青春3%『孤独と後悔と青春』
あの件から、立花は木の整備には行かなくなった。
正しいことをした筈なのに。間違ったことはしていない筈なのに。一目惚れをした女の子を泣かせてしまった。もう合わせる顔なんてない。
「おい、立花。木の整備はどうしたんだ?」
予想通り先生がその件について聞いてきた。まぁ何日も行ってなかったら先生だって気づくだろう。
「もう、俺はあの場所には行きません」
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
木下を泣かせた、なんて口を裂いても言えない。どんな手を使ってでもこの件については黙っておきたい。
立花は黙り込んだまま、教室を後にした。
俺の居場所なんて元々無い。
青春なんてできもしない。
あの日、あの瞬間、木下に一目惚れをしてから少しだけ青春出来るかもしれないと、期待を抱いていたがそれも全部砕け散る。
「⋯⋯もうあの事は忘れよう」
青春したいなんてただの夢だ。
第一、青春とかいう夢なんかに囚われていたから俺は駄目になったんだ。落胆したんだ。
一歩一歩に重みを感じながら立花は階段を下る。
────それから数日後、立花は先生に謝ることにした。
「なんかでじゃぶを感じるけど⋯⋯。しっかり謝ろう」
ここまで友達を作るチャンスを作ってくれた先生に。
立花が職員室に行くと、先生は椅子にもたれかかってコーヒーを優雅に飲んでいた。
「先生、あの⋯⋯。大事な話が⋯⋯」
すると先生は猫のように飲んでいたコーヒーを一気に喉に流し込み、コーヒーカップを机に勢いよく置いた。
「立花。よーく聞け。お前がここに来た理由なら先生はよーくわかる」
「⋯⋯え? なんでですか?」
先生はかけていた眼鏡を外し、立花と目を合わせた。
「木下だろ」
立花の体中に鳥肌が立った。この先生は本当に鋭い。どんな事も誰よりもよく知っている。
図星だったので立花は顔を赤くし、ゆっくり頷いた。
「⋯⋯まぁ、こうなるとは思ってはいたんだがな」
「えっ⋯⋯それってどういう事ですか?」
「木下も立花と同じような境遇にいるってことさ」
先生はクッキーの袋を開け、丸ごと口の中に放り込んだ。口からはクッキーのくずがボロボロとこぼれ落ちている。
「入学当時からあの子はどうも友達がいないようでね。いつもあの木の整備を孤独でやってたよ。ずーっとな」
木下も友達がいなかった? あの美少女に友達がいない? そんな事があるのか?
立花の頭は既に暴走モードに突入していた。
大体の世の中ではイケメンと美少女はちやほやされてクラスで人気で友達が多そうなイメージがあるが、木下に限ってそんな事があるとは思えない。
「本当なんですか?」
「あぁ、本当だとも。俺は他クラスのやつも全員じっくりと観察してるんだよ」
「そう言うとなんだかストーカーみたいに感じるんですが」
「おっと、それは勘弁。先生の義務と言ってくれ」
先生は口元に人差し指を置いた。若干気持ちが悪いが、この件は黙っとけというメッセージだと理解した。
「木下はな、高校入試の面接で言ってたことがあるんだ」
「言ってたこと?」
空を見上げながら先生は少し黙り込み、少し経ってから口を開いた。
「青春とはただ単に付き合ったりすることではないと思います。青春というものは友達と楽しみ、悲しみ、助け合い、そして卒業する頃にその友達が親友と心の底から言える。その時、それを青春したというんです。ってな」
「⋯⋯心の底から親友と言える」
木下がそんな事を言うなんて想像もつかない。だが、自分の心に引っかかるものがある。
青春とは一体何なのだろう?
青春したいって何だろう?
木下が言ったその言葉に深い意味が込められているのが伝わってくる。
「⋯⋯素敵ですね」
「だからな、立花」
先生は立ち上がり、あの時よりも立花の肩を少し強く叩いた。
「立花と木下の間に何があったかは先生には分からない。だがな、俺は立花がこんな事で諦めるやつだとは一ミリも思っていない」
そして先生は立花を入口の方に体を向けさせ、背中を強く押した。
「だから行ってこい! 木下、あれから少し楽しくなったって言ってたぞ!!」
木下は本当に怒っているのか、何故口を聞いてもらえなくなったのか。真相も聞けずに終わるなんて男じゃない。
この時、この先生の一言で立花の何かが変わった。
「は、はい!!」
────立花が気づいた時には走っていた。どこを目指しているのかも分からない。ただ、頭に浮かぶのは木下。一目惚れをした木下 さくら。
心がモヤモヤする。
木下は何か悩みがあるはず。
木下は怒ってなんかいないはず。
立花はただひたすらに走り続けた。
たとえ逃げられたって真っ直ぐに立ち向かおう。
あの時、木下に聞かれたことに真っ直ぐに向き合おう。今までずっと、青春が送れていないという理由をつけて逃げてきた自分と向き合おう。
きっと木下も俺と同じはず。
────そして、あの木の場所にもうすぐつく曲がり角の所だった。
やけに地面が濡れている。雨なんか降っていないのに。
立花はさらに急ぎ、曲がり角で急カーブした時だった。
木下はいた。いつもの場所にいた。しかし────
「きのしたぁ!!!!」
木下は水が出続けているホースを右手に握りしめたまま、地面に倒れていた。