第87話【二つの支柱】★
超大型ドラゴンの首の上を走り抜け、俺はついに頭部までたどり着いた。
【エルガンディ王国】を一望できるその高さは、俺の脚を無意識に震わせる。
頭部の傷を見れば、すでに完治寸前にまでなっている。
やはり驚異的な再生力だ。
俺は急ぎロングブレードを突き刺そうとするが、間もなくその場が暗くなった。
影!?
その影が超大型ドラゴンの手だと気づくのにそう時間は掛からなかった。
頭部にいる俺を捕まえようと、奴は掴み攻撃を放ってくる。
「くそ!」
ビタンと張り手の如く、俺ごと頭部を叩きつけてきた。
俺は指と指の間を縫って飛び、寸でのところで掴みを躱した。
刹那!
バシュンとドラゴンの指が鮮血を散らせる。
避けたと同時に一本の指を切断してやったのだ。
指一本の肉質は柔らかい。
簡単に斬れた。
舞った鮮血が漆黒の鎧に吸われ、俺は空中で一回転する。
切断した指の位置には魔法大砲の抉り傷がある。
その傷口を指で塞がせないためにも切断する必要があった。
「ぅおおおおっ!」
まだ塞がり切ってはいないその傷目掛けて、俺は落下の勢いを乗せたロングブレードを突き刺す!
塞がり欠けた傷に刃が通り、ブスリと刀身の半分がメリ込んだ。
竜頭骨さえも貫通し、脳に刃が届いた手応えもあった。
超大型ドラゴンはそれこそ断末魔のような咆哮を発してきた。
それはもはやゼロ距離で食らう爆発音のようなものだった。
鼓膜が破れそうになった俺は思わず左肩と右手で左右の耳を塞ぎ、その咆哮を凌ぐ。
超大型ドラゴンは頭を振り回し、ひたすらに暴れた。
その暴れる動作に耐え切れず、ついには突き刺したロングブレードが遠心力と俺の体重に負け、抜けて頭部から振り落とされてしまった。
「うわああああっ!」
掴まるところを無くした俺はロングブレードと共に落下。
七十メートルもあるこの高さでの落下は、どう考えても即死につながる。
受け身が取れるレベルじゃない。
ダメだ!
死ぬ!
落下先は第二城壁を越えた街道のド真ん中。
白い石畳が敷かれた道だ。
あそこに激突して、俺はグチャグチャなる。
死の恐怖が迫る中、ローエ・カティア・フランベールの顔が脳裏にハッキリと浮かんだ。
俺はあの三人の責任を取らなきゃいけないのに!
あの三人を置いて死ぬわけには……!
「【ハリケーン】!」
響いたローエの声。
次いで発生した竜巻が、落ちてくる俺を巻き込んだ。
落下速度は急激に減速し、ついには竜巻外へと俺は弾き出される。
弾き出され、地面に落ちそうになったところをお姫様抱っこで受け止めてくれたのはローエさんだった。
「はぁ、はぁ、隊長!」
「あぁ、ローエさんありがとう……し、死ぬかと思った……」
心臓がバクついて、俺の息が上がってる。
ローエさんまで息が上がってるのは【エアフォース】【ハリケーン】と魔法を二連発したせいだろう。
「はぁ……はぁ、ふぅ……無事で何よりですわ」
言いながらローエさんは俺を下ろしてくれた。
「ごめんなさい。しくじりました」
頭部の傷は、おそらくもう完治してしまうだろう。
せっかくのチャンスだったのに、仕留めきれなかった。
脳に刃が届いたはずなのに、奴はまだ動いている。
「お気になさらずに隊長。それよりこいつをここで押さえましょう。避難が完了するまで」
こちらの失態は責めないと、ローエさんは気配で感じさせてくれた。
その気配に救いを感じながら俺は頷く。
「それしかないですね」
見ればカティアさんとフランベール先生はすでに応戦していた。
バスターランサーでの起爆や、休み無く連発するアイスアローの弾雨。
さらに第一城壁からの支援も始まった。
総司令官の部隊が残ったバリスタや大砲で攻撃に参加してくれている。
その攻撃は効いてこそいなさそうだが、超大型ドラゴンは鬱陶しそうにしている。
足元に張り付くカティアさんやフランベール先生に狙いをさだめ、踏みつけや尻尾の薙ぎ払いを仕掛けていく。
それらを躱し、果敢に攻撃を繰り返す仲間たち。
討伐の目処は立たないが、足止めはできている。
「行きますわよ隊長!」
「了解!」
俺はローエさんと共に超大型ドラゴンの攻撃に参加した。
※
「足を止めるな! 次々行け!」
「東側から出て鉱山を目指すんだ!」
国王の耳に入ったそれは王国騎士たちの怒声だった。
半ばパニックになっている市民たちを怒鳴り声で制している。
【エルガンディ王国】の中央広場は避難民で溢れかえり、鳴き声や悲鳴が飛び交う。
それもそのはず。
目視できる数百メートル先で、あの【超大型ドラゴン】が暴れているからだ。
「国王さま。現在【ドラゴンキラー隊】と【南防衛部隊】が大型ドラゴンを足止めしているようです」
王国騎士に言われた国王は「うむ」と返した。
「出鼻を挫かれたな。東側に【ドラゴンキラー隊】を付けようと考えていたんだが」
すでに南西北東をドラゴンに包囲されている。
そのどれもにS級ドラゴンが潜んでいると考えれば、最高戦力のゼクードだけでもこちらにやりたいのだが。
「東側には先発隊としてクロイツァーとセルディスを出せ。引退した騎士とは言え元S級騎士だ。壁にはなる」
「は、はぁ。しかしそれではルージ領とマクシア領の市民の誘導者がいなくなりますが」
「代わりの者を出せ。今は鉱山の進路を塞ぐS級ドラゴンを押さえる戦力が必要だ。我々がここに居ては【ドラゴンキラー隊】も他の部隊も動けん」
「了解しました。伝令させます」
「それと……例の作戦を決行すると、やつら伝えろ」
「っ!? まさか、本気なんですか!?」
「二度は言わんぞ。老兵が生き残っても意味はないのだ。最悪の場合は私も出る」
「な! 国王さま! それだけはいけません! あなたを失っては、この国に未来はありません!」
「最悪の場合だと言った。わかっている。それより伝令急げよ。ドラゴンは待ってはくれんぞ」
「はっ!」
王国騎士は駆け足で去って行った。
わかっている。
自分の存在がどれほど重要なのかを。
この国は今、二つの支柱でギリギリ保っている。
戦力的支柱がゼクード。
精神的支柱が国王たる自分。
どちらも欠けるわけにはいかない。
「死ぬなよ……ゼクード」
遠くで暴れる超大型ドラゴンを眺めながら、国王は一人呟いた。




