青春5%『共に笑うこと』
「私ね、怖くて悲しくて辛かった⋯⋯」
木下は声だけでなく、体も震えている。
「私はハルキに酷いことをしてしまった」
「おい、顔を上げてくれよ。謝る必要なんかないだろ!」
「⋯⋯そんな事ないっ!!」
今まで見たこともないような表情で、保健室に響く声で木下は少し涙を浮かべながら言う。
「私ね、あの時、ハルキと出会った時ね、嬉しかった。飛び上がりたいほど嬉しかった」
あの日、あの瞬間、二人が運命の出会いをした日、木下の何かが変わっていた。心の中で舞い上がっていた。
だが、そんな中、孤独だった時の不安と友達がいないという二つが重なり、とても話せる状態ではなかった。
初めて出来るかもしれない友達。
もしかしたら実現するかもしれない青春という夢。
「⋯⋯でもね、私ってば昔から人と関わるのが苦手でね。話そうにも話せなかった」
「⋯⋯」
「自分の名前だって口に出して言えなかった」
木下はベットに倒れ込み、両手で顔を隠した。
「⋯⋯何だよ」
立花は何かが吹っ切れたように苦笑いをした。今まで溜まっていた不安や罪悪感や何もかもが吹っ切れた。そして────
「何が人と関わるのが苦手だよ!! 」
さっきの木下の声の何十倍、何千倍も大きな声で叫ぶ。スピーカーで声を出すよりも遥かに超えるくらいの声を出した。
「今こうやってちゃんと木下から話せてるじゃねーか!! だから謝んなよ。俺全然気にしてないから!」
こんな声を出したのは初めてだとかいう以前に、一目惚れをした、今最も好きな女の子にこんなでっかい声で言ってしまった。
気にしてない、とは言わない。若干気にしてはいたが、勢いで言ってしまった。
「⋯⋯」
木下は目を赤くし、驚いた表情をしている。こんな野蛮かつヒステリックな男子を見たらそりゃあ驚くだろう。
「俺だって、あれからずっと木下と話してなかったし⋯⋯。えっと、ほら! こうやって今恥らず話せてるだろ? 俺めっちゃ嬉しいんだ」
これを言った後から、めっちゃ嬉しいとか言ってしまった自分を後悔する。
立花は目を見開いて口から出任せに喋った。
「──ふふっ」
「え? ど、どうしたの?」
「あははははは!! あぁ、お腹痛いっ──」
突然、天使のような笑い声が聴こえてきた。その声はとても優しく、華やかで、心ときめく。
一人で盛っていた立花は、天使のような笑い声によって、さっきまでの威勢が燃え尽きる。
「ハルキってば面白い⋯⋯。ふっふふふ」
どうやらツボにハマってしまったらしい。
笑いをこらえることが出来ないし、さらには涙も止まらない。
立花は一人、困惑していた。
「⋯⋯え、木下、どうしたの?」
「えっ? いや、ハルキが急に私に怒り出したから。それがツボにハマっちゃって⋯⋯ふふふふっ」
「木下は怒ってねーの?」
「え? 何に?」
息を切らし、片目を擦りながら間の抜けたような返答をする。
「いや、何にって⋯⋯。ほら、俺が謝りに行った時なんか木下に逃げられたし⋯⋯」
「あ、あの時ね。あの時は⋯⋯。その⋯⋯。なんというか、ほら、フラッシュバックってやつ?」
ってやつ? と言われても分からないだろう。この返答に立花はさらに呆然とし、口をぽっかり開けてしまった。
「突然私の頭の中に色々な恥ずかしい思い出がよぎってね、それでハルキが謝ったのと重なって反射的に逃げちゃったの」
「え、えぇぇぇぇ⋯⋯」
立花は引き寄せられるようにベッドの傍の椅子に座り、もたれた。
まさかあの時、木下が逃げた理由が怒っていた訳ではなく、反射的に逃げてしまっただけだったというかなりハードなオチ。
立花はぐったりとし、大きく、深いため息をついた。
「⋯⋯だから私はハルキに怒ってなんかいないの」
「そうだったのかよ⋯⋯。まじか、安心した⋯⋯」
ようやく立花の中にあった不安と罪悪感から解放され、心の荷が軽くなった。
木下との出会いから今日までどれだけの不安と罪悪感を持ちながら学校生活を送ってきただろうか? 青春という夢に入り浸っている暇もなく、ただひたすらに思い悩んだ。何日も何日も胸が苦しいまま生活していた。それがまさかこんな形で解放されるとはまさに世も末だろう。
「⋯⋯それでね、ハルキは許してくれる?」
「許すも何もこっちの勘違いもあったし、第一、俺が木下の質問にさっさと答えていれば良かったものを俺が答えなかったからお互い様っていうか⋯⋯」
「どっちも許しちゃうってことだね」
「そういう事になるな」
二人とも吹き出し、自分たちの会話のおかしさとこの何日間の出来事に笑った。コミュ力ゼロの立花も友達ゼロで人と関わるのが苦手な木下も互いに笑った。恥じることなく笑った。
「私、誰かとこんなに笑ったの初めて」
「そ、そうか」
彼女の表情がこんなにも豊かで、美しいのは何故だろう。一目惚れをしただけあるが、本当に可愛い。
立花は木下の笑顔に見とれていた。
「そうだ、ハルキなら話しておくべきだと思うから話すね」
「⋯⋯?」
木下は何の前ぶれもなく、突然話題を変えた。
「私ね、一人暮らししてるの」