妖精の輪
「なぁなぁにいちゃん、なんでにいちゃんはそんなにデッカいんだぁ?」
「ねぇねぇおにいちゃん、どうしておにいちゃんのあしはリックたちとちがうの〜?」
「にいちゃんすごぉい!おめめきらきら〜!とーちゃんがとってくるいしころみたぁい!」
右側から腕を引っ張るのはお兄ちゃんのロック、左側から腕を引っ張るのは真ん中のお姉ちゃんのリック、あぐらをかいた膝の上に乗っかって、遠慮なく顔を覗き込んでくるのが末の女の子のラック。
小さい子に囲まれて、なぜなにどうして?と質問責めにされるのは、此処に残ってガヴスグリンさんが戻ってくるのを待つと決めた時からなんとなく覚悟していたけれど、子供たちの元気の良さは想定以上で。
「う〜ん…デッカいのはちゃんと好き嫌いせずになんでも食べたからかなぁ?足が違うのはね、お兄ちゃんがリックたちとは違う種族だからだよ?ありがとう、ラック。ラックのお目々はお空の色、透き通ってキラキラ綺麗な青い色だね〜?」
ひとりひとりの質問に、目を合わせて答えていけば、余計にキラキラとした目を向けられる事になってしまった。
サテュロスの奥さんが気を利かせて子供たちの分のおやつをも持ってきてくれなければ、きっと更に質問責めにされてしまった事だろう。
しばらく子供たちと一緒にクッキーを食べたり、子供たちにあやとりを教えたり、子供たちと一緒に過ごしながら時間を潰していると、ガヴスグリンさんが戻ってくるのが見えて。
その隣には、上半身だけイギリス紳士のような格好をしているサテュロスの男性が居て、何やら話しながらこちらへと向かって来ていた。
「アキラ!」
自分がそっちを見ている事に気付くと、ガヴスグリンさんは自分の名前を呼んで手招きして、その場で立ち止まり。
「にいちゃん行っちゃうのか〜?」
「行っちゃうの〜?」
「ちゃうの〜?」
立ち上がろうとすれば、子供たちにひしっと引っ付かれて、可愛いと思うのと同時に少し困ってしまった。
こんなに懐かれるなんて思って無かったんだけどなぁ…。
「うん、お迎え来ちゃったからね〜?だから行かないと。」
悲しそうな顔をされてしまうと、少し罪悪感を感じてしまうけれど、離れがたいと引っ付く割には、自分が立ち上がれば聞き分けよく離れてくれて。
「…なぁ、にいちゃん…おれがちゃんと好きキライしないでごはん食べたら、またあそびにきてくれる…?」
「!リックもちゃんとおかあちゃんのおてつだいするよ!」
「ラックも!ラックも〜!」
そんな健気な事を言われてしまえば、キュンと来ても仕方ないよね?
ぴょんぴょんと跳ねて自分もお手伝いをすると主張するラックの頭を撫でて、しゃがみ込んでから、1人ずつ、3人に視線を合わせていく。
「いつになるかわからないけど、自分がひとりで出かけても良くなったら、なるべくすぐに遊びに来るね?」
ぎゅっと抱きついてくる子供たちに、1人ずつハグを返せば、泣きそうになりながらも3人ともがちゃんとお別れをしてくれた。
「お姉さんも、サウダとお菓子、ありがとうございました。」
「いいえ〜!こちらこそ、子供たちの相手をしてもらっちゃって…また来てくれるのを楽しみにしてるわね?」
「はい、じゃあ、ロック、リック、ラック、またね〜?」
3人のお母さんでもあるサテュロスの奥さんにもお礼を言ってから、手を振りながらガヴスグリンさんたちの方へと向かって行けば、末っ子のラックは泣き出してしまったのか、すぐに奥さんに抱えられて。
それでも3人ともが、自分が見えなくなるまで手を振り続けてくれた事が、とても嬉しかった。
「いやぁ、アキラ殿は人見知りの酷い我らサテュロスの子らとも大変仲良くなられたようで。是非ともまたいらしていただきたいものですなぁ!あ、私はパックと申します。僭越ながら、この町の町長を務めておる者です。」
ガヴスグリンさんと一緒に戻って来たパックさんは、にこにこと上機嫌に挨拶をしてくれた後、自分たちを先導するようにと歩き出して。
「しかしまぁ、妖精の輪を使用したいなどと、かのガヴスグリン卿から言われた時は何事かと思いましたが…アキラ殿をお連れとあっては、一刻も早くマグ・メグ・メルに、という気持ちも理解出来ますな!」
「マグ・メグ・メル…?」
「おや、アキラ殿はまだマグ・メグ・メルをご存知無いので?マグ・メグ・メルこそは、我らが妖精属が集まり名を連ねる妖精連合が首都、楽しき喜びの都にございますぞ!」
まるで口から先に生まれたように、ペラペラと話し続けるパックさんに案内されながら通っていくサテュロスの町は、道の左右に家が並んでいる型で細長く山に沿って続いている町で、家の大半は石で出来ているようだった。
一応住人はいるようだけれども、まるで隠れるように、自分たちが近付くと窓や扉を閉める音だけが響いて来て、パックさんや最初に会った家族以外とは顔を合わせる事もなく…。
もしかして、パックさんの言っていた“人見知りが酷い”は、子供たちにかかるのでは無く、サテュロスにかかっているのかもしれない…。
そう思うほど、この町では、誰ともすれ違わなかった。
「マグ・メグ・メルには妖精連合に所属するありとあらゆる妖精属が集っては歌い踊り、花はいつでも咲き乱れ、城からは絶える事なく水が溢れ、木々は年中実をつける…そんな常春の都が、マグ・メグ・メルなのです!」
自慢げに胸を張るパックさんはスラスラとマグ・メグ・メルの親善大使にでもなったかのように都の事を教えてくれるが、一体いつ息継ぎをしているのか気になるぐらい喋り続けているので、こちらの方が気圧されてしまって。
仮にサテュロスが人見知りするような種族だったとしても、パックさんは明らかに人見知りでは無いよなぁ…と苦笑いを返す事しか出来なくなっていた。
「さて、もう間も無く妖精の輪へと着きますが、アキラ殿は妖精の輪を使うのは初めてですかな?」
「あ、はい。初めてですね。」
妖精の輪が何なのかはわからないけれど、見るのも使うのも初めてではあるから、嘘は言っていない。
パックさんはそんな自分を見ると、話せる内容が増えた!とでも言いたげに、ギラッとこちらに顔を向け。
「そうですか!でしたらまずは妖精の輪について説明させていただきましょう!妖精の輪と我々が呼んでいるモノは、人間どもが転送の魔法陣や旅の扉と呼ぶモノと同じような働きを持つ、長距離移動手段になります!」
「へぇ〜?」
「基本的に一方通行でしか無い転送の魔法陣や、対となる相手としか繋がらない旅の扉とは違い、我々の使う妖精の輪は、閉じられている妖精の輪以外でしたら、どの妖精の輪とも繋げる事が出来るのです!更に、許可無く立ち入ったモノがいた場合、妖精の輪とは繋げずに、ポイッと人間どもの町の近くに捨てる自衛機能まであるのですぞ!まあ昔からうっかり妖精の輪に踏み入ってしまった人間が、遠くに飛ばされてしまう、なんて事故もありますが…それは事故だけに、人間どもの自己責任ですな!ははは!」
パックさんは妖精の輪についての説明も、流れるようにしてくれたけれど、親父ギャグは余計というか…座布団持ってって〜!と言いたくなってしまうほどつまらなかった。
しかし、妖精の輪の説明のお陰で、なんとなくガヴスグリンさんが何故ここに来る事にしたのか、解ったような気がする…。
「妖精の輪を使って、マグ・メグ・メルに行くの?」
確認するようにガヴスグリンさんに聞けば、こくりとひとつ頷かれただけで。
なんとなく、ガヴスグリンさんがげっそりとしているように見えるのは、きっと見間違いではないだろう。
ガヴスグリンさんとはあまり長く一緒にいる訳でもないけれど、どちらかといえば静かな方が好きなタイプだと思うから、パックさんの相手で疲れてしまったのかもしれない。
よく説明が尽きないなぁと思いながらもパックさんに続いて、山を削って出来ただろう、隠し部屋のような所に入って行くと、そこの地面には玉虫色に光輝く紋様のようなモノが描かれており。
壁にはいくつか、それぞれ色が違う、淡く輝く宝珠のようなモノも嵌まっていた。
ここまで来てようやく口を閉じてくれたパックさんが、その宝珠を外したり嵌め直したりとを繰り返し、最後の宝珠を嵌め直した所で、地面の紋様は更に強く輝き出し。
「それではアキラ殿!どうぞマグ・メグ・メルまでの短い旅をお楽しみくださいませ!そして我らサテュロスの町にも、どうかまたのお越しを!」
帽子を取り、恭しく礼をするパックさんは、そうすると確かにこの町の町長なんだなぁと思う雰囲気が出て、先程までの、単なるお喋りなおじさんとのイメージは払拭されてしまった。
「妖精の輪の中に入れば、すぐにマグ・メグ・メルに着く。向こう側に着いたら、素早く妖精の輪から出るんだぞ?マグ・メグ・メルにはいくつか妖精の輪が有るとはいえ、いつも混んでいるからな…」
「わかった!」
先に行ったガヴスグリンさんは、紋様が一際強く輝いた後にはもう姿が無く、なるほど、こうやって移動するのか…と分かりやすく示してくれた。
「じゃあ、パックさん、ありがとうございました!」
一応お礼を言って頭を下げてから、自分も紋様の中に入れば、パァァッと紋様が輝いて。
まるで大きなシャボン玉の中に入っているかのように、キラキラと玉虫色の光に覆われた後、上からパチン!とまた下まで戻り。
ひとつ瞬きをした時には、もう、景色は変わっていた。
「マグ・メグ・メルへようこそニャァ!お客さん、妖精の輪は初めてニャ?」
長靴を履いた猫のような、二足歩行の猫はそう言うと自分に手を差し出して、まだ何処か夢見心地の自分を紋様から出るようにとエスコートしてくれた。
自分の後からも、続々と妖精の輪から出て来るヒトたちがいて、なんだかまるで、ファンタジーな遊園地に来たんじゃないかって気持ちさえ湧いてくる。
「すごい…!すごいスゴい!何これ…!!」
「そこまで喜んでくれると、ニャんだかこっちまで嬉しくなるニャア。」
きっと今自分の目は、前にガヴスグリンさんが言ったように、キラキラと輝いている事だろう。
トンボのような翅の生えた小さな女の子や、蝶々のような翅の生えた女の子も居れば、自分と同じくらいの背丈の耳が長く尖っているエルフっぽいヒトたちも居て。
どちらかと言えば背丈の低めな存在の方が多いけれど、金銀茶色のよくある色だけでなく、パステルピンクやパステルブルー、パステルグリーンだのと本当にカラフルな髪色に、ああ、やっぱりここはファンタジーな異世界なんだとドキドキと胸が高なった。
「アキラ!こっちだ!アキラ!」
「あ!ガヴスグリンさん!」
それなりに混んでいる中で、すぐに見つけてもらえたのは、きっと自分が頭ひとつ分は飛び出て背が高いからだろう。
一応地球にいた頃とは特に視点が変わっている感じはしないし、地球では平均身長ぐらいはあったから、特に背が高いという訳ではないと思いたいが…ああ、でもエルフっぽいお姉さんたちとは同じくらいの高さか。
ぶつかって転ばせてしまったりしないように、気をつけてガヴスグリンさんの方へ向かうと、彼がホッとため息を吐いたのが聞こえた。
「いいか?此処を出たら真っ直ぐ城に向かうが、もし逸れてしまった場合は、城の門の前にある橋の所で待ち合わせだ。」
「お城の門の前に橋があって、逸れたらそこで待ち合わせなんだね?お城は真っ直ぐ行けば着くんでしょ?」
「ああ。此処を出たら大通りで、大通りは真っ直ぐ城に続いているからな。ヒト通りは多いから逸れる事はあるかもしれんが、迷う事は無いだろう。」
都会の主要な駅のように、妖精の輪からはヒト波が途絶えることがないし、ガヴスグリンさんがわざわざ逸れた時の事を言ってくるくらいなんだから、きっと大通りも休日の竹下通りみたいに凄く混み合っているのだろう。
それでも、これから目の当たりにするであろう、妖精たちの都を思うと胸が高鳴るのが止められず…。
心配そうな表情を浮かべているガヴスグリンさんに続いて、自分は今、マグ・メグ・メルに踏み入ろうとしていた。
以上、『妖精の輪』でした!
妖精の輪から妖精たちの世界に行く、という話は、やや古典的かもしれませんが、長い距離を移動する場合、それぞれ特色がある方が面白そうだと思ったので、妖精属は妖精の輪を使う事にしました。
他には自力で飛んだり、空を飛ぶ生き物に騎乗したり、魔術的なワープを使用したり、媒体を経由したり、色々ありそうだなぁと思ってます。
ところで…旅の扉って、ドラクエ限定の言い方だったりしませんよね…?