青春8%『あなたは個性を信じるか?』
敷地内に入ると、ドアまで一本の道がまるでウェディングロードのようで、左右に立ち並ぶライトアップされている桜の木々は幻想的である。いくら不動産屋の社長とはいえ、海外の大金持ちみたいな家なのでドン引きするしかない。
「さ、中に入って」
そう言いながら一般の家の扉を四つぐらい並べたかというくらいにでかい扉を軽々と開いた。
「お、おじゃましまぁーす⋯⋯」
あまりの豪邸に緊張感が高まり、木下の声が掠れてしまっていた。
中に入るとまずは想像以上の玄関。ここも一つの部屋じゃないのかぐらいの広さで、何足もの靴が美しく並べられている。地面には一切のホコリはなく、匂いは落ち着く何かの花の香り。
「ハルキ⋯⋯」
「ん? どうした木下?」
木下は来た時よりも縮こまってモジモジしながら後ずさりした。
「私、場違いなのかな?」
「え!? なんで? いやいやいや! そんなことないない!!」
突然の発言に立花は盛り上がり、全力で木下をフォローした。
立花の内心、確かに木下がここに来たいと言ったので連れきたのはいいが、事前にこんな家だとは伝えていなかったので反省する点もあるだろう。
「ささっ! 上がって上がって!!」
「じ、じゃあおっ、おじゃましまぁーす⋯⋯」
二回目のお邪魔しますだが、さっきよりも微かに声が震えているのが立花には分かった。
玄関を抜け、リビングに行くとそこは現実離れしたまるで王国にあるようなシャンデリアで照らされた神々しい家具や花々。夢でも見ているんじゃないかと思うぐらいの広さに再び木下は圧倒される。
「⋯⋯あれ? 変だな、母さんと父さんがいない」
「これだけ広ければいないでしょうね⋯⋯」
確かに、と心の中で改めて思う家の主であった。
「ちょっと親探してくるからそこのソファーに座って待ってて! ごめんな!」
「あ、う、うん! 分かった!」
木下は目の前にあった巨大なソファーにゆっくりと恐る恐る座り、両手を膝に置いて、背筋を伸ばした。
「⋯⋯はわわわ。緊張しちゃうよぉ⋯⋯」
自分からここに行くと言って来たのに、こんな調子じゃ同居を許してもらえる筈がない。
木下は自分の思い込みの激しさに少し落ち込む。
ホッと少し息をつくと、視界にとある一つの写真立てが入った。
「ハルキ⋯⋯?」
そこに写っていたのは幼い頃の立花と父親と母親であろう人物であった。立花は笑顔でピースをしていて、父親と母親は両サイドにいて、二人とも素敵な笑顔である。
「海に行ったのかな⋯⋯」
とても幸せそうな写真。とても仲が良さそうな夫婦。それはとても微笑ましく、こっちまでもが笑顔になるような、そんな写真。
しかし────
「あれっ?」
木下の視界は徐々に掠れ、次第に前がぼやけて見えなくなった。スカートには何やら水滴が落ちていて、胸がとても痛い。
「⋯⋯あれ? どうしてかな⋯⋯」
気がついていたら泣いていた。何故自分が泣いているのかもわからずひたすらに。
心の奥深くがとても痛みつけられ、とても悲しい気持ちになっている。
木下の頬を涙がつたり、スカートは濡れてしまっている。
「お母さん⋯⋯。お父さん⋯⋯」
その時、勢いよくドアが開かれ、そこから立花が現れた。
「わっ、わっ!!」
木下は突然のことに驚き、急いでハンカチで涙を拭いた。
「やっと見つけ⋯⋯」
「あっらぁぁぁぁ!!!! 超可愛い女の子じゃなぁぁい!! おっ父さん見て見て!!」
そう立花が言い終わらないうちに物凄い甲高い声で叫んだ。
「な、なんと⋯⋯。こんな超絶美人女子高校生がこの世に存在するのかっ!?」
そう言いながら突然現れたもう一人の人物。
「あらあら。その超絶美人女子高校生ってのは、昔のわ、た、し?」
「そうだったぁぁぁぁん!!!!」
二人は立花と木下の目の前で抱きつき、見つめ合った。
「あぁ⋯⋯、始まってしまった⋯⋯」
「え? え?」
木下はこの状況を理解出来ず、さっきまでの涙がすっ飛び、唖然とした表情で二人を見つめていた。
「ほんっとすまん! 木下!」
「ふふふっ! いいのよ! 気にしなくても。むしろ安心しちゃった!」
両手を顔の前で合わせてこれでもかと謝罪をする立花。
今から一つのテーブルを囲んで、会議が始まろうとしているのだ。
「もうっ、ハルってばぁもう少し早く言ってくれれば部屋片付けといたのにぃ」
「別にいいよ母さん⋯⋯。それよりも人前でイチャつくのやめてくれる!?」
「おい、ハルキ。人前でイチャつくのがダメって法律に書いてあったか? なぁ母さん」
そして言ったそばから再びイチャつきだす父と母。そう、この二人こそが立花 春樹の両親である。
「こ、個性豊かなお母様とお父様だね⋯⋯」
木下はこれまでにないほどの苦笑いで二人の愛を見つめていた。
「木下⋯⋯。頼むからその顔やめてくれ⋯⋯。俺が悲しくなる」
立花は好きな女の子に両親の実態を見られるこの恥ずかしさと悲しさはなかなか味わえることではないだろうと心の中で呟いた。