表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

178/190

第141話 夕陽の刻に

読んでいただき、ありがとうございます。

次話更新は明日のお昼頃です。

レティシアが洋上で耳から拷問を味わっている頃。


「目撃者によると、レティシアを連れ去ったのはディアナ教会の司祭でユノスという男らしい。」


「あ!カミーユの腰巾着の!」


犯人を知った攻略対象たちは、すぐさま行動を開始した。


「アイツら、砲門買って石材……砲丸を集めてた!攻めこむ気だ、サンフルールに。」


「すぐ戻るぞ!」


呑気に馬車で帰っている時間はない。レティシアを攫ったのは、人質にするつもりなのだろうか。ともかく急がなければ。すぐに動ける面々―スヴェン、ヨハン、エリアスは馬に跨がった。


「フランシーヌとエマはアレクに連絡してくれ!」


「トマ…マラブル殿は任せたよ!」


それぞれに後を頼み、三騎は一路サンフルールの王宮を目指す―。



◆◆◆



また、別のところ―こちらは、クロードとリリアである。帰国のため、自国の船に乗りこんだ二人。リリアも、ようやく体調が回復してきていた。無論、船に乗る前に念入りに身体を洗ってある。もう、臭いは心配ない。ちゃんとヒロインに戻れたのだ。甲板の手すりにもたれかかり、リリアは安堵の息を吐いた。そこへ、


「また風邪をひくぞ。」


言葉とともに温かくて少し重みのある上着が、リリアを包みこんだ。


「……もう、大丈夫よ。貴方こそ風邪をひくわよ?」


温もりが惜しくはあるけれど。返そうと肩の上着に手をかけたリリアを、背中から回った腕が、柔らかく阻んだ。


「え…?」


目をおとせば、腹の前に指を組んだ大きな手があって。背中にふわりと温かな気配―クロードに後ろから抱きこまれている。


「これで、寒くないだろ。」


耳元に低く響く声が、素っ気ないようで実は微かに甘さを含むもので。


「海に沈む夕陽か。王宮からはなかなか見ることができないからな。存分に見ておくといい。」


言い訳じみたセリフは優しくて。リリアは、咄嗟に景色に見入る振りをした。オレンジ色に染まる海に、大小さまざまな船が浮かび、三角や四角の帆がゆらゆらと揺らめいている。


(夕焼け…夕焼けかぁ…。)


夕焼けにはどんな曲が似合うだろう。フォーレの《シシリアンヌ》?ああ、今の風景ならドビュッシーの《帆》かなぁ。


脳裏にいくつもの思い出が表れては、風にほぐれるように消えてゆく。そんな一コマに…




室内楽の練習帰りも、夕焼けが綺麗で。オレンジ色の光が差しこむキャンパスの中で、あの曲に出会ったんだ。しなやかで艶さえ感じるヴァイオリンの音色―。ラヴェル、の…




「ソー……ラファミレ……ミファファミミー…、」


微かな歌声が風に混じって、夕陽にきらめく波の向こうへ消えてゆく…。ゆったりした二拍子のパヴァーヌ―。


(ふふ。私も今は『王女様』、なのね…)


ラヴェルが見たという絵画の中の少女よりは、年齢が上だけれど…


「シー……ドラソファ…ソラ…シソファミー…」


「なんて、いう曲だ?」


問われて、ゲームのキャラに忘れられない面影を重ねて。


「《亡き王女のためのパヴァーヌ》…」


あの人との、大切な思い出。


「『亡き王女』とは聞き捨てならんな。不吉だ。」


また、石頭なんだから…。不機嫌そうな声音に苦笑する。波間に浮かぶ船影の向こう、夕陽が一際強く輝きながら海へ沈んでゆく。リリアはあまりの眩しさに目を細めた。


「違うわよ…。『亡き』…は言葉通りの意味じゃないの。(いにしえ)の……古い画の中―誰かの記憶の中にいる昔の王女様を想像して、ね。」


振り仰いだ彼に微笑みかければ、「なんだ、そうなのか。」と彼も柔らかく微笑んだ。温かくて幸せさえ感じる時間―。


「リリア、」


「……なあに?」


リリアを見つめてくるエメラルドグリーンの瞳は穏やかで―。優しかった貴方を思い出す。その顔が、貴方に似た顔が近づいてきて―。


ああ…。貴方(クロード)貴方(リク)じゃないのに…。ふとしたときに二人が重なるの。


唇に啄むような温もり―。私は、夢を見ているのかしら。遠い遠い、昔の夢―


微かに紫紺を帯びてきた空を、鳥が二羽連れだって飛んでいった。


「リク…」


スッ、と背中を寒風が撫でた。


「すまない…。」


途端に己を取りまくひやりとした夕風。唐突な謝罪に、魔法が解けていくような心地で、ぼんやりと彼を見つめる。


「おまえの、心も考えず。さっきのは忘れてくれ。」


「……え?」


「早めに戻れ。」


彼の上着を羽織ったまま、遠ざかるクロードの背中をリリアはぼんやりと見送った。



◆◆◆



ちょうどその頃。レティシアとスキンヘッドマッチョ集団は―。ちょうど《アヴェ・マリア》の3番を歌い終わったところだった。何の気まぐれか、その酷い歌が終わるのと同時に夕陽が一際強く照りつけ、聖騎士たちのスキンヘッドに光が乱反射して、辺りは目も眩むような光に包まれた。


「「「「おおっ!!奇跡だ!!!」」」」


「……うぇ?」


あまりの眩しさに、意識を飛ばしていた聖女様(レティシア)も目を覚ました。


「女神様の祝福だ!!」


「我々を鼓舞されたのだ!!」


「うおおおおっ!!!」


………乙女ゲームの神様も酷い歌に抗議するならもっとわかりやすい方法を取ればいいのに……。結果、連中は大いに勘違いをした。万歳三唱まではじめている。乙女ゲームの神様は………面倒くさくなったのか、もう何もしてこなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ