かつての〝仕事仲間〟
昔の顔に会う。それは人によって会いたかった人だったり、あるいは二度と見たくなかった人だったり。
出来るならば前者だけでありたいものですね。難しい事ですが。
…
「…ごめんくださ〜い。来たぞレオル〜」
「にゅ〜」
「美味しくは無い匂いがぷんぷんするぜ」
少し年季の入った木製の白いドアを開けて気怠げに挨拶を口にする。
続けてどたまの上のシラタマと胸元のポケットにでれんとふとんのように身体を預けたシャクが言葉を発した。
鼻腔に漂う土塊とオイルと鉄臭い、工業の臭い。
大小様々な器具がある景色はまさに町工場と言う所だろうか。
現在居るのは俺と毛玉のシラタマと魔武器の付喪神、シャクのみ、ルギくんはデンイ達に預かってもらった。
何処にいるかというと、後輩であるレオルの特殊な依頼を受けた為に、どんなを作るかの打ち合わせをするべく仕事場へと来ていた。
俺達の来訪に気付いたであろう、紺色の作業着を着た、茶髪のお兄さんが軽快に手を振りながらこちらへと歩み寄る。
「おお、アンタがレオルの依頼を受けたカナタって奴──って、大丈夫か?顔が死んでるぞ」
「ちょっと激しいトレーニングをしていたもので」
俺の疲れた表情に気づいた作業着のお兄さん。
白いタオルをターバンのように巻いた少し長めの茶髪の姿から想像できる土方の兄ちゃんのようなこの人は、切れ長の目つきで少し怖そうだが、見た目より案外気さくのようだ。
紺色の作業着の捲り上げた腕から覗かせる細身ながらもしっかりと筋肉がついており、薄汚れた皮の手袋は長年使っているのか擦り切れて色が薄くなっている。
真面目に身体を動かしている証拠だ。
「あんたすげぇ筋肉してるなぁ。そりゃあちょっとやそっとのトレーニングじゃあ無さそうだわ」
「いえいえそちらも作業で磨き上げられた見事な筋肉で」
「褒め合うな褒め合うな。ムサいから筋肉を褒め合うな」
お互いの筋肉の褒め合いにシャクがツッコむ。
筋肉と筋肉は惹かれ合うのだ。仕方なかろう。
「おお、アンタがレオルと同じ異世界人のカナタかい?いらっしゃい、待ってたよ」
筋肉の褒め合いとしていると低めの、艶のある女性の声が奥から聞こえてくる。
それに反応するようにタオルターバンの兄ちゃんが姿勢を正した。
「オーナー!お疲れ様です!」
「ああ、良い良い。楽にしたまえ」
「おっ、美人」
「これ、シャク」
手を軽く払ってそのオーナーと呼ばれた女性ははにかんだ。
いち早く反応したシャクを軽く嗜めながら、改めてそちらを見る。
きりりとした茶色の瞳、艶のあるワインレッドの髪は活動的な事を表すように短く整えられ、白いストライプの入った黒いスーツは上下共に、元から良いであろう彼女のスタイルを驚く程映えさせる。
黒い革靴にも汚れ一つ無く、仄かに香ってくるフルーツのような甘い匂いは、美人ではあるが冷たい性格では無いと如実に表す。
なるほど、これだけでこの人がどんな人かが分かる。
レオルは良い上司に恵まれたようだ。
「先輩!お待ちしてました!」
「ねぇ!まだこの作業が終わって──ああ!オーナー!お疲れ様で──お、お前は!?」
レオルと共に奥から一人の男性が現れた。
作業着一杯に膨れた、でっぷりとした腹。
少し禿げ上がった短い髪に黒縁メガネをかけ、顔についたケツの穴から発せられるテノールの耳障りな喧しい声。
前言撤回、レオルは大変な目に遭っていたのだと確信した。
「てめぇ……どうしてここに居やがる」
随分と低い声が自分から出た。
思わず下げた両の拳がぎりぎりと唸りを上げている。
そこには───かつて俺を散々こき使ってくれた、〝元仕事仲間〟が居た。
…
四人座りのテーブルの一席、向かい側でオーナーさんが頭を下げる。
「すまなかった。あいつには他の仕事を任せていたのだが〝またレオルの元に来ていた〟ようだ。まさかカナタと顔見知りだとは知らなかった」
「いえいえ、オーナーさんは悪くないですよ。あのタオル巻いた人が無理矢理追い返してくれなけりゃ今頃ぶちのめしてましたが」
──あー!あー!あんたはまだあの仕事が終わってないんであっち行きましょう!さぁさぁさぁさぁ!
──ああ!ちょっと!?レオルさん!とっととあの作業終わらせて下さいね!!
タオルターバンの兄ちゃんがその場の空気を察してあの男を摘み出してくれたお陰でとりあえずは事なきを得た。
「〝やっかいな奴〟も消えた所で改めて自己紹介といこう。アタシは。レーゲンティエ・フレアトス。この小さな工場のオーナーをしている者だ。アタシの事は好きなように呼んでもらって構わない」
「どうも、臨時ギルド員のカナタです。このどたまの上の毛玉はシラタマ、胸のちっこいのは武器の付喪神のシャクです」
「ふにゅっ」
「ども〜」
ぽいん、と頭の上で小さく弾むシラタマに胸元のシャクが小さな手を小さく挙げた。
シラタマの毛並みのもふもふ感が心地良い。良いぞもっとやれ。
「気軽に〝れーちゃん〟と読んでもらって構わないぞ。二十八歳、未婚だ」
「お、オーナー……」
真顔できりりとそんな事を言うレーゲンティエさんもとい、れーちゃん。
レオルが困惑しているがあだ名と言う〝コーティング〟を作ってくれるならありがたい。
「れーちゃん、お若い…!」
「君ならこのノリに乗ってくれると思ったよ」
すっと差し出された右手に合わせるように俺も右手を出すと、両手でがっしりと掴んで上下にぶんぶんと振られた。
ノリに乗ってくれた俺の反応が相当嬉しかったようできりりとした目は輝いている。
「オーナー…先輩に何やってんすか」
「ぶっちゃけ好みだから彼氏になってもらおうと」
「嬉しいですが今は仕事の詳細を」
「おお!それは確かに!」
初対面にぶっちゃけ過ぎでは?
なるほど、この人面白いぞ。このぐらいのノリなら嫌いでは無い。
「さて、ここに来てもらった理由は……先ほどの男がレオルにパワハラをしていると他の部下から聞いてね。〝とある提案〟をしようとオーナーであるアタシが来たんだ」
パワハラ。まさかその言葉がこの世界でも聞くとは思わなかった。
そしてその原因が〝あの男〟だと言うことに。
一息置いてオーナー、れーちゃんが再び口を開く。
「レオルはアタシと同じ夢を持ってる数少ない人物でね。そんな人物を〝あんな男〟に潰される訳には行かない。その為に少しばかりここを留守にしてたんだ」
「それでその為の〝手段〟が手に入ったと」
「ああそうだ。ちょいと〝コネ〟も使わせて貰ったが……まぁそれは良い。カナタ、君には〝レオルの店を作る〟手伝いをして欲しい」
「ええッ!?」
「ふにょっ!?」
「おっとびっくりした」
れーちゃんの言葉に、右隣りに座っていたレオルが取り乱し、ガタンと席立った。
その驚愕の声と音に頭の上のシラタマと、胸ポケのシャクがびくりと震える。こそばい。
「なんだレオル?欲しかっただろ?自分の店が」
「いえ!確かに言いましたけもっ、けど!!」
あ、噛んだ。おめでとさん、一国一城の主人だよやったねレオル。
と、心の中で呟いておく。
「心配するな。場所はアタシが以前使ってた空き家でなんら支障は無い。他の従業員には研修の為のちょっとした出張と知らせるしな。〝あの男〟にも文句は言わせない、その為にこちらも〝手段〟を手に入れた」
右拳をぎゅっと握り、れーちゃんはそう自信ありげに話した。
余程しっかりとした手段なのだろう。
「ところでカナタ。良ければだが……〝あの男〟が君にした事を教えて貰えないだろうか?もちろん無理にとは言わないが……」
握り締めた拳から、おずおずと両手を組んだれーちゃんがそう俺に聞いてきた。
れーちゃんの言葉に少し言葉が詰まる。間を置いて俺は口を開いた。
「……理由を聞きましょう」
「今回の件は従業員が知らせてくれたから良いものの、〝あの男〟がまだここに居るのならば第二、第三のレオルのような者が現れるかもしれない。恐怖で声を挙げれない、または迷惑になると黙ってる者も出るかも知れない。アタシとしてはそれは許せない事だ。この世界はこの世界、〝あの男の居た世界〟ではない、〝あの男〟一人の所為《せい》で大切な従業員が苦しむなど……許せないのだよ」
一息ついてれーちゃんは言葉を続ける。
「聞けば自分の〝能力〟は優れていると思っているのか、関わる人達を蔑み、下らない説教で時間を潰す。年齢的に一応の臨時の権限は与えたがそれを利用して要らない事をやらせる…等々……」
れーちゃんの組んだ両拳が再び握られ、行き場の無い力でふるふると震えていた。
なるほど〝相変わらず〟のようだな。
「…分かりました。話しましょう」
「本当か?…無理はしなくとも良いんだぞ?」
「いえ、〝相変わらず〟のようなので。……そうですねまずやられた事と言えば──人格の否定」
ぽそりと俺は〝あの男〟の所業を短く語り始めた。
数年に及んだクソみたいな行動の一部を。
…
──その頃デンイ達──
「「………」」(笑顔で黙ってルギを見るギルド員)
ルギ
「よーし!次を──!…あの……とてもやり辛いのですが」
デンイ
「気にするな。修行だと思え。手を出さないだけマシだ」
トウカ
「妾のようにな?」
ゼーベック
「ぼうずの後頭部に柔らかい果実が!おいぼうずそこ代われ」
ソウコ
「お前はこっちじゃ何サボっとる」