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白イチゴ変 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 ふう、8月も過ぎたっていうのに、相変わらず、日差しは自重することを覚えないわね。私なんか、未だに日傘と日焼け止めクリームは手放せないわ。ただでさえ、肌が弱いもんだから。

 ――こうやって日焼け止め対策を講じている自分を見ると、いっそのこと肌をまっくりにしてしまいたいなあ、と考えちゃう私は、異端かしら。面倒じゃない、自分を保つために色々な手を施すって。その点、男は少し楽かなあと感じることも。

 男はどうか知らないけど、女は「久しぶり〜」で鉢合わせしながら、相手のパーツや装備を逐一チェックって、よくやるのよ。

 ぶっちゃけ、私がいやいやでも美容に気を遣うのは、同性になめられないようにするため。彼氏がいるわけでもなし。彼の好みに合わせる必要がないだけましというものよ、あはは……。

 ああ、でも白いものっていうのは、美白うんぬんよりも、深い意味を持っていることも存在するみたいよ。

 あなた、話のネタを探していたでしょ? こんなのはいかが?

 

 白いイチゴ。あなたは食べたことがあるかしら?

 イチゴが赤い理由は、アントシアニンという色素が影響していると聞いたわ。これは陽の光を浴びることによって、発現が促進されてイチゴが赤く色づいていくらしいの。

 じゃあ白イチゴは日光を浴びていない、ひょろひょろのもやしっ子なのかというと、それは違うようね。白イチゴは、遺伝的にアントシアニンが合成されにくいイチゴたちによって構成されるとのこと。一説には、品種改良の中で起きた、突然変異種なのだとか。

 私は昔、白イチゴをおすそ分けとして、定期的にもらっていたわ。自治会の会長さんの家からね。

 

 白イチゴをもらっていたのは、一年のうちのちょうど今ごろくらいも含めて、四回くらいだったかな。数ヶ月に一回、定期的におすそわけをしてくれるのよ。

 なんでも、自家製との話。それも私たちの家に限らず、ご近所に配っているらしかったわ。会長の奥さんが、カゴいっぱいの白イチゴを乗せて、家の前を通り過ぎていくことも何度か見かけたわ。

 初めのうちは、白いイチゴの珍しさから、味も普通のイチゴとは格別のおいしさを持っているものだと思っていた。話で聞く限り、白いイチゴというのは赤いものよりも値段が高いから。

 でも、食べてみたところ、普通のイチゴと同じか、少し劣るくらい。自分から進んで食べようとは思わなかったわね。

 けれど、両親は私にしっかり食べるように諭して来たわね。いわく、「陽の光をたっぷり受けた、栄養満点のイチゴなんだから、しっかり食べないと駄目だよ」とのこと。

 

 まるで見てきたかのようなセリフ。

 会長さんの家は、もともと地主さんだったとかで、間を離した二重の塀があるほど、大きな邸宅。高い建物から見下ろすと、確かにイチゴを栽培している畑を目にすることができる。それにしても、商売人が物を売るがごとき言い回しだった。

 おいしくなさも手伝って、次第に私は、イチゴをもらってもあまり食べようとしなくなったわ。何度も嫌がる素振りを見せれば、無理強いをしなくなると思ったのよね。

 でも、この白イチゴに関してはそうはいかず、私が家であまり食べないと見るや、学校でのお弁当月間の時に、ご丁寧にラップにくるんで、箱に中に入れてきていたのよ。

 どうしてここまで、私にイチゴを食べさせようとするのか。尋ねてみると、「おまじない代わり」とのことだった。

 

 数週間後。イチゴが欠かさず入ってくるお弁当に、私は飽き飽きしていた。残さず食べなさいと言われている手前、食べ物を捨てて処分するには抵抗があったわ。そこで友達とお弁当の中身を交換しようと思ったのね。

 いつもおしゃべりしている友達の一人を捕まえて、例の白いイチゴと適当なおかずを取り換えようと提案したわけ。

 ところが友達は、提案そのものはうなずいてくれたけど、いざ白いイチゴを出したとたん、顔色を変えたわ。それは、私自身が食べなくちゃいけないんだって。

 両親と同じようなことを話す友達に、私は少しカチンと来て、どうして食べなきゃいけないのか、と詰め寄ったわ。

 私の声が大きかったせいか、他のみんなも怪訝そうな視線でこちらを見ている。友達は人指し指を口に当てて「静かに」のポーズ。ある程度ざわめきが収まってから、友達は話し始めた。


「それ、おまじない代わりだって、聞いた?」


「聞いた。それに『陽の光を浴びているから』だの、なんだのとか。おかしい話だよね。他の野菜も、同じように太陽の光で育っているっつーの」


「いや、会長さんの配ってくれるイチゴは、他の野菜とは段違いだよ。なんでも十年以上は陽に当てているみたいだから」


 ワイン? と私は頭の中で突っ込んだわ。でも、ワイン自身は逆に、陽光にはさらさず、地下の冷えたセラーの中に入っているはず。

 事実だとしたら、熟れすぎなんてもんじゃない。腐っていないことが奇跡だ。


「なんか、ますます食べる気が失せるんだけど……。どうしてそんな、苔でも生えそうな、骨董品を食さなきゃいけないわけ?」


「ん〜? それは私も聞いただけの話になるんだけどね……そっちの言葉を借りたら、この町にずっと昔からある骨董品から、身を守るためなんだって」


「え〜、まさか呪いの道具とかあるの?」


「お化けだよ」


 友達は真顔で率直に答えた。


 放課後。友達は結局、ラップに包んだ白イチゴを受け取らずに、私に返して来た。「できればすぐに食べて欲しいけど、無理ならお守りとして持っていた方がいいよ」って。不満げな私は、それでもスカートのポケットの中に、白イチゴを放り込んで、校門を抜ける。

 私がいつも使っている校門は、三つあるうち、県道に面しているもの。外からやってくる車はここを通る必要があって、門の脇にはバス停と、休憩用のベンチが置いてあるわ。屋根のついていない、その気になれば一人でも持ち運びができてしまう、簡素なもの。

 たいていは閑古鳥が鳴いているそのバス停に、今日は何人もの人が並んでいた。ベンチにもぎっしりと。人通りが少ないとは言っても、通行の邪魔になっている。

 なんか嫌な感じだな、と私は道いっぱいに広がった、人たちの間を縫うようにして、すり抜ける。十分に気をつけたつもりだったけど、「とん」と私の肩が、男の人のわき腹あたりに当たってしまったわ。

「すいません」と頭を下げる私。男の人はちらりと私を見たけれど、何もしゃべってはくれなかった。ほどなくやって来たバスに、他の人たちと一緒に乗り込んでしまう。

 バスの行き先と、私の家は反対方向。私はさっきぶつかってしまった肩をなでながら、家へと急いだわ。


 私の家は、学校前のバス停から、二つ先に進んだバス停のすぐ近く。通学路にも指定されていて、私は県道沿いに歩いていたわ。

 けれど、もうじき家といったところで、バスが一台。私を追い越しながら、数十メートル先のバス停の前で止まったの。よくあることだし、私はそのまま歩いていたのだけど、最初に降りてきた客の姿を見て、ストップせずにはいられなかったわ。

 さっきぶつかった男の人。確かに反対方向へ向かうバスに乗ったあの人が、真っ先にバスのステップから、歩道に降りてきたの。

 私はとっさに、すぐそばにあった人の家の門柱に隠れちゃったわ。

 目が合ったら、どうにかしてしまう。そんな予感がしたから。

 思い切って顔を出したかったけど、その瞬間に至近距離でのぞかれたりしたら、心臓が止まってしまいそう。やむなく、持ち歩いている手鏡を取り出して、メデューサ退治するペルセウスの真似事をしちゃったわ。

 あの男の人は、降り立ったところから、首を左右に振るばかりで動かない。しかも、後ろから降りる人が何人かいるのに、彼らはずっと突っ立っている男性を、気に留める様子がない。

 ――もしかして、もしかすると。

 私はごくりと息を飲むと、空いている手でポケットから白イチゴを取り出す。ラップを解いて、口に放り込んだ瞬間。

 私は「ぽん」と肩を叩かれたわ。びくっとして、手鏡を取り落としちゃった。

 振り返ると、つい一瞬前まで鏡に映っていたはずのあの男性が、すぐ後ろに立っていて、私の肩に手を置いていたの。

 ごくり、と私はつばと一緒に、イチゴも呑み込んじゃった。のどにつっかかるかってくらい苦しかったけど、どうにか胃の中へと導く。


 次の瞬間。肩に乗っていた男性の手が、ドライアイスのように煙になったわ。そこから連なって、彼の腕、肩、胸、首がどんどん消えていく。

 白い霧となって消えてしまうのに、数秒となかったでしょうけど、消える直前のあの人は、驚きと悔しさが入り混じった、複雑な表情だったのを覚えている。

 


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