青春6%『出会いと突然と』
「えっ⋯⋯一人暮らし??」
「うん。一人暮らし。びっくりした?」
先生からは木下は孤独だなんだの聞かされていたが、まさか高校生で一人暮らしをしているとは誰も思わないだろう。高校を卒業して、それから親離れをして大学や専門学校に通うために一人暮らしをするのが普通だが、高校生、しかもまだ中学を卒業してから半年も経っていない。
「どうして一人暮らししてるの、って思ったでしょ」
今まさに聞こうとしたことをその前に言わてしまったので、立花は頷くことしかできない。
「⋯⋯私の両親がね、海外で働いているの」
「えっ、海外で!?」
娘だけを日本において両親ともに海外に行くなんて一体どういうことなのだろう。
孤独、という言葉が前に思っていたよりもより深刻なものと感じるようになっている。
「私のお父さんは海外で有名なホテルの社長でね、お母さんは有名な歌手。それに比べて私は⋯⋯」
少し悲しげな顔をする木下。
いくら海外のスーパースターや社長でも娘を置いていくのには理由があるとは思うが、いくらなんでもずっと家に帰っても孤独なのは寂しいに違いない。
「ずっと独りだった。ずっと音のない世界で生きてきた。⋯⋯でもそんな私にも楽しみがあった」
普通のことは違う、何もかもが全て違う木下の一週間に一度の楽しみがあった。
「青春ドラマを観ることが何よりの楽しみだった。救いだった」
家に帰っても誰もいない、家族の温かさもないリビングのソファーに木下は勢いよく飛び込み、電源をつけ、決まったチャンネルのボタンを押す。
その時に観ていた青春ドラマ。王道の恋愛だけではなく、友達同士の助け合いや、喜びを分かち合う姿。そのドラマは木下の孤独な心に青春という華を咲かせた。
こんな青春をしてみたい。
友達とひとつの大きなことを成し遂げてみたい。
木下はそのドラマを観ながら毎回思っていた。
「あのドラマはきっと私の生きる糧だったのかもしれない」
ドラマを見る度に生きる力が湧いてきた。学校に行くのを頑張ろうと思えた。────しかし
「現実に引き戻された。そう、私には友達がいないってことをね」
木下は笑顔を見せた。だけど、違う。さっき見せた笑顔とは違う、とても切なくて、色のない笑顔。悲壮、孤独が重なった、天使とは程遠い笑顔。
立花はそんな笑顔を悲しそうに見つめた。
「──木下は、どうしたいんだ? 両親のこととか⋯⋯」
「できるもんなら一緒に住みたい。⋯⋯でも私を捨てて出ていった人とは一緒に住みたくないっていう気持ちも心の隅にあるの」
産んでくれた母親。大きくなるまでずっと仕事の後も傍にいてくれて、見守ってくれた働き者の父親。そんな二人が高校入学前に突如、海外へ行ってしまうなんて事態になってしまった。捨てられた、とは思いたくない。しかし、両親からは仕事で海外へ行くとしか伝えられていない。
突然の出来事で困惑し、迷走する。
「誰かと一緒に住みたい⋯⋯。誰かにおかえりと言われたい⋯⋯。そして、友達が欲しい⋯⋯」
木下にあったさっきまでの笑顔は消えた。ロウソクを勢いよく吹いたように消えてしまった。
「なぁ、木下」
「⋯⋯え?」
立花はあの日、あの瞬間を思い出した。運命を感じた日。一目惚れをした日。青春という夢を見た日。
そこで自分らしくもない言葉を言ったことも鮮明に記憶していた。
「⋯⋯俺は、木下のこと友達だと思っているぞ?」
「────」
友達になってください、と言った。初めて自分から言った。そんなこと忘れる筈がない。
「⋯⋯どうして?」
「どうしてって言われてもあれなんだけど⋯⋯。俺はあの時から既に木下のこと友達だと思っていたってことだよ」
高校生活初めての友達を作ろうとした。でも、返事がなく、ここまで来た。
「俺から改めて頼むよ」
立花は立ち上がり、手をそっと差し伸べた。
「俺と友達になってください」
「えぇ!? そんな、私が、その⋯⋯」
急な友達申請に木下は激しく混乱する。その様子は誰がどう見ても普通の女の子では無い。
「嫌なら諦め⋯⋯」
「えっ?? いや! こ、こっ、こちらこそよろしくお願いします!!」
テンパる姿はとても可愛らしい。
立花はまた木下に見とれてしまった。
「その⋯⋯ふっ、不束者ですがどうかこんな私でよければよろしくお願いします」
木下は急にベッドの上で本物の土下座をした。たかが友達申請でそこまでしなくても、と言いたいところだったが初めての友達。無理はないだろう。
「それで俺は木下の話を聞いて少し思ったことがあるんだ」
「思ったこと?」
「寂しいなら俺が木下の家に住むってのもありだなってな」
冗談のつもりで思っていたことが無意識のうちに出てしまった。
何を言っているんだ俺は、と同時に思わず口に出てしまった地雷。あとから来る恥ずかしさが押し寄せてきた。しかし────
「その話、本当?」
「へぇ?」
まさかの木下の返答に立花は間の抜けたような声が思わず出てしまった。