第81話【フォルス家】★
その後、クロイツァーさんは明日のため家に帰って行った。
一人残った俺は今もまだ、城壁の上で草原を眺めている。
夜の冷たい風が俺の頬を撫でた。
「女騎士は、最初からいない方がいい……か」
強くなるには男の数倍の努力が必要で、そのくせいつかは離脱する。
割りに合わない。
狩りは女性の得意分野ではないから。
男性は硬い筋肉の塊だ。
女性は柔らかい脂肪の塊だ。
でもそれらには理由があり、性別で分けられた役割があるからだ。
そんなことは分かっている。
クロイツァーさんの言いたいことは分かる。
でも、だからこそ俺の部下であるローエさん・カティアさん・フランベール先生は凄いと思うのだ。
【攻撃魔法】という不幸を背負いながら、
鍛えるのにも苦労したであろう女性の身体で、
この国のトップクラスになっているのだから。
男の俺には想像もできない涙ぐましい努力があったはずだ。
もし彼女たちが男性だったならば、俺などとっくに抜かれているかもしれない。
だから、そんな彼女たちの努力を無下にするような『女騎士など最初からいない方がいい』という発言には賛同できない。
たとえ誰がどう言おうと、俺はローエさん・カティアさん・フランベール先生を大切にするし、味方でいたい。
それにクロイツァーさんは女性を弱者として見ているが、俺に言わせれば、みんな弱者に見える。
過去に偉そうにしていた男の騎士たちも、所詮は父フォレッド頼りだったのなら女性と同じ弱者じゃないか。
大きく溜め息を吐くと、いきなり視界が真っ暗になった。
「えっ!?」
「だ~れだ?」
すぐに誰だか分かった。
目を覆う柔らかいふにふにした手。
心落ちつく優しい香り。
そして癒しのある声。
「フランベール先生」
「うん正解」
嬉しそうに言いながら、先生は俺の目から手を離した。
俺は振り向くと、そこには月夜の光で美しさを増したフランベール先生が立っていた。
ベージュの長髪が煌めいて、本当に美しい。
美しいけど、彼女の顔は、どこか悲しみの色を含ませている。
「ボ~ッとして隙だらけだよゼクードくん」
「すみません。油断しちゃいました」
あっさり背後を取られたのは事実なので、俺は苦笑して返した。
「まだ起きてたんですね」
「うん。あなたに会いたくて」
「え?」
あ、もしかして『1年Aクラス』のことを……
「……あの、先生。クラスの事なんですが」
「ん、大丈夫。……もう知ってるから、大丈夫だよ」
予想外の返事だった。
まさか知っていたとは。
誰から聞いたんだろう?
グリータか?
それとも自分で?
「先生……」
「酷いよね……みんな良い子だったのに、こんな結末で……」
「……はい」
『1年Aクラス』の担任だったフランベール先生と、その生徒の一人だった俺には、あまりにも重い結末だった。
生徒たちの顔を思い出しているのか、フランベール先生は大粒の涙を溢す。
俺はそんなフランベール先生を慰めようと抱き締めた。
優しく頭を撫で、俺の胸で先生の涙を受け止めていく。
「ありがとう」
「ん?」
「こうして泣きたかったの。ありがとうゼクードくん」
「いえ」
「わたし、家族はリリー姉さんだけ生き残って運が良いと思ってた。でも、クラスのみんなが、こんな……」
リリー姉さんとやらが誰かは分からないが、家族の被害に関しては、先生にとってそれほど深刻じゃなかったようだ。
でも自分の担任していたクラスが、ほぼ9割全滅し、生き残った生徒たちは俺とグリータのみ。
ほか三人は武器も持てないほどの重体。
それがよほど堪えたのだろう。
先生と生徒。
みんなが仲の良い、素晴らしいクラスであったことには変わりなかったのだから。
悲しみに暮れる彼女を、俺はしばらく抱き締めていた。
※
「そう言えば聞いたよゼクードくん。カティアさんとも『約束のキス』を交わしたんだね」
涙を流し切ったフランベール先生が、今度は嬉しそうにそう言った。
いつの間に知ったのかは分からないが、間違いないので俺は頷く。
「はい。カティアさんも俺の嫁になってくれることを約束してくれました。夜も……身を重ねてくれました」
「良かった。あとはローエさんだね」
「それなんですが、ローエさんも決意してくれたんです」
「え!?」
「『約束のキス』を交わしてくれました。S級ドラゴンを片付けたら、みんなで幸せに暮らそうって」
「うそ……本当に?」
これでもかと目を見開きフランベールは驚愕していた。
嘘ではないと眼で訴えながら俺は頷いた。
すると先生はまた、ポロポロと涙を流し始めた。
「せ、先生?」
「ご、ごめん! ちょっと、すごく嬉しくて……つい」
まさかこんなに喜んでくれるとは。
涙を手の甲で拭ぬぐいながらフランベール先生は俺を見た。
「ならもう、みんな、家族だと思っていいんだよね?」
「はい。結婚式はまだ挙あげられる状況じゃないですが、気持ちだけでも、もう家族ってことでいいと思いますよ」
「嬉しい……本当に、家族になれたんだ……」
自分の顔を両手で覆い、フランベール先生はまた泣き出してしまった。
よほど嬉しかったのが分かるほどに、彼女の肩は震えている。
また抱き締めてあげなきゃいけない気がして、俺はそっと包み込むようにフランベールを抱き締めた。
「先生……」
「ありがとうゼクードくん……」
「え?」
「わたしに家族をくれて、本当に、ありがとう……」
「そんな……」
お礼を言うのは俺の方なのに。
「ずっと憧れてたの。わたしの実家は、あの通りの家族だから、みんなと仲良く笑って話して、一緒にご飯を食べたこともなかった」
「!」
「寂しかった……リリー姉さんは時々優しくしてくれたけど、それだけじゃ足りない。もっとあったかいの、ほしかった……」
「先生……」
「だから、本当にありがとうゼクードくん。本当に……本当にありがとう……」
涙と鼻水で綺麗な顔を台無しにしながら、フランベール先生はそう言った。
「俺の方こそですよ先生。理想の家族ができました。だからこそ、ドラゴンに勝ちましょう。みんなで強くなって。必ず!」
「うん!」
するとフランベール先生の両目が、誰かの両手で覆われた。
「ふぇっ!?」
突然の出来事で動揺するフランベール先生だが。
「だ~れだ?」
その声で両手の主を察した。
先生の背後に現れたのは、
俺の前に現れたのは、
「ロ、ローエさん?」
「正解ですわ」
先生に不意打ちをくらわしたのはまさかのローエさんだった。
ローエさんもまだ起きてたんだ。
「びっくりしたぁ。ローエさん起きてたんだね」
「ええ。どうにも眠れなくてゼクードに会いに来たんですけれど、先生に先を越されてましたわ」
あ、ローエさんも俺に会いに来てたのか。
嬉しい。
「ぁ、そうだったんだ。そんな気を使わなくても──」
言い欠けたフランベール先生の両目がまた誰かに塞がれた。
「ひゃっ!?」
「だ、だ~れだ?」
ぎこちない不意打ちをかましたのは。
「カティアさん!」
「正解です」
声ですぐに分かった先生はカティアを見る。
まさかの【ドラコンキラー隊】の集合である。
いや【フォルス一家】かな?
「二回もびっくりしたよ。カティアさんまであんなことしてくるなんて」
あんなことって、先生が元祖なんですがそれは。
「ゼクードにやっていたのを見たので、我々も真似をしてみました」
「ですわ」
「ま、真似しなくていいよ心臓に悪いから!」
先生がそれ言います?
と言いたいのを堪えて、俺はカティアさんを見やる。
「カティアさんも起きてたんですね」
「お前に会いたくてな」
あ、カティアさんまで俺に。
心の拠り所になるというのは、案外と嬉しいものだ。
「いろいろあって疲れたから、ゼクードに慰めてもらおうと思ったんだ。でも先生に先を越されていたのでな」
「そう。悔しいからちょ~っとイタズラしてやりましたわ」
笑うカティアさんとローエさんに、フランベール先生は顔を赤くする。
「だ、だから別に遠慮しないで出てくればいいのに。んもぅ……」
「そういう訳にはいきませんわ」
「ローエの言うとおりです。空気を読むというのも時には必要です。たとえ家族でも」
その最後の一言にフランベール先生はハッとなった。
「……そっか。ありがとうカティアさん。それからローエさんも」
言うと二人は微笑み返す。
カティアさんはローエさんの件を知らないだろうから、俺はそれを口にする。
「カティアさん聞いてください。ローエさんがついに決意してくれました。俺たち全員家族ですよ」
「なに?」
驚いたカティアさんはローエさんを見た。
凝視されたローエさんは頬を赤くして視線を逸らす。
そんなローエさんを見て、カティアさんはフッと笑った。
「そうか。来てくれたんだなローエ」
「……これで死ぬまで一緒ですわね」
「ふ、とんだ腐れ縁だな」
皮肉を言いつつも二人は笑っていた。




