その拳に握るのは
「ぶぷッ!!」
「ガッッ!!」
腹に、顎に喰らわされた互いの強烈な一撃に声が漏れた。
だがしかし戦いは終わってはいない、左方向へ吹き飛ばされたカナタは身を翻し、体勢を整え、イネアは空中で武器をステージに突き刺しては身体を地に戻した。
ギラリと互いに笑いながら、再び拳を、武器を握り再度地を蹴る。
「らあああぁあああああッ!!」
「はあああぁあああああッ!!」
カナタの拳が、蹴りがイネアの身体へ、イネアの武器が、蹴りがカナタの身体へ。
防御と言える防御と言えばカナタがイネアのハルバートの刃を流す時に僅かに受ける時のみ。それ以外の防御は双方何故かしておらず、ひたすらに攻撃であった。
それは互いに攻撃を受けると衝撃というダメージを喰らうと分かっていての行動だ。
「吹き飛んだと思った二人ですがまた再び激しい戦闘を始めておりマス!!まさか効いていないのでしょウカー!?」
「まさか…〝効いていない訳はない〟だろ。よく見りゃ互いに口元から血が少しずつ溢れてやがる。戦闘音がさっきとは大人しい、互いに攻撃を流す際にステージがぶっ壊れて普通の奴は分からねぇだろうがよ」
「ああ、そろそろ二人とも勝負を決める気だ……が、楽しそうだなアイゼン」
「だな。それにカナタの野郎…より強くなってやがるなぁハルディンよ」
「私達と戦っていた時より動きにキレのような物が見える。何かを掴んだような…身体系であり、拳を合わせた私達のような者にしか分からんだろうが…な」
実況により沸き立つ観客とは真逆の言葉を溢した巨人族の一種、独眼族のアイゼンはそう不満気に赤く巨大な腕を組む。
ステージ上にいる二人の口元にはアイゼンの言う通りつう、と流れた鮮血の一筋が確かに流れ、それを同じく見ていたエルフ族の戦士ハルディンは対称的に微笑んでは顎を右手でさすった。
ステージで行われる戦いの終わりは──近い。
左拳を放つカナタがイネアの身体に着いた血でずるりと滑り体制を崩す。
「ッ!もらったッ!!!」
「ッッッッッ──!!」
あえて自身の身体から遠い右手に武器をくるりと素早く持ち替えたイネアが、背中越しにミーションのハンマーの方でカナタの腹部へと強烈な一撃を見舞う。
持ち替えの際に得た回転力を存分に利用したその一撃は、カナタのガラ空きの腹部を捉えて吹き飛ばし、ステージを擦りながらその右手と左膝を地に着かせた。
まさにイネアの一瞬の判断が生んだ拮抗した間を縫った一撃である。
「イネア選手の強烈な一撃ィイイイイイ!!カナタ選手膝を着いタァアアアアアア!!!」
「カナタッ!」
「…ッ。拳が血で滑ったのか…!流石のカナタでもあの一撃は苦しいか…ッ!」
イネアの縫うような一撃に湧く歓声、それとは反対にダグとロスの二人の心境は穏やかな物では無かった。
カナタの頑強さは間近で一瞬に修行してきた彼等が良く分かっている。そのカナタが膝を着く一撃、それはイネアの身体強化、武器術がより強力な物だとはっきりと分かったのだ。
息を大きく吐き出し、カナタがゆっくりと立ち上がる。
「ッ──効いた〜ぁ…!」
「…ッ…流石だな…!確かに入ったと思ったんだがまだ動けるのか」
「…ぺっ…へへ、確かに入ったさ…だがよぉ…それは〝アンタ〟も同じだろう?」
「……バレていたか」
己の腹を右手で抑えながら、イネアの手元が震えている事を指摘する。
いくら身体強化、武器術に優れたイネアであろうとその相手は身体系であるカナタ、その攻防のダメージが蓄積し、身体に出ていたのだ。
されどもまともに攻撃を喰らったカナタのダメージも軽い物では無い。それによる動きの鈍さは確かだ。
状況は五分五分といった所…ふとカナタはある提案をする。
「なぁ、次にアンタの出せる最高の全力で技を出してくれよ」
「最高の…?」
「俺がそいつを全部この五体で全力でぶっ潰す。どんな連続技でも良い、それを受けて最後まで立っていたら俺の勝ち、耐えれずぶっ倒されたら俺の負け」
「ほう、一つの技としてなら連続でも構わないと…なるほど、身体系と放出系、お前とわたしの純粋な根比べと言う事か……面白い…受けて立とう!!」
「おーっとイネア選手カナタ選手の提案を受け入れタァー!!お互いに一定距離を保って離れて行きマス!どうやらこれが勝敗を決める一瞬になるようデース!!」
「えははっ、カナタらしい提案だ!相手の全力を真正面から受ける身体系なんて馬鹿にも程がある!最高だ!」
「カナタの能力と身体機能あっての提案だな。普通なら身体系と同等に戦う放出系の能力を持つ相手の土俵に立つなど…私もその心…見習わねばな」
「カナター!!行ってやるだよー!!」
「……?歓声が…」
カナタの提案を受け、お互いが遠過ぎず、近過ぎず一定の距離になるように離れた。
真後ろの観客席でアイゼンとハルディンが、ステージ横でダグが見守る中、ロスはその異変に気付いた──歓声が、止んだのだ。
ステージ上の雰囲気に観客達は気付いたのだ。この一瞬は……邪魔してはいけないと。
(さぁーて、腹部のダメージは深刻じゃねぇがさっきみてぇな動きは出来ねぇな……だが〝練習で試してたあの技〟が成功すれば……)
(旦那…〝アレ〟をやるのかい?確かに成功すれば今の身体でも……)
(ああ、〝全力で迎え打てる〟。ケスルタ…俺の集中は持ちそうか?)
───今までの修行での経験を考慮してギリギリかと───
(ギリギリなら行けるって事だな、サンキュー)
脳内での意識疎通によって付喪神のシャクと通信具に宿る人工精霊、ケスルタとの会話を交わし、姿勢を良くしてだらりと手を下げた。
カナタは息を深く、深く吐いて身体の余計な力を抜く。
修行で、練習で、〝記憶で〟得た知識経験をその五体に宿すために。
「かぁああッ!!」
それに対してイネアは武器を地面に突き刺し、叫ぶ。
次いでそのステージ、イネアの背後から出でるのは巨大な〝黒き石で出来た半獣人の半身〟。
鋭角的に光を放つその黒き半獣人の動物は…象。
神々しく、荒々しく、その黒き半獣人は両手に艶やかな球体を作り出していく。巨大なその球体にて狙うは主人の目の前に立つ一人の男だ。
「はは、でけぇ。準備は…出来たみてぇだな」
「ああ、わたしが出せる最も攻撃的で最も強い技だ……生憎今は数分も出せないが……」
その言葉を話つイネアの眉間には技の負荷を表すような血管が浮かび、真後ろに聳え立つ黒き半獣人のあちこちが崩れているのが分かる。
脱力するカナタに対し、全力をそれに込めるイネア。
その火蓋を…イネアが切る!
「今はこれで十分だろう!!行くぞカナタァアア!!!」
突き刺していた己の武器をステージから抜き、回転と共に勢いよく目の前に振り落とした。
黒き半獣人の言葉に出来ない雄々しい声と共に球体から同じく黒き無数の六面体が次々と勢いよく飛び出し、空を切る。
それに合わせてイネアが技名を叫ぶ──!
「障害を削り取るものァアアア!!!」
空を切り裂き、相手を打ち倒さんとばかりにそれは唸りを上げながらカナタの正面へと迫り来る。
人の胴体程の黒き六面体は触れたステージなど軽く削り取り、その威力の凄まじさを物語った。
そんな中、カナタは何を思う──
(ずっと色々な格闘技、武術を見て思っていた。全ての武術には共通した力の出し方があると…)
武術において基礎、そして土台となる〝ある動作〟があった。
カナタはその動作にある共通点を見出していたのだ。
それは…重心の移動による力まない技の威力の強化。
(ヴァサーゴさんとの基礎修行でそれは再現出来た。ならそれに…〝身体強化〟と〝能力〟を乗せたらどうなる?)
迫り来るその黒き奔流とも言える塊の一つ目掛け、カナタは身体強化と自身の能力を重ねがけすると、拳の形を作ったそれを──解き放った。
「はぁああああああああああああ!!!!」
天が割れたような轟音が鳴り響く。
ダグが、ロスが、アイゼンが、ハルディンが、そして観客の全員がそれを見た。
黒き奔流を割る、一人の男の姿を。
「…し、信じられない出来事がわたくし達の目の前で起こっていマス…!あの人ひとり容易く飲み込む程のイネア選手の大技を……放出系の技を……拳デ!脚デ!五体で壊し尽くして行く人が今!ステージに居るのデス!!!」
カナタ!カナタ!カナタ!
イネア!イネア!イネア!
いつしか観客達は叫んでいた。ステージに立つ男二人の名前を。
そして医務室から帰って来た…この男も。
「行きやがれカナタ!!てめぇの努力は〝オレ達〟が知ってる!!!その石を全部叩き壊せぇええええ!!!」
「イネアぁあああああああああああッ!!!」
「カナタぁあああああああああああッ!!!」
──黒き奔流が…止んだ。
──血塗れの腕が、拳が…男の目の前に突き出された。
「へっ、へへへ。今回は…俺の勝ちだな」
「…ーっ。ああ、見事だったカナタ。わたしの負けだ」
深く鼻から息を吐くと、その黒き半獣人ががらがらと崩れ落ちる。勝敗は──決した。
「勝者カナタ!よってこの勝負、スタナー・テラポスの勝利とする!!」
「決ッッッッッ着ーーーーー!!!スタナー・テラポス、文字通りカナタ選手の拳にて勝利を勝ち取りましタァアアアアア!!!」
闘技場全体が怒涛の歓声に包まれた。
── 一方観客席のシラタマとルギくん──
ルギ
「やったぁああああ!!兄ちゃんの勝ちだぁああああああ!!」
シラタマ
「ふにゅっふ〜!」
ラン
「やったぁ!…んん、けふん」
ノン
「おっおっ、さぁお迎え行こうかー」