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第130話 凶行を止めたのは

読んでいただき、ありがとうございます。

次話更新は明日の12時です。

聖都の一角、また別の高級宿にフォルトゥナータはいた。護衛も連れない二人のプリンスに対し、変装させた護衛騎士全員にレアンドロもいる。勝敗は火を見るより明らか。考えるまでもない。演技で切り裂いたドレスから、深紅のサテンに金の刺繍を施したドレスに着替え、豪奢な猫脚のソファでフォルトゥナータは寛いでいた。あれから早一時間。そろそろ後始末を終えて、護衛騎士らが戻ってくる頃だろう。そこへ、扉がノックされる。


「早かったわね。入りなさい。」


命じると、音も立てず訪問者は部屋に入り、後ろ手に扉を閉めた。


普通、召使いは無言で主の部屋に入ったりはしない。


不自然な様子に、フォルトゥナータはハッとして顔をあげた。


「ふふ。俺で残念だったね。」



◆◆◆



「なぜ?!たった二人であの人数をどうにかしたというの?レアンドロもいたのに!」


俺―ヨハンの姿をみとめるや、フォルトゥナータは喚いた。


「馬鹿だね。全員始末しなくても、頭の首を刎ねたら…」


総崩れさ、と言うと同時にシーツにくるんだソレを投げて寄越した。丸い何かがくるまれたシーツには、鮮血がベットリと付着している。中身を察したフォルトゥナータは、唇を戦慄かせて、「おのれ…おのれ…!」と憎しみを宿した目で俺を睨みつけてきた。


「さて。目障りな王女様にお仕置きしようかな。」


言うや素早く距離を詰める。しかし、相手はプロッシマの王女。


「誰かー!侵入者だ!出合えぇー!」


懐剣をかざし、大声で威嚇してきた。その声には張りがあり、怯えなど欠片もない。味方の首を前に錯乱しないとは、この歳にして大した度胸だ。


「無駄だよ。女の子達には眠ってもらった。助けは来ないよ。」


構わず彼女の間合いに入り、振られた懐剣を叩き落とす。所詮王女。懐剣を振りまわすだけで、俺にはなんの脅威にもなっていなかった。


「おいたが過ぎる王女は、痛い目にあった方がいいみたいだね、」


逃げようとした襟首を捕まえ、赤いドレスの背中を力任せに引き裂いた。そこでいったん手を放してやる。


「その格好で助けを呼んでも構わないよ?」


豪奢なドレスは、背中から腰にかけて見るも無残に引き裂かれ、もはや身体を覆う役目を果たしていない。この格好で晒されるのは、プライドの高い王女にとって凄まじい屈辱だろう。わかっててやっているんだけどね。


だが、フォルトゥナータの瞳には怒りこそあれ、怯えも羞恥も見られない。やはり、普通のやり方で心を折るのは難しいようだ。


「ねえ…知ってる?俺がここで君を殺してしまえば、プロッシマは噛みついてくるだろうけど、」


憎しみを湛えた瞳に、俺は笑いかけた。


「俺が君を傷モノにしただけなら…それは君自身の過失になるんだよ?ねえ…君が使い物にならない傷モノになっても、君のお兄様は君を愛し続けてくれるかな?」


『お兄様』を引き合いに出した途端、フォルトゥナータの瞳が動揺に揺らいだ。ふふ、効果覿面(こうかてきめん)


「さ、わかったみたいだから続きをしよっか。」


まだ、服を破いただけ。コルセットの下―白い肌は傷ひとつついていない。さっき叩き落とした懐剣を拾い上げ、俺は残忍に嗤う。


ああ、皮肉だな。俺は繰り返すんだ。過ちを。


『真夜』が『百合』につけたのと同等かそれ以上の傷を、目の前の女に刻もうとしている。その生意気な心をへし折ってやるつもりだから、なんの躊躇いもないよ。もう決めたことだ。


殺すつもりはないけど、顔か身体に目立って隠せない傷でもつけようかな。暴れる王女様を押さえつけ、鎧のようにその身を守るコルセットに懐剣の刃を沿わせた、その時。部屋へ近づいてくる何者かの気配に、俺は素早くフォルトゥナータの延髄に手刀を落としてその意識を刈り取った。そして…


「何を、しているんですか…!」


現れた『百合』―レティシアと対峙した。



◆◆◆



「クロード…降ろしてよ…」


「阿呆か。歩けもしないくせに。」


リリアの願いをばっさりと切り捨てて、攻略対象は平然とリリアを抱え、馬を走らせている。


「だって…」


生きた人間を数日間、納屋に閉じこめていたのだ。風呂に入れないのは当然のこと、トイレだってない。一応、縄を解いてからは、部屋の隅で用を足し、その場所に適当な板切れを立てかけて隠していたが。換気扇すらない場所では、臭いだけはどうしようもない。つまり…


(私、間違いなくクッサイわよね…)


凹む。すっごく凹む。しかもこの惨状で、麗しの攻略対象とほぼ密着状態。涙がちょちょぎれるというものだ。既に、リリアの乙女心はバッキバキである。もし救助された時リリアに体力が残っていたら、籠城もしくは全力で救助に抵抗しただろう。それはそれでどうかと思うが。


(せめて…クロードか私と同じかそれ以上にクサかったらよかったのに…)


………それはそれで大問題である。


「……つらいわ。」


「もう少しの辛抱だ。宿についたら好きなものを食わしてやる。な?」


大きな手が優しく髪を撫でてくるが、その髪だってベッタリしている。平たく言えばばっちいのだ。


「ちゃんと…手を、洗いなさいよ?」


「?何か言ったか?」


(だから…!私は今、すっごくクサいしばっちいのよ…!)


ダメだ。これ以上の会話は、瀕死の乙女心にうっかりトドメを刺しかねない。もはや虫の息の乙女心を護るため、リリアは現実逃避に走ることにした。


(……というか、ゲームのヨハンルートでは王宮の地下牢にヒロインは監禁されてたわね…。なんだ、似たようなシーン、あるんじゃない。)


無論、どこぞの悪役令嬢の差し金である。


(あのときの背景スチル、見事なまでの手抜きだったわね…。鉄格子の向こうは真っ暗で…)


そうだ。ナレーションでも、「がらんとした何もない部屋」と描写されていた。


(え…?それって…トイレもお風呂もないってことかしら…。あと水道も…)


ついこの間までの極限状態がリリアの頭に浮かんだ。ゲームのそのシーン。ヒロインが地下牢で過ごした期間は…



2週間。



え?嘘、2週間も?!え?2週間?


今回、リリアが納屋に閉じこめられていたのは、4日間である。


え?ちょっと…ちょっと待って?


4日間でこの惨状なのに、2週間って…ヤバくない?主に臭いや臭いだったり臭いとか!


「?!」


リリアの胸に衝撃が走った。


「く…、クロード…お願い…」


このままだと、ヨハンルートのヒロインが大変なことになる。フラグをへし折らなくては…。リリアは混乱していた。


「ん?どうした、リリア?」


頭上からは、普段のオレ様が嘘のような、なんでも聞いてくれそうな優しい声が降ってくる。


「ち…地下牢、王宮の地下牢を…至急…」


「地下牢?」


「上…、下水道…完備にしてぇ…」


「なに?」


「お風呂と…換気扇を…つけて。ご…後生だか、ら…!」


推しの前でヒロインが不潔でいいのか。いや、絶対ダメだ。リリアは必死で懇願した。ああ、できれば凍えるのも辛いから、許可制でいいからたき火もできるようにして欲しい。煙たくなるから煙突も欲しい。


「お、お願い…。ヒロ…インの、尾てい骨…違う、沽券に…かかわるのよ…」


「……なぜそんなことを願うのか意味不明だが。そもそも地下牢など久しく使ってないものになぜ無駄な設備を?」


崩れ落ちる心配があったから埋める予定だったんだぞ、とクロード。彼も大概察しが悪い。


「そ…そんな…埋める…え?生き埋めに…するの…?」


クロードの真面目過ぎる答に、リリアは悲愴な気持ちになった。


「生き埋めは…嫌よ……危険、だわ…。た、耐震補強工事も…お願い…」


「だから何故に地下牢?!」


ヒロイン(リリア)攻略対象(クロード)の噛み合わない珍道中は、もうしばらく続きそうである。



◆◆◆



「サンフルールの害になるモノを潰しておくだけだよ?」


蒼白な顔でこちらを見つめるレティシアに、俺―ヨハンは平坦に答えた。


「さあ、ここから先は君の領分じゃない。帰りな。」


そう。ここから先は俺の仕事。エリアス王子にはああ言ったけど、荒事と汚れ仕事までレティシアは負わなくていい。部下の領分だ。


「嫌、です。」


だって…とレティシアは倒れたフォルトゥナータを見て言い淀む。ああ、そうか。ゲームの彼女は悪役ではないもんね。そこが気になるのかな。


「確かに、君の言うとおり、彼女の傍仕えはみんな辺境の小領主。有力諸侯領に隣接する、ね。兄王子は彼女に、傍仕えの部下を通して諸侯たちの監視役を任せた。それは、間違いないだろう。でも、君も気づいただろう?彼女は部下の使い方を間違えた。囮にするなんて、取り返しのつかない間違いだ。もう、後戻りも修正もできないんだよ?」


ゲームでは、婚姻にこだわる王女をヒロインが諭して、彼女は本来の自分の役目に気づく、っていう筋書きだったけれど。見ての通り、彼らは大公令嬢を傷つけ、尚かつ筆頭家臣たるプリンスも消そうと画策した。どうやっても関係の修復は望めない。


「それとも、見たいの?」


倒れたフォルトゥナータを指して、悪戯に嗤って見せた。外道な望みだけど、君にだけは見られたくないんだ。これは、繰り返しだから。


「……違う。違うの。私は…」


俺の前で両の手をぎゅっと握って、レティシアは言い淀む。その目が、まっすぐ俺を見て。


「貴方が、辛そう、だから。だから、やめてほしい…の。」


そんなことを言った。

情けないな。俺は今、そんな顔をしているのかい?

でも。これはプリンス・セザールとしての仕事だ。俺の感情なんてどうでもいい。俺は敢えて睨むようにレティシアを見つめた。


「何を今になって。甘すぎると舐められるんだよ?」


国家間の喧嘩は、泣き寝入りだけは絶対しちゃいけないからね?やられたらやり返す。そうしなければ、周りからも舐められ、無用なトラブルを招くから。


「ち…違う、の。私は、悪役令嬢だから…。だから、私が彼女を…攻撃、する。ううん、攻撃、してやるの…!」


これは私の役目だから。そう宣言したレティシアの目には、確かな強さがあった。



「それで?どうするの?」


別荘に戻ったレティシアの提案は、まあ及第点だ。さっきの今でよく考えたね。令嬢としては満点だと思うよ。でも、穴がなくもない。仕方ないから小細工はしてあげようかな。

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