを制し、レティシアに柔らかい眼差しを向けた。
「今日はもう遅いですから、ここに泊まりましょう。
奥様にはお嬢様がこちらを観光中に体調を崩されたと報告いたします。」
「すみません…。」
怒られない言い訳を考えてくれたらしい。散々迷惑かけたダメ令嬢なのに、なんて優しいんだろう。
「ごめんなさい。…ありがとうございます。」
心からの謝罪と感謝を込めて、レティシアは頭を垂れた。
◆◆◆
大公令嬢川流れ騒動の翌朝、ルグランの勧めでルニの街を散策することになった。
領都の隣町とあってなかなか大きな街だ。ルグラン曰く、ルニは最も内陸の港町(レティシアが流された川は、大型船も通れるほどの深さがあるのだそうだ)で、領の内外から運ばれた物資の集積地だという。
その言葉通り、港から市場へ向かう道で幾度も荷を満載した馬車とすれ違った。
「市場には外国由来の珍しい品もございますぞ。」
寄っていきましょう、と一行は街の中心へ足を向けた。
その時だった。
カーンカーンカーン
一際背の高い建物―教会から鐘の音が響いてきた。
リンゴーンリンゴーン
大小さまざまな鐘の音が重なり響き合う。
(あ…)
足を止め、鐘の鳴る教会を見上げた。たくさんの建物の向こうにあるドーム型の屋根と尖塔を。
リーンゴーンリーンゴーン
音が空気を震わせる。
(これが、鐘…カンパネッラ。)
「珍しいですか?」
立ちつくすレティシアにルグランが問いかけた。
「…ずっと、聞きたかったの。」
ぽろりとこぼれた言葉に「なぜ?」と自問する。
なんで『私』は鐘の音が聞きたかったのだろう。
なぜ涙を流すほど胸が震えるのだろう。
「見事な響きです。」
ルグランが言った。
「なぜ、教会の鐘が街中に響き渡るのか、ご存じですか?」
なんで?答えを求めるようにレティシアは傍らのルグランを見上げた。
「読み書きのできない民に神の存在を知らしめるために。
神聖なる鐘の音に頭を垂れ、祈りを捧げるように。
彼らに安寧を与えるために。」
ふと道の端々に目を移せば、帽子を脱いで祈りの言葉を呟く者、頭を垂れる者、じっと教会を見つめる者の姿がある。
鐘の鳴る時が彼らにとっては祈りの時間で、拠り所を感じる時なのだ。
「お屋敷には礼拝堂がございますからな、確かにこのような鐘の音は久しぶりに聞きましたわい。」
心が洗われますなぁ、と爺が言っている。
(いつか…)
この鐘を感じられる演奏をしたい。レティシアはそう思った。
カンパネッラとは「鐘」という意味です。ピアノ曲だと、リストの《ラ・カンパネッラ》が素敵ですよね。この曲については、また別の章で登場します。