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第94話【グリータVSA級ドラゴン】

 あいつ、なんでここに!?


 そんなレィナの疑問に、当のグリータが答えられるはずもなかった。


 彼はA級ドラゴンに振り回され、今にも振り落とされそうになっている。

 手を離せば終しまいだ。

 なのにグリータは片手に小さな剣を握って何かをしようとしている。


「暴れんなっつってんだろ!」


 雄々しく叫び、首にしがみついたままグリータはドラゴンの眼に剣を突き刺した。

 血が溢れだし、ドラゴンが悲鳴を上げた。

 

 ド、ドラゴンの片眼を、潰した!


「凄い……」


 レィナは思わず呟いた。

 なんとも言えない感動のせいか、起こした身体の痛みさえ忘れた。


 片眼を潰されたドラゴンはそれこそ痛みにのたうち回り、首にへばりつくグリータを全力で振り落とした。


 振り落とされたグリータは、最初から落とされるつもりだったのかしっかり受け身をとっていた。


「ざまぁみろバカ野郎!」


 グリータがA級ドラゴンに吐き捨てる。

 言葉は幼稚だが、今のレィナには彼がかなり頼もしく見えた。

 さっきまでの情けない男が、まるで嘘のようである。


 やはりあのとき感じた彼の頼もしさは本物だったのかもしれない。


 あのときも助けてくれた。

 そして今も、助けに来てくれた。


「ぁ、あんた……なんで来たのよ!」


 助けてもらったのにそう聞かずにはいられなかった。

 冷めていた心に再び熱が灯るのを感じていたから、どうしても聞きたかったのだ。


※


「ぁ、あんた……なんで来たのよ!」


 今さら起き上がろうとしているレィナが、それこそ今さらそんな事を聞いたきた。


 人をひっぱたいといて良く言うぜこの口だけ女は。


「お(・)前(・)ら(・)が脅迫するからだろうが!」


 剣を納刀し、グリータは遠慮なく本音で吐き捨てた。


 ドラゴンどころか人間にも勝てないくせに突っ走りやがって。

 リーネにいたっては武器を貸せと言い出す始末だ。


 お前ら勝てもしないのにしゃしゃり出るから俺までこんな目に遭うんじゃねぇか。


 ──あぁやめよう。

 ドラゴンがこっちを見てる。

 

 ああくそ。

 やっぱ逃げりゃ良かった。

 こんな自分の力量も分かってないレィナなんか放っとけば良かった。


 グリータは今さらながら後悔していた。

 A級ドラゴンの片眼を潰したまでは良かったが、本当は両眼を潰すつもりだった。


 だけど、片眼を潰したところで振り落とされてしまった。


 武器の持ち手を変えようとしたところで振り落とされてしまったのだからどうしようもない。


 視界さえ奪ってしまえばレィナを連れて逃げることぐらいはできる。

 そう思ってたのに、敵の視界はまだ片方残っている。

 その片眼を怒りで滾らせながらグリータを睨んでいる。


 A級ドラゴンの本気の殺気が、グリータを戦慄させた。


「は、はは……ガラにもねぇことは、するもんじゃねぇな……」


「グリータ!」


 まだ後ろにいたレィナがグリータを呼んだ。


「な、なにやってんだよ! 早く逃げろよ!」


「でも一人じゃ!」


「おまえがいても役に立たねぇだろ! せめて誰か呼んでこいって!」


 A級ドラゴンがグリータを見据えて、ついに食い殺そうと突撃してきた。


「くそ!」


 来やがった!


 また首にしがみついてやりたいが、あんな真似は誰かが囮になっていないとできたもんじゃない。

 自分が狙われている状態では、しがみつく隙さえ見つけられない。


 だけど、やつは右眼を潰された。

 オレから見て左側に回避すれば、やつは対応が遅れるのではないか?


 迷っている暇はなかった。

 片眼を失っているとはいえA級ドラゴンの速度は、C級騎士のグリータには速かった。


 瞬く間に接近され、お決まりのかみつき。

 しかし、A級ドラゴンの動きは昔から何度も見てきた。

 速さではなく予測でグリータは攻撃を回避すると、それはあっさり成功した。


 うまく回避できたことを自分で驚きつつ、しかし冷静に死角になっているであろう左側へ走った。


 案の定、ドラゴンの対応は鈍かった。

 

 振り返りが遅い!

 これなら!


 即決したグリータはドラゴンに飛び掛かり、背中に張り付いた。

 慌てたように暴れ出すドラゴンに、それでもグリータは首まで一気に移動してしがみつき、残りの片眼を狙って剣を引き抜く!


 いける!


「これでもくら──」


 ドゴン!


「ごはぁっ!?」


 A級ドラゴンは近くの木に体当たりして、首にしがみついたグリータを叩きつけた。


 ドゴン!


「げっ、はぁっ!」


 ドゴン!


「ぐぇっ!」


 ドゴン!


「ぎっ、あ……っ!」


 叩きつけられた木がミシミシと音を立てる。

 グリータの骨もミシミシと軋み、激痛が走り出す。


 やべぇ、死ぬ……。


 手を離せば食い殺される。

 でもこのまましがみついてても全身の骨が折られそうだ。


 やべぇよこんなの、どうすりゃいいんだ……。


 ちょっとでも行けそうだと調子に乗ったのが運の尽きだったのか。


 ドゴン!


「うがっ!」


 いてぇ……助けてくれゼクード……まだ、死にたくねぇよ……。

 ゼクード……。


 ドゴン!


「あ……っ!」


 痛みでついに手を離してしまった。


 ゼクード……フランベール先生……助けて……


 ドラゴンの首から滑り落ち、グリータは草原に倒れ込む。

 そこへ追い討ちを掛けるようにドラゴンは前足でグリータを押さえ込んできた。


「あぐっ!」


 ドラゴンの体重がグリータにのしかかり、ただでさえダメージが重なった身体にさらなる負荷が掛かった。


 骨がさらに軋み、もう本当に折れそうだった。

 痛すぎて涙が流れた。

 歯を食い縛っているせいで声も出ない。


 あぁ、くそ、くそ……やっぱ本当に、逃げりゃよかった……

 あんな奴(レィナ)なんか、ほっときゃ良かった……

 リーネに武器だけ渡して見捨てりゃ良かった……


 ゼクード……頼む、また、助けてくれよ……助けて…


 大口開けてこちらを見下ろしてくる。

 そのドラゴンの顔が、笑みを浮かべているように見えた。


 その笑みに──ロングブレードの刃が突き刺さった。


 え?


 ロング、ブレード……まさか!?


「良くやった」


 ドラゴンの頭部を串刺しにしたのはゼクードではなかった。

 装飾豊かな鎧を身に纏った騎士。

 その人物は。


「こ、国王さま……」


 国王はドラゴンを絶命させ、グリータを解放する。

 

「立てるか?」


「なんとか……」


 手を差し出され、グリータはそれを握って立ち上がった。

 さっきまで押し潰されていた身体の内部が、骨を伝って痛みを訴えてくる。


 いてぇ……でも、生きてる。

 まさか国王さまに助けてもらえるなんて。


「あの、ありがとうございます……」


「いや礼なら──」


「グリータ!」


 今度はレィナの声が響いた。

 息を切らして走ってくる彼女を見やり、国王が口を開く。


「──礼なら彼女に言いなさい。君のことは彼女から聞いたのだ」


 そうだったのか。

 いつの間にかいなくなってたと思ったら、ちゃんと助けを呼びに行ってくれてたのか。


「グリータ! 良かった無事で!」


 心底嬉しそうにレィナが言ってきた。

 まったく……良かったじゃねぇよ。

 誰のせいでこんな目に……。


「グリータさん! レィナさん!」


 さらに出てきたのはリーネだった。

 無事なグリータとレィナを見てリーネは安堵した顔を見せる。


「ああ良かった……二人とも無事で」


 心配だったのだろうことは分かるが、今のグリータには苛立ちしかなかった。


「無事なもんか」


 言葉を割り込ませグリータは言った。

 レィナを睨んで吐き捨てる。


「もう二度とゴメンだぜ。勝てもしないくせに突っ込みやがって!」


「しょ、しょうがないでしょ! 何よ! あんただって勝手に助けに来たくせに!」


「んだとこのやろう!」


「あ、あの、こんな時にケンカは……」


「ケンカをする元気があるなら早く避難民の誘導に戻れ!」


 国王の一喝(いっかつ)にビクついて、グリータとレィナは「はい!」と揃って返事をした。


 グリータは踵を返して地下への入口がある場所へと戻る。

 その途中、リーネが後ろからやってきた。


「あの、グリータさん」


「なんだよ……」


「レィナさんを助けてくれて、本当にありがとうございました」


「な、ちょっとリーネ!」


 同じく後ろにいたらしいレィナの声まで聞こえた。


 何も言う気にはなれなかった。

 だけど。

 死にかけて腹は立ったけど、感謝されて悪い気はしなかった


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