魅了(チャーム)
「それじゃあ改めて自己紹介させて貰うわね。私はルーイン、このバーハウス〝シッキシヴェド〟のオーナーよ」
人形のような長い睫毛を瞬かせ、簡単な挨拶を口にする彼女。
白魚のような、細く、長い指をした右手をその豊満な胸にあて、彼女──ルーインさんがふわさらの黒いベロア張りのソファの上で、その誘惑的な脚を組む。
なんという光景でしょう、くそどエロい光景に思わず目を逸らしたい……が、俺の真正面の為にそれをすれば失礼過ぎるだろう。
おーけい、こういう時こそ思考を簡素に固めるのだ。わーなんて美人な人なんだー。
あかん、脳内の秩序の反乱を防げ理性よ。持ち堪えろよ。
そうらみたまえルギくんの顔を、目線を下にして顔を赤らめながら小さくなってるではないか。
チャーム抜きにしてもこれは刺激が強いよなぁ……
「私はタロンと申します。このお店のバーテンダーと用心棒を兼ねさせております。お見知り置きを。カウンター越しですみません」
からり、からり──と、涼しげな音をさせながら、カウンターの向こうでバーテンダーことタロンさんが申し訳なさそうに会釈をした。
彫刻のように整えられた優しくも美形な顔、慣れた手つきで透明なグラスに飲み物を注ぐ音、それによって奏でられるグラスと氷の二重奏はとても心地よく、穏やか。
まるで彼の性格を表しているかのようなその音色は、理性と戦っている俺の脳内を落ち着かせるには十分だった。
そしてなんたるイケメンバーテンダーだ。なんだそのツラで用心棒ってお前完璧超人かこんにゃろう。
綺麗な氷の音も相まって見事に落ち着いたわ、狙ってやってるならとんでもねぇぞおい。
「どうぞ、新鮮なモカレミの実を絞ったジュースです。こちらにはチャームを緩和するのもブレンドしておきましたのでお飲み下さい」
「ありがとうございます」
「ありがとう…ございます」
「にゅっ」
涼やかな音色を奏でるグラスに入ったジュースを、お礼を一つ口にしてぐびり。
含めば広がる柑橘類の爽やかな香りと酸味の効いた甘さ。
なるほど、ジュースにすると分かる僅かな苦味がより良く後味をスッキリとさせている。
柑橘類のジュースは好きで良く飲むがこれは万人に好まれる味だ。飲んだ事があるような気がするのは牙狼族の村で飲んだ果実酒にもモカレミが含まれているからだろう。やはり、美味い。
ちなみにルギくんは両手でちびちび飲み、シラタマは青と白のストライプ柄の先折れストローでちうちう吸っている。
この光景を写真にしたら買う人が居そう……しかし、ストローまであるとはこの世界の文化はどうなっていると思うが気にした所でどうにもならないのでほっとく事にする。
ルーインさんがタロンさんから直接同じモカレミジュースを受け取っているだけなのにとんでもねぇ〝絵〟になっているのもほっとく事にする。
所でシラタマや、お前チャーム効くんか?お前性別あんのか?
やっぱほっとこう。
「俺はカナタです。こっちはルギくん、毛玉がシラタマ。実は俺の能力を見ては貰ったんだが詳細までは分からなくて……」
「来てはみたものの王都は丁度お祭り騒ぎで調べられるギルドはそれどころじゃない。それで仲良くなったバルムに私の所を勧められた訳ね」
「ええ、そうです。俺なら心配は無さそうだから大丈夫だろう──と」
俺の何を感じてバルちゃんが大丈夫だろうと確信したのか分からないが……大丈…夫…?
「結論から言うと──」
グラスに口付けをして、喉を潤わせる。
こくり、と小さく鳴る音の後に、ルーインさんは言葉を続けた。
「良いわよ。あのバルムがちゃん付けで呼ばれるなんて〝久しぶり〟に聞いたもの。可愛らしいお客様達だし調べてあげるわ。全員見ても良いのよね?」
「はい!お願いします!!やった…!!遂に能力が分かる……!!」
そのルーインさんの言葉に思わず両の拳をぐっと握りしめて喜びを露わにしていた。
気になって仕方が無かった。〝無属性〟の〝身体系〟だと。
ファンタジー要素皆無の事実を織り交ぜてアルが口にしたある部分。
──かなり強力な能力になる──
放出系や付与系、そして【属性】付きの能力の凄さはこの身に味わっている。
シラタマの【重力】を始め、ヴィレットの【風】、あのクズ野郎の【雷】──そして、国王ことハウィさんの【石】。
それらの凄さは思い知った、凄いと思った。だが俺には無いものはどうにも出来ない。
属性を使えるようになる【魔跡玉】を使ったとて、オリジナルには絶対に勝てない。
だからこそ〝知りたかった〟。
ハウィさんは──この世界は夢が叶う世界だ──と言ってくれた。
俺が……幸せを掴む為に。
俺が幸せなる為に。
俺がその幸せを〝守る〟為に俺は〝俺自身〟を知らなきゃならない。
「兄ちゃん良かったね」
「ふにゅっ」
俺のその喜び様にルギくんがにこりと笑い、シラタマが小さく跳ねた。
「ああ、ありがとう二人とも」
その俺の様子にくすくすとルーインさんが妖艶に笑った。
なんたる色気、小っ恥ずかしさがはんぱないんだが?
「まともな人でほんと良かったわ。前に来たお客…どうしたっけ?」
「ああ〜…チャームにあっさりやられて私が対応する前に『俺の女になれお前!!』と突然叫んだ異世界人ですか」
「ああ、そいつよそいつ。酷いのよ?顔はまぁまぁの三枚目なんだけどチャームかかった後のどすけべ顔ったら……まだ発情期のオークの方がマシだったわ……」
身体を抑え、ぶるりと震えるルーインの綺麗な顔が思い出した恐怖に歪んだ。
おいまて発情期のオークの方がマシってどんなひでぇ顔だよ。
「『たまんねぇ!ひゃっほう!』と言って襲いかかったので対処してインキュバスにプレゼントして差し上げました。その方は今じゃあ愛人の一人になってますよ。カナタさんが理性を抑えれる人で良かった」
「ひえ」
やれやれと息を吐くタロンさんの言葉に冷や汗が出た。
おっふ……良くやった我が理性よ。諸君らのお陰で我が貞操は守られたぞ……
「大丈夫よ。あのバルムが確信したんだからカナタにはその心配は無いわ。私のチャームにかからないのは──…を知ってる人達だから」
「は?え?何と?」
最後に言ったルーインさんの言葉は小さくて聞こえなかった。いや、丁度ルギくんが飲み干したグラスに響いた氷の音で掻き消されていた。
「気にしない気にしない。さ、見てあげるわ、あなたの能力を……ね?」
「あ、ハイ。お願いします」
ぱちり──と、飛ばされた正真正銘のサキュバスのウインクに戸惑いを隠せない俺は反射的にその言葉を口に出す。
一体何を言っていたのか、その考えは自分の能力が知れるという期待の波に流されていくのだった。
ルギ
「もう飲んじゃった…すみませんおかわり貰えますか?」
シラタマ
「ふにゅにゅー」(ぼくもー)
タロン
「はい、今お持ちしましょう」
ルーイン
「ちなみにそのインキュバスのいるオカマバーはバルムの店の近くよ」
カナタ
「それは知りたくなかった」




