青春4%『私ね、怖かったの』
「おい! 大丈夫か? 木下、返事してくれ!!」
立花は木下の元までビシャビシャの地面の上を駆け寄り、木下を起こした。
目を閉じていて、ぐったりとしていて、返事が無い。
立花は水がこれ以上溢れないように蛇口を水が完全に止まるまでひねり、木下を濡れていない所まで抱きかかえて移動させた。
木下の制服はホースの水でびしょ濡れで、どこかしら顔がいつもより赤い。顔は白く透き通っていたので、色が変わっているのにすぐ気づいた。額に右手を当てると、かなり熱くなっている。
「⋯⋯ど、どうしよ。先生呼んでる暇ねぇよな」
先生を呼びに行っている間に悪化してしまったら?
立花は呼びに行くよりもいい手段を思いついた。
「よし、おぶって行こう」
立花は心の中で何かを決意したように木下をおぶった。たとえ誰に見られようとも今はそれどころじゃない。
「木下、しっかりしろよ。頑張ってくれ⋯⋯」
そして立花はびしょ濡れの木下を背中に抱えて保健室に向かって一気に走る。背中が濡れたって気にしない。
校舎に入り、下駄箱を走り抜け、階段を駆け上がった。
自分自身、息が切れそうだが、それ以上に木下の方が息が荒い。これは相当危険な状態だと判断できる。
この学校の保健室は二階にある。
極一般の学校は一階にあるのが大体だと思うが、ここだけおかしい。
これは神のいたずらか? わざわざ二階は遠い方なのにさらに階段を上らせるという何ともいえない絶望感。背中には病人。超健康の俺がこんな所で躓いていてはダメだ。
「フルパワーだぁぁぁぁ!!!!」
これまでに出したことの無いような力が体から湧き上がった。体力の限界まで全力で走った。
立花が走った後の床は水滴だらけである。
────やっと保健室に着いたと思えば事件が起きた。
「先生が出張??」
この一週間、何故かわからないが保健室の先生が出張でどこかほかの学校へ行っているらしい。このタイミングでまさかの先生がいないという想定外の事件発生。
立花はとりあえずおぶっていた木下をベットに寝かせ、部屋にあったタオルで木下の制服の水気をとった。
「頼む⋯⋯。木下、頑張ってくれ」
立花はタオルを握りしめ、祈りを込める。
体温計で計ると、八度五分というかなりの高熱。
何故こうなったか原因は不明だが、原因を考えている余裕など立花には無かった。必死だった。
放課後は雲ひとつない快晴で、今日の気温が夏並に高かったので、立花は熱中症ではないかと考えた。
木下の額に濡らしたタオルを置き、流れるように吹き出ている汗をタオルで何度も拭いた。
「もう少し俺がはやく来ていれば⋯⋯」
あの日、あの件から木の整備に行かなくなってからかなりの日数が経っている。もっとはやく先生の元に行っていれば。もっとはやく木の整備に行っていれば。
立花は自分のせいで木下がこうなってしまったんだと後悔する。自分のことすらろくにコントロールもできず、諦めて木の整備をやめたこと。それが最大のミスだったのだ。
「ごめんな⋯⋯。本当にごめんな」
苦しむ木下の手を両手で握りしめ、立花は自分を責め立てた。
────一時間後、外が薄暗くなってきているが、保健室には灯りが点っていた。
「⋯⋯ん? あれっ、俺は⋯⋯?」
「起きた?」
「え? あれ? 俺、もしかして寝てた?」
「うん。寝てた」
立花は急いで飛び上がり、両目を擦り、よだれを拭いた。
あの後、立花は疲れ果てて寝てしまっていたのだ。木下のベットの横の方で顔だけのっけて。
「まじか⋯⋯。寝落ちしていたとは⋯⋯。俺の寝顔、見た?」
「バッチリ見た」
「いやぁぁぁぁ!!!!」
一目惚れした女の子に無視された後はなんと寝顔まで見られるなんてこんなプレイそうそう無いだろう。さらにはそれをさらっと真顔で言われるということがなんとも虚しい。
「えっと⋯⋯。元気になったか?」
立花は咳払いをしながら聞いた。
すると木下は額のタオルをとり、起き上がった。
「うん。お陰様でこの通り」
この通り、と言われても木下は真顔のままで心のこもっていないような喋り方なのであまり説得力がない。
立花は頭をかきながら木下からタオルを受け取った。
「その⋯⋯。どうして倒れてたんだ?」
「⋯⋯。どうして倒れてたんだろう? 私」
「いや、それをこっちが聞きたいんだが⋯⋯」
まさか質問したことがそっくりそのままこっちに返ってくるとは思いもしない。
立花は調子が狂ったように苦笑いをした。
「俺が行ったら水出しっぱなしで倒れてたんだぞ。俺マジで心臓止まるかと思ったよ」
「⋯⋯そう」
木下は真顔からさらに険しい表情を浮かべ、深いため息をつく。
もっと驚いたような表情を見せると思ったが、かえって気まずい雰囲気となった。
「ありがとう」
木下の口からふと零れた。
少し笑った表情を見せ、体を伸ばした。
「それでね、ごめんなさい」
木下の表情は元に戻り、立花の方を見つめながら謝罪した。
「⋯⋯どうして謝るんだよ?」
このタイミングで、ありがとうと言ったあとに謝ることなんて無い筈。立花の頭にそうよぎる。
すると木下は体を立花の方に向けて、顔を少し近づけた。
「おっ、おい! 顔近っっ──」
一目惚れした女の子の顔が目の前に。さらにはとても良い香りがさらに濃くなっているのが分かった。
立花はこの状況に顔を赤くし、両目をつぶったが、木下はそのまま顔を深く下にさげた。
「私ね、怖かったの」
ベットに深く下げた顔をひっつけ、土下座でもしているかのような体勢で震えた声でそう言った。