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第11話 不出来な娘は

主人公視点に挟んで、レティシアパパ―ベルローズ大公視点を入れてあります。

「む、ムカつく~!」


たかが知れている、だなんて屈辱的な評価をもらったのは初めてだ。

屋敷に戻るやレティシアは指を鍵盤に叩きつけた。


(あんにゃろ~、絶っ対、ぜぇっったい認めさせてやるんだから~!!)

バカにされて黙っていられるか。

他のことならともかく、音楽は―


(私の右に出る奏者なんていない、私が『一番』なんだから…!)


もっと綺麗な音を、もっと響かせて。

脱力して腕の重みを指先にのせて。

無駄な力みは響きを殺す。

こんなんじゃダメだ。もっと滑らかに、もっと繊細に。

情景をもっと鮮やかに、もっと、もっと…。


夜が更けて、空が白み始めるまで、レティシアはピアノを弾き続けた。



◆◆◆



代々の宰相が仕事をした歴史ある執務室。

部屋の主―ベルローズ大公の眉間には、深い皺が刻まれていた。頭を悩ませているのは、執務机に山と積まれた仕事のことではない、自身の一人娘のことだ。


社交シーズンも始まり、いや何よりも先日の夜会で婚約披露をした矢先だというのに、またしてもピアノ一辺倒になってしまった娘。


前回は、慕っていた先代デスタン公の死が発端だったため諸々大目に見た。

しかし、判断を誤っただろうか。


何かある度ピアノに傾倒し、他のことがすべておざなりになるようでは、次期王妃など務まるまい。

一見華やかな社交界も王宮も、油断すればたちまち足下をすくわれる戦場も同じなのだから。


まったく、なぜあのように頼りない娘になってしまったのか。唯一あれが堂々と振る舞えるのはピアノの前だけ。

まだ子供だということを差し引いても、未来のベルローズ家を背負うに娘はあまりにも危うい。


このまま放任するわけにはいかない。

だが、真っ向から娘と対立するのは悪手だろう。

何事にも弱腰で無防備なくせに、意志だけは人一倍強いというやっかいな性格なのだ、娘は。


眉間をもみ、大公は大きく息をついた。


(子は、選べぬからなぁ…。)



◆◆◆



(もっと…練習しなきゃいけないのに。)


指がうずうずする。弾きたくてたまらないのに。

王都エクラリシェスの屋敷を発って数刻、レティシアは早くもピアノ欠乏症に陥っていた。

だがここは馬車の中だ。どうしようもない。


「もう、ピアノ弾きたいってダダ漏れですよ?

ま、自業自得ですけど~。」


鬱々としていると、向かいに腰かけたエマが呆れたとばかりに言う。


「婚約者のお坊ちゃんに貶されたんでしたっけ?

気にしなきゃいいのに直情的なんですから。

連日徹夜練習したら、そりゃ叩かれますって。」


後悔しても後の祭りだ。

カッとなった勢いで練習に明け暮れ、社交の予定を(ことごと)くすっとばしたのはまずかった。おかげで、根性をたたき直……令嬢修行のため領都の叔母の家に送られる羽目になってしまった。


「ピアノ、あるかな~?」


「ないと思いますよ。」


「くぅ~~」


「も、潔く諦めて勉強して下さい?

それにせっかくの旅行なんですから、楽しまなきゃ損ですって。

ほら、領都は水路と橋の街だってルグラン先生も言ってたじゃないですか。ゴンドラに乗るなんて、なかなかできない体験ですよ?」


ゴンドラといえばバルカローレだ。

オッフェンバックにチャイコフスキー、ショパン、ラフマニノフも好き。

ああ、弾きたい。

虚ろな表情を浮かべるレティシアに、エマは「ダメだこりゃ」と肩をすくめた。

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