第573話【リヴォルグ・ジード】
鉱山の入口は人の手によって巧妙に偽装されていた。
周囲の地形に溶け込むように、自然の岩壁に見事に紛れ込んでいる。
まるでただの自然の窪みのように見えるその場所は、近づく者に何も特別なものを感じさせない。
おかげでレジェリーの案内無しでは発見すらできなかった。
入口の周辺には苔むした岩や風化した植物が生い茂り、まるで自然の一部であるかのように静かに存在している。
岩の隙間からは細い蔓が絡み合い、まるで自然のカーテンが垂れ下がっているかのように見える。
そのカモフラージュはドラゴンの鋭い目を欺くために精巧に作られていた。
知恵と工夫を感じられる見事なカモフラージュだ。
【ヨコアナ】とはまるで違うな。
「こっちです」
レジェリーが先へ進み、それについていく。
鉱山の奥へ進むと薄暗い通路が続き、かつての採掘の痕跡が残っている。
壁には古びたランプが掛けられ、ツルハシなどの作業道具も立て掛けられていた。
ランプのかすかな光が周囲を照らしている。
ランプが点火されているということは、やはり生き残りがいるということだ。
それに希望を見出したらしいレジェリーは、少し速足になって進み出した。
「誰だ!」
鉄製の鎧と槍を装備した男が、レジェリーと俺に槍の切っ先を向けてきた。
彼の背後には奥へ続く扉がある。
見張り番のようだ。
「ケイン! 私よ! レジェリーよ!」
ケインと呼ばれた見張り番が驚愕のあまり跳ねた。
「レジェリー!? お前生きてたのか! ああ良かった〜! オレもう心配で心配で夜も眠れなかったんだぞ!」
「ケインこそ無事で良かった! 他のみんなは? ひぃジィは? 村が酷いことになってたけどジオ・ヴァルタが来たの?」
「お、落ち着けって。リヴォルグ団長は無事だ。他のみんなは……何人かの犠牲が出ちまった。とんでもねぇ数のドラゴンに襲撃されてよ。けど、逃げ延びたみんなはこの先にいるよ。詳しい話はリヴォルグ団長に聞いてくれ。ていうか顔を見せてやれ」
「う、うん……」
やはり外の惨状はドラゴンによるものだった。
人間の遺体だけあって、ドラゴンの死体がなかったのは下手に戦わずすぐにここへ逃げたからだろう。
「ん? ちょっと待て。お前誰だ?」
ケインがようやく俺に気づいてくれた。
「あ、彼は私たちの救世主よ」
「は? 救世主ぅ?」
説明を端折りすぎだろレジェリーお前……
いきなりどこの誰かも分からない奴を指して救世主って言っても信じられないって。
「初めましてケインさん。自分はエルガンディ王国からやって参りました。ゼクード・フォルスです」
とりあえずまずは敵対心が無いことを伝えるために丁寧に挨拶する。
「エルガンディ?」
「そうなのよ。東の海の向こうに大陸があったの。 その大陸に私たちと同じ王国が存在したのよ。それがエルガンディ王国よ。凄いでしょケイン」
「ぉ、おお……へ? 海の向こう? 本当に?」
「本当よ。ゼクード隊長は私たちを助けるために来てくれたの」
レジェリーに言われたケインはまじまじと俺を観てきた。
どう見ても子供じゃねぇか……って顔をしている。
ですよね。
信じられないですよね。
こんな子供みたいな騎士が一人来たところで救世主だなんて。
「ま、まぁとにかくリヴォルグ団長に話を通してくれ」
反応に困ったらしいケインはなんとかそれだけ絞り出して扉を開けてくれた。
「わかったわ。ゼクード隊長も中に入れるけど、いいよね?」
「ああ。オレじゃあ判断できんからな。まずは団長だ。奥の突き当たりの扉に入ってくれ」
扉を抜けて鉱山の奥深くへと進んでいくと、通路に足音が響き渡った。
それと同じようにむせび泣く声が洞窟の天井で反響する。
それはドラゴンから命からがら逃げ込んだ村人たちの声。
悲しみに沈む顔。
疲れ果てた顔。
気力を無くした顔。
少しでも気を紛らわそうとしているのか、互いに寄り添っている者が多い。
帰ってきたレジェリーを見ても、彼らは特に大きな反応はしない。
俺を見ても少し目を丸くするだけで、すぐに視線を逸らしてしまう。
「みんな気力を無くしているな……」
「ええ……不幸が立て続けに起こり過ぎてます」
昔のヨコアナを思い出してしまう惨状だ。
あの時もこんな感じだったな。
誰もが希望を見出だせずにいたあの時代。
先代国王さまが居なかったら、あの時俺たちは前に進めなかっただろう。
そんな過去を振り返っていると、レジェリーは奥の突き当たりにある扉の前で立ち止まり、それをノックした。
「誰だ?」
「レジェリーです」
ガタン! とイスが倒れるような音が聞こえて、凄まじい勢いの足音が近付いてきた。
次いでガチャッと開かれた扉からは白髪の強面男性が現れた。
指揮官用らしき黒コートを身に纏ったその男性はレジェリーを見るなり漆黒の瞳を大きくする。
「レジェリー……!」
「御心配お掛けしました。ひぃジィ様」
深く頭を下げたレジェリーにひぃジィ様と呼ばれた男性は、一瞬だけ酷く安堵した顔色を見せた。
レジェリーが顔を上げるとすぐにその顔色を消して、先程の強面に戻ってしまった。
「……よく無事だったな。入れ」
見た目通りの無愛想な対応だったが、さっき見せた安堵の顔が彼の本心だと察した。
どうやら曾孫相手にも不器用な男らしいことが伺える。
しかしレジェリーの曾祖父だけあってかなりの高齢者のようだが、それにしては凄まじい気を放っている。
いったい何者だ?
かなりの手練れであることだけは分かる。
そう思いつつ扉を潜った。
その先にあったのは鉱山内に設けられた応接室。
壁は自然のままの石で構成されており、部屋の中央には重厚な木製のテーブルが鎮座している。
その周りには木製のイスが並んでいり、おそらくこれは疲れた鉱夫たちがひと時の安らぎを求めて腰を下ろすためのものだったのだろう。
テーブルの上には地図が広げられており、その傍らには幾つかの古びたランプが置かれ、優しい光を部屋中に散らしている。
思ったほど空気が淀んでいないのは、通気孔が随所に掘られているおかげだろう。
人が通れるほどの穴は空気の循環だけでなく、緊急時の脱出路にもなるのだ。
「本当によく無事だったなレジェリー。お前が出航したあとすぐに嵐が起きただろう?」
「はい……ただでは済みませんでした。その嵐に飲まれ、海の中で意識を失いました。でも運良く海岸へ打ち上げられ、彼に救われたんです」
一歩下がったレジェリーが俺を前に出した。
俺は……もはや老兵だというのに凄まじい気を放つ目の前の男に一礼した。
「初めまして。エルガンディ王国から参りました。ゼクード・フォルスです」
「リヴォルグ・ジードだ。曾孫が世話になったようだな。礼を言う。ありがとうゼクード殿」
握手を求められ、それに応える。
俺よりも顔一個分は大きいリヴォルグの高身長と恵まれたガタイは迫力が違った。
その迫力や貫禄に欠けるゼクードには、かなり憧れる渋みとカッコよさがリヴォルグにはあった。羨ましい。