第87話 打ち明けました
(まさかルートに入っていなくてもイベントが起こるなんて…!)
これはもう話した方がいいだろう。攻略対象とはいえ、スヴェンはレティシアの貴重な友人だ。覚えていなくて大変申し訳ないが、『私』とのつきあいもあったようだし、数少ない同郷者。レティシアはスヴェンにゲームについて話すことにした。
◆◆◆
「『佐伯くん』に話したいことがあるの。」
サグラドの別荘へ帰還すると、レティシアは敢えて『彼』の名前でスヴェンに話しかけた。これからいろいろと複雑な話をせねばならない。彼を自室に招き入れて扉を閉めると、スヴェンは頭痛を堪えるような顔をした。
「…先輩、夜、密室に男女が二人きりって、『日本』でも褒められたことじゃないですよ。」
「…オコトバゴモットモデス」
思い当たる節(主に前世に)があるので身につまされる思いだ。
「話って何ですか。」
ともあれ、話は聞いてくれるようだ。実はね、と切り出す。
「ここは乙女ゲームの世界なの。」
◆◆◆
ここは乙女ゲームの世界―。はじめこそ、先輩の頭がおかしいのかと疑ったスヴェンだが、彼女が『スヴェン』の周辺事情を語り出した辺りから悪い意味で心拍数が上がってきた。なにせ、普通の令嬢では知り得ないこと―スヴェンの弟の普段着から表に出していない領地事情等々…恐ろしいほど正確に言い当ててくるのだから。それどころか、登場キャラだという友人たちの裏事情まで暴露しかけたので慌てて止めた。
「先輩!先輩!その辺りのことは聞かなかったことにするから…!」
危険な暴露をやめて下さい。そう懇願すると、彼女はキョトンと首を傾げた。自覚がないようだ。恐ろしい。
「そっちの知識を無闇に喋らないで下さい。」
「…わかりました。すみません。」
注意すると、神妙な顔で謝る先輩。なんか妙な気分だ。自分の知っている『先輩』とイメージが違いすぎる。
『先輩』は冷たい無表情で、人を見下しているような感じがあって、嫌味や中傷を平気で言う人、だったのに。こんなに自信なさげで弱気な人じゃなかった…と思う。
目の前にいる人は、本当にあの『先輩』なのだろうか。実はスヴェンの思い込みで、まったくの別人なのではないか。…できることなら、そうあって欲しい。勝手にそんなことを思うスヴェンに、レティシアは説明を続けた。
「さっきの襲撃もゲームのイベントなんです。」
攻略対象のルートで起こるイベントは、選択肢やステータスによって運命が分岐する。その仕組は、前世の『ギャルゲー』とほぼ同じだった。そして告げられた衝撃のからくり。
「好感度が低いと、俺が死ぬ…?!」
心臓がバクバクと暴れている。聖王が気まぐれで俺に触れたことがトリガーとなり、襲撃されるのだという。ああ、だから先輩は阻止しようと前に出たのか。…結局、誘惑したとか言われて消されかけたが。というか、アレは明らかに先輩の方が被害者だ。『日本』なら間違いなく、聖王が痴漢の現行犯で逮捕される。
「ごめんなさい。まさかルートに入ってなくてもイベントが起こるって思わなくて。」
平謝りする先輩。しかし、聞き捨てならないことがある。
「ルートに入っていない?あと、ちょっと確認、先輩…『レティシア』がヒロインなんですか?」
「え?違うよ?私は悪役令嬢なんだ。ヒロインはリリアちゃんだよ~」
ドクン、と心臓が嫌な音をたてた。なぜなら。
「さようなら。スヴェン様。」
ウィリアムの元へ行く俺を見送るリリアが呟いた言葉。あれは、まさか…。
(まさか…そんな。わかって送り出したとかさすがに)
ないよな、と己に言い聞かせる。だが、不安は拭えない。スヴェンが思わず胸を押さえたとき。
「へえ~、へえ~、僕には教えてくれないのにその男には教えるんだぁ。妬けちゃう…妬けちゃうなぁ。」
キイと扉が開いて、薄笑いを浮かべたエリアスが姿を現した。




