序章2 探索
少し肌寒い……最初に感じたのはそれだった。
ぴちょん…と水音が響くのを近くで感じた。
「……ん……んん…?…んー……」
瞼を薄っすらと開き、意識を徐々に覚醒させる。
気怠さなどは無く、むしろ良好過ぎる程だ。
「んおー……めちゃめちゃ快調だー。……そんでここは何処だ?」
辺りを見渡すと一面の岩肌。
ヒカリゴケのような物やオロもにょもにょダケのような物が所々に存在し、真っ暗と言うほどでは……いや、寧ろ景色を把握できる程に明るく周りを照らしていた。
「……洞窟ね。……服装は俺の私服でもあったお気に入りの作業着のツナギとミドルカットのセーフティシューズね……それにしても…最後ら辺に〈神〉とか言ってたよなあいつ……」
あの不思議な空間の事は今でもはっきりと思い出せる。なるほど、神なら俺のお気に入りとかもお見通しって訳か。
「持ち物は……なんかねぇかな」
現在の服装がお気に入りの薄灰色のツナギと黒いミドルカットのセーフティシューズだった事に少し嬉しく思いつつもポケットの中をもぞもぞと漁る。
……しかし、手応えを感じる物は無かった。
「……期待はしてみたけど空か。身体の調子はいいけど身体能力はどうだろか?」
そう、身体の調子が良いのだ。
いつも起きた時には必ずあった全身の倦怠感、重い瞼、霞む視界と纏まらない意識。
それが全くと言っていい程無い。
何時もはゾンビのようにあーとか、うーとか言った後に行きたくねーと数十分うだうだして漸く動き出すのに。
……諦めて動き出してるとも言うが。
すっくと立ち上がり、そこから手を見ながらぐっぱぐっぱと握ったり開いたりを繰り返す。
軽くジャンプしてみたりロンダートからのバク転などしてみる。
──タンッ、トンッ…すた。
……出来ちゃったよ…めちゃめちゃ身体が動く、思い通りに身体が動く。
……良好すぎじゃね?これ俺が学生時代の最盛期超えてる程に良いぞ。
ふと、自分の強化された身体能力に驚きながらもある重要な事に気付いた。
「……視力が戻ってる……」
そ…と目元に手をやったのは必然だろう。
それは遅れた衝撃だった。
俺は目が悪かった……物が30㎝離れるとボヤけるくらいには。
元々悪かった訳ではない、ゲームなら本やらを薄暗い部屋でぶっ続けでやっていたからだ。
まぁ、その頃はあまり気にしていなかったが……こう、実際に視力が戻ってみると改めて視界の広さに感動する。
「……戻ったのはいいけど【観の目】は使えるままかね?あれが無くなったら結構不便なんだがな……」
【観の目】とは[見る]のでは無く[観る]事。
人は普段何気なく見ている物もピンポイントでしか見ていない。
[観る]とは対象の全体を捉える事だ……まぁ、これが出来ると知ったのは本で知ったんだが。見るのでは無く、観るんじゃよ。
俺は近眼だった為、近いもの以外がボヤける……つまりは遠くのものはピンポイントで捉えられないのだ。
ピンポイントで捉えられないから自ずと対象の全体を捉えるしか無かったからな。
「……練習するしかないか。すぐ出来るだろ。眼鏡の時も短時間はやってたし」
と、行っても体調のいい時に数十分程だった。
今考えても仕方ない事なのでこの洞窟を探索して見よう。
「光源としてこのキノコを持って行こう。食料にもなるかもしれん。尊敬するダンボールを愛する蛇の人ならそうする筈だ」
そうだ、とお気楽な事を考えながらキノコを摘んでポケットに入れる。
あくまで嵩張らない程度に、そして何本かを握って松明代わりに。
「おお、衣服を貫通してぼんやりと光ってる。どのくらい持つのかは分からんが凄いなこのキノコ」
今着ているツナギは元々作業着として使われている物で素材は丈夫な物。
それを貫通して光源が見える辺り、このキノコがいかに明るいかが分かる。
「とりあえず明かりはよし。そんじゃあぶっ倒れる前に動きますか」
しゃあっ、やったるかい!と、俺は洞窟を探検することにした。
まだ見ぬ世界に少しながらも俺はわくわくせざるを得なかった。
まぁ、そうだろう。
社畜として飼い殺された人生から、もう一度。
それも〈神〉とやらから与えられた人生。
未知の世界は確定、必然と今のような気分になるだろうよ。
良くも悪くも何があるか分からないが、俺もつくづく男なんだなと思いながら口角を僅かに上げた。
???
この物語の主人公。
元社畜の25歳でぽっくりと過労死した。
〈神〉と名乗る者に異世界にて新しい生命を得る。
「はよ、俺の名前出してくんね?まだ?あ、そうですか……」