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第9話 後悔と決意

「おいルノー!ガキを急いでブラッスリーに連れてくんだ!いいな!」


店主からそう怒鳴られ、眠るレティシアを担いで無我夢中で走ってきたルノー。目の前には、厳めしい看板を掲げた大店、ブラッスリー商会が堂々とそびえている。本来ならルノーなど一生足を踏み入れることのない場所だ。

しばし逡巡したルノーはそれでも、口をひん曲げてその立派な呼び鈴を鳴らした。


「いらっしゃいませ、」

案の定、出てきた店員はルノーの出で立ちを見て顔をしかめた。だが、引き下がるわけにもいかない。


「子供が間違って酒飲んで大変なんだ、薬をくれ。」


担いできたレティシアを示し、退かないぞとばかりに店員を睨みつけた。


「…少々、そちらでお待ち下さい。」

示されたのは、扉の外側。中には入れてくれないらしい。


「わかった。」

わざと大声で答え、ルノーはどっかりと入口の前に胡座をかいた。



◆◆◆



どれくらい時間がたったのだろう。レティシアはうっすらと目をあけた。どこか固いところに寝かされているらしいが、起き上がる気力は湧かない。見上げた空は、夕暮れの茜から徐々に夜の紫紺に染まりつつあった。


「私のせい…」


ぽつりと呟いた。


「私が…見殺しにしたの。」


悲しくて、寂しくて。何より己が憎くて。


「優しくしてもらったの…私に音楽をくれたの…」


彼らの後押しがなければ、ピアノを習うことも叶わなかった。感謝していた。大好きだった。


「生きていて、ほしかったのに…。」


それなのに。死なせてしまった。ゲームの悪役令嬢よりよっぽど自分の方が身勝手で薄情でダメ人間で、大嫌いだ。


「私は…」


「それだけ悼んでもらえりゃ充分だろうよ。」


独り言なのになぜか答えが返ってきた。


「でも…」


納得できず、言い返すレティシアに声は続けた。


「グジグジ言っててもよぉ、それこそそいつは浮かばれねぇ。」


なに言ってるんだ。レティシアは眉間にしわを寄せた。


「だって私が殺したも同然、」


「ンなこたぁどーでもいいんだ。」


レティシアを遮って声は言いきった。


「いいかぁ?人が死んだら、そいつが生きてて食うはずだったパンが余る、エールが余る、薪が余るだろ?

生き残った奴が、ありがたくだぶついたそれ食って生きるんだ。

人が死んだら悲しいよ?けどよぉ、世の中闘いなんだ、ウジウジしてたら別の奴にその食い物は掻っ攫われちまう。

ンなんでテメエがくたばったらよぉ、死んだそいつは喜ぶかね。

何して死んでもよぉ、残った奴ぁ自分が生きれなかった分まで生きやがれ、残してやったモンを有り難く食いやがれ、感謝しろぃってもんだい。違うかぁ?」


「…。」


レティシアは考えた。声の言うことは正直現実味がないが、なんとなく大事なことを言われているような気がしたのだ。

レティシアが反発してこないことに、声―ルノーは気をよくしたらしい。


「要するにだなぁ、生き残りたけりゃ前向けってんだ。

前しか見えねぇッ…ハァ。

死んだ奴を忘れろってんじゃねぇよ?忘れちゃ可哀想だしなぁ。

その…アレだ、覚えてりゃあ同じバカぁやらねぇよ。

そいつへの供養はそれで充分ッ、そぉ、思う…だろ?」


今になって酔いがまわってきたなあ、とルノーは思った。

酒場を飛び出すときどさくさに紛れて誰かの酒を飲んだからな、アレが効いたのか。

だらしなく店の壁にもたれかかる。やがて、小さな声が言った。


「でも…ダメダメだもん。ちゃんと、話せないし…悪役…だし、」


本当に消え入りそうな声だ。ヘタクソ発言の威勢が信じられないほどの消沈ぶりに、ルノーはへらりと笑った。なんだかわいいとこあるじゃねぇか、このクソガキ。


「ンだよ、辛気くせぇなぁ。言い訳ばっかしてねぇでよぉ、その脳みそを捻ってだなぁ、考えろよ。

俺ぁ、クズでカスで…ダメダメだッ…ふぅ。できねぇことは潔く降参してぇ、得意な奴に頼る…ああ、その方が上手くいくッ…!ハァ~…」


ああ今日はよく喋った。説教するって気分がいいな。ルノーは満足げに笑い、壁にもたれたまま寝始めた。


「得意な奴に頼る…。」


すっかり夕闇に落ちた店の前。レティシアの呟きは大音声のいびきにかき消された。



◆◆◆



通りに大男のいびきが響き渡る。それは、店の奥にいたブラッスリー一家の耳にも届いた。


「なんだい、あの耳障りな音は。」


店の女将―ブラッスリー夫人は眉をひそめた。


「ちょっと…ウチの店の前じゃない?ママ、私見てくる。」


「ああ頼むよ、エマ。店の男を連れていくんだよ、」


「はあい。」


懐に催涙効果のある粉を忍ばせ、エマは足早に入口へ向かった。


(酔っぱらい?も、超迷惑なんですけど!)

店番の男を促して扉を開け、いびきの発生源を見つけたエマはあんぐりと口を開けた。


「お、お、お嬢様?!」


いや、いびきの主は汚らしい身なりの大男なのだが、なぜか奴の膝の上で大公令嬢が寝ているのだ。何がどうしてこうなった。


「この男、まだいたのか。」

忌々しげに吐き捨てた店員にエマはぐるんと顔を向けた。

「ちょっと!いつからいたの?」

「昼過ぎでしたか。子供が間違って酒を飲んだから薬をくれと。外で待たせておけば諦めて帰ると思ったのですが…。」


ということは寒風吹く外に半日ちかく放置していたのか。それ、超マズいから!


「わわ…なんてことしてくれるの!ちょ、早く中に入れて!その子は大公令嬢よ!」


「え、ええ?!わ、わかりました。大男も入れるんですか?」


エマは大男を一瞥し、嘆息した。


「とりあえず馬小屋にでも入れといて。憲兵に突き出すにしても、話は聞かなきゃ。」



◆◆◆



また寝てしまったらしい。再び目を覚ましたレティシアは…


「いだだだだだ!」

猛烈な頭痛に悲鳴をあげた。


「説明してもらいますからね。何やらかしたんですか。」


「はれ?エマ??」

寝台の横になぜかエマが仁王立ちしている。


レティシアの話し相手のエマだが、それは社交シーズンの間だけだ。シーズンが終わると、彼女は実家に戻っているはずなのだが。


「貴女が!ウチの前で酔っぱらいと寝てたんです!どういうことですか!」


「うぇええ?!」


(いや、それどういう状況~!?)

必死に記憶を手繰れど…まったく覚えていない。


「え…え~と、確かお菓子屋さんに行ってぇ、そ、それから、その…」


喉が渇いて手近にあったものを飲んだ後の記憶がない。

「わぁああ~!い、いだだだだ!!」

大声を出したら頭がハンマーで打たれたようにガンガン痛む。なんで?!


「二日酔いですね。せいぜい痛めつけられて、しっかり反省して下さい。」


(…エマ、冷たい。)

シュンと肩を落としたレティシアに、エマは少し溜飲が下がったようだ。仕方ないなぁとばかりにため息を吐くと言った。


「とりあえず、明日まではウチにいてもらいます。口裏を合わせるんで。で?なんか食べれそうですか?」



◆◆◆



頭痛薬をもらって食事を取ると、いくぶん体がすっきりした。エマからは、大公令嬢行方不明騒動の顛末を、馬車から降りて道に迷ったレティシアがたまたまエマの実家の前を通りかかり、泊まりたいと言い出した、と偽装するよう指示された。


「爺やさんや、侍女の人、家庭教師の人を守るためですからね!」

と、強く念を押された。


(そうだよね。私が勝手にいなくなったのが悪いんだし。)


ちなみに、エマのお母様―ブラッスリー夫人からは、「飲酒、ダメ絶対」ときつく言いつけられた。肝に銘じよう。お酒は二十歳になってから、だ。


体を動かした方がよいと言われて、中庭を散策していると、どこからか調子外れなヴァイオリンが聞こえてきた。…なんとなく、覚えがある。

音を追いかけていくと、なぜか馬小屋に行きあたった。恐々と覗くと、大男が干し草の上で弓を動かしているのが見えた。


(何弾いてんだろう…う~ん、『姫と山賊』?『熊狩り』?)


なにせ曲名を判別するのが難しいほど調子狂いなのだ。どちらかというと後者の方がこの男には似合う気がする。レティシアは足を踏み出した。


「そこ、音が違~う!」


「ああん?」


振り返った男は…山賊もかくやという風貌だった。ぼうぼうに伸びた髪を大ざっぱに括り、無精髭は整えられた形跡もない。ただ、その声に覚えがあった。



「前向けってんだ。」


「覚えてりゃあ同じバカぁやらねぇよ。」


「できねぇことは潔く降参してぇ、得意な奴に頼る」




「できないことは~得意な奴に~頼るんでしょ~?」

不思議とこの風貌を怖いと思わなかった。レティシアはにっこりと笑った。


「ね?四分の三音ズレてるよ?」


「笑顔で細けぇこと言うなぁ!」


こうして、レティシアは酔いどれヴァイオリン弾きのルノーと知り合いになった。



◆◆◆



先代デスタン公亡き後、その悲しみが癒える間もなく、ウィリアムは家督争いに巻き込まれる。妹のように可愛がっていたベアトリーチェとも離れ離れになってしまう。彼女を疎んだ親戚が、家から追い出してしまうのだ。彼は自責の念を抱えたまま成長し、やがてレティシアの父である大公の後ろ盾を得て当主となる。その過程は決して生易しいものではなかった、とゲームでは語られていた。


「これで、よし。」


いくつかの手紙を書き終えて、レティシアは息をついた。面と向かって話すのは苦手だが、手紙はなんとか書けた。


手紙の一通は、エマに宛てたもので、ウィリアムに贈り物を頼んだ。気休めにしかならないだろうが、頭を捻って出した答え―少しでも元気づけたいと思ったのだ。エマなら良い品物を選んでくれるだろう。


残りの手紙は、ベアトリーチェに関わるものだ。デスタン家を出た彼女の足跡は、ゲーム上でも『手を尽くしたが見つからなかった』とされているから、無駄に終わるかもしれない。それでも、やるだけやってみようと思う。最終的に彼女が行きつく場所は知っているが、その前に取り戻せたら、ウィリアムルートのバッドエンドは回避できるはずだ。

(私の大切な人たちの破滅回避も目指そう。当面の人生目標だ。)

自分はポンコツ令嬢だが、決して一人ではないのだ。そう思えば強くなれる………気がする。たぶん恐らくきっと。




攻略対象の中でも、ウィリアムは万人に好かれる性格ゆえに地味なキャラクターだ。そのためか、彼のルートは葛藤の苦しみや、涙を誘う切ないエピソードで盛られている。


なんと彼だけ、バッドエンドにもスチルがあるのだ。

傷つき、主人公の腕に抱かれ息絶えるイラストは切なく美しく、バッドエンドにも関わらず、何十周もするプレーヤーが続出した。詳細に覚えているレティシアの前世もそのクチだろう。


(バッドエンドには、させませんから。)

決意を胸に、レティシアは手紙に封をした。

読んでいただき、ありがとうございます。

薄々感じていらっしゃるかと思いますが、ルノーは好き勝手なことを言っているに過ぎません。そう簡単に人を救う神言葉なんてあるワケない、というのが作者の考えです。

さて。

次章は幕間。幕間の舞台は『日本』―つまり前世です。基本、本編2~3章分とサンドイッチになるよう、幕間が挿入してあります。

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