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初めての町

いつの間にかガヴスグリンさんは干し肉を食べ終えていて、月も高々と空に昇っていた。


ジュエランは疲れを感じないらしいが、ほぼ一日中活動してからお腹いっぱいでぬくぬくした場所に居れば、疲れは感じなくとも眠気が襲ってくるものらしい。


はふ…っと欠伸がひとつ溢れてしまったのを、ガヴスグリンさんは目敏く見ていたようで、ぽいっと厚手のラグのようなものを投げ渡された。


「寝るならそれに包まるといい。動物も魔物もドワーフの火がある場所には近付かんし、そもそもジュエランのように魔力が豊富な存在を襲う愚かな獣はあまりおらん。その布はエルフが保温の加護と獣避けの加護を織り込んだ物だから、それに包まっていれば万が一、という事もないだろう。明日は山を登ってサテュロスの町に行くからな、よくよく休んでおけよ?」


「疲れは感じないのに?」


「疲れは感じなくとも、眠気があるのなら、それは魔力や生命力を消費してる証拠だ。消費した魔力や生命力を回復させるには、よく食べてよく寝るのが一番効果的だぞ?」


なるほど…この世界ではゲームなんかで宿屋に泊まるとHPやMPが回復するのと同じ事が実際に起きるのか。


地球でも家で休めば疲れが取れるし、それと同じだと思えば宿屋で回復する事に違和感はない。


ゲームみたいに、一泊したら完全回復って訳ではないだろうし。


「は〜い。じゃあ、ガヴスグリンさん、おやすみ!」


「ああ、おやすみ、アキラ。」


目を閉じれば、元々寝るのはそんなに早くない筈なのに、寝心地の悪さに邪魔される事なくすぐに眠気が意識を攫っていって…。




次に気が付いたのは、ちゅんちゅんと小鳥が鳴いている声に起こされてからだった。


「んっ、ん〜…!」


伸びをすれば、所々コキコキと音が聞こえたけれど、昨日は痛んでいた肩にはもう違和感はなく、両手の擦り傷のような火傷のような傷も、心なしか淡くなっている気がした。


ガヴスグリンさんはまだがぁごぉとイビキをかきながら眠っていて、空は明るんできているけれど、太陽はまだ昇っておらず。


こんなに早く起きてもやる事がないなぁ…なんて思いながら、ガヴスグリンさんが寝ている場所からでも見えるだろう距離を保つようにして、少しだけ探索してみる事にした。


ちろっと拓けた場所から森の中に入ってみてもあまり面白いモノはなく、かといってあまり此処から離れてしまうのも良くはないだろうからと、大人しく眠っていた場所へと戻る。


面白いモノならガヴスグリンさんが使っていた道具があるが、他人のモノを勝手に借りるのは良くないからなぁ…。


この世界で目覚めてからすぐに今着ている服一式を拝借しているけれど、それは裸だったからだし、結果的には自分の物だったんだから、自分の中ではノーカンだった事にしている。


結果良ければ全て良し、とはちょっと違うけど、似たようなものだろう。


時間を潰せるような物は持っていないし、視界に入れていると気になってうずうずしてくるから、地面に寝転んで雲でも眺めて時間を潰す事にする。


鳥が飛んでるなぁ…あ、あの雲ソフトクリームみたいだ…なんてぼんやり空を眺めていれば、鳥よりもずっと大きなモノが飛んで行くのが見えて。


小さな飛行機ぐらいの大きさはありそうなソレは、瞬く間に上空を通過して居なくなってしまったけれど、もしかしてドラゴンだったりするんだろうか!?


うわぁ…ドラゴンだったらもう少しじっくり見たかったのに…!


そうは思っても飛び去ってしまったその影が戻ってくる様子はなかった。


「んがッ……あ゛〜…ぉう、アキラ…随分と早ぇじゃねぇか…」


そうしてドラゴンがまた戻って来るんじゃないかとワクワクしながら空を眺めているうちに、ガヴスグリンさんが起きてきて、コポコポと小鍋に水を入れ始め。


「おはよう、ガヴスグリンさん!何か手伝える事ある?」


「んぁ〜…?そうだな…ブレでも焼いてくれねぇか…?」


「ブレ…昨日トロッとしたのを乗せてた奴だよね?」


「ああ…上に乗ってたのはフォマージョだな…朝はクリンかハネイを乗せるから、とりあえずはブレだけでいいぞ?」


二日酔いの人みたいに、ゾンビめいた動作でカフィーを準備しているガヴスグリンさんの隣で、許可も出たからとパンとナイフを取り出して、昨日ガヴスグリンさんがやっていたようにトーストの準備をする。


ナイフはパンの固い皮の部分も物ともせずにスッと通って、これはもしやトマトも新聞が向こう側に透けて読めるくらい薄く切れる包丁ならぬ、ナイフなのか…やべぇ、ドワーフ技術やべぇ…!とパンを切り。


トングのような物でパンを挟んで軽く両面を炙ると、パンの焼ける香ばしい匂いが漂ってきて…。


「よし!こんな感じでいい?」


「ああ、よく焼けてるじゃねぇか。」


カフィーを飲んで、頭もちゃんと回るようになったのか、ガヴスグリンさんはそう言うと小さな壺をふたつ取り出して、それらを開けて自分に中身が見えるように傾けてくれた。


「こっちの白いのはクリン、そっちの黄金色のがハネイだ。ブレを半分に割って、片方ずつ塗って試してみるといい。」


クリンはケーキなんかに使う液体のクリームというよりは、バターに近い見た目のモノで、多分スコーンと食べるクロテッドクリームとかに近いんじゃないかと思われるモノだった。


牛乳っぽい自然の甘みがあって、トーストととても相性が良く、某お菓子みたいにやめられないとまらないと言いたくなる美味しさがあった。


ハネイの方はよく知る蜂蜜そのものだったけど、でも日本で食べていた蜂蜜よりも甘さが濃厚な気がして、これがまたなかなか離れがたい。


危なくハネイが手に付いて、ベタベタになりそうになりながらもトーストを食べ終えれば、ガヴスグリンさんからカフィーを渡されて。


「わしは苦いのが好きだから飲んだ事はないが、クリンをカフィーに入れて飲む飲み方もある。試してみるか?」


「どれくらい入れればいいの?」


「ひと匙かふた匙くらいだったと思うぞ?」


薦められるままにクリンをカフィーに入れてみれば、牛乳やクリームを入れたのとはまた違った味わいがあって、砂糖を入れなくてもほんのりと甘く。


「自分はこっちの方が好きだなぁ。苦さをそこまで感じないし、ほんのり甘いし。」


「そうか。なら今度からアキラのカフィーにはクリンを添えておこう。」


少しずつ冷ましながらゆっくりとカフィーを飲んでいる内に、ガヴスグリンさんはテキパキと出してあった物をしまい、薪の量から考えれば不思議なほど長く燃え盛っていた火を消していた。


カフィーを飲み終わる頃には、自分が持っていたマグを濯いで片せば良いだけの状態になっていて。


「サテュロスの町は山の中ほどよりやや上にある。距離は昨日ほどでは無いが、山歩きは慣れんと時間がかかるからな、そろそろ発つぞ。」


火が消えた薪に土を被せ、よっと声を上げて背負子を背負ったガヴスグリンさんはそう言うと、山の方へに向けて、道らしいモノを辿って歩き出した。


拓けた場所から入って行けば、森の中は日が昇っていても薄暗く、歩く場所をきちんと確認して歩いていないと足を取られそうなのに、ガヴスグリンさんは何ともない様子ですいすいと進んで行く。


校外学習ぐらいでしか森歩きの経験が無い自分でも、しばらく歩いていればなんとなく何処らへんが足の踏み場として安全なのかわかってきたので、もしかしたら妖精属や精霊属は自然関係には強いのかも知れない…。


徐々に登り坂に変わっていく道のようなモノを辿っていくと、途中で小さな滝やら小川やらも見かけるようになって、景色を楽しむ余裕さえ出てきた。


しかし、そんな余裕も、目の前にある道の先が登り坂から、階段のように見える岩場に変わっていく頃には、すっかり無くなってしまった。


自分よりも背丈の低いガヴスグリンさんは、よっほっと軽く声をあげながら軽々と登っていく、結構な高さのある段は、肉体的には疲れを感じない筈なのに、精神的な部分から酷く疲れを誘うもので。


山は山でも岩山じゃん…!と森の中よりは多少道に見える、森の向こうの道からは岩壁に隠れて見えないだろうと思われる段を登り始めてどれだけになるのか…。


じりじりと照りつける太陽に汗が滲んでくるが、汗でさえもが髪を伝って落ちていく途中で、硬化したのか結晶化したのか、キラキラと輝く石に変わってしまったのを見てからは、極力滴る前に拭うようにしているから、余計に運動量が増え。


流石にそろそろヤバいかも…?と、心なしかクラクラしてきた所でようやく、


「見えたぞ!あれがサテュロスの町だ!」


石で出来たアーチが見え、その向こうにシャツやワンピースの下に山羊のような下半身が覗く小さな子供たちが遊んでいるのが見えて。


「着いたぁ…!」


「がはははは!」


アーチを潜ってすぐ、倒れ込むようにして地面に座り込めば、そんな自分を見て、ガヴスグリンさんが笑い声をあげた。


ジュエランは疲れとか感じないって言うけど、それは絶対身体だけの事だと思う…仮にこれが地球での経験に基づく錯覚だとしても、今自分はこんなに疲れて(・・・)いるんだから。


そんな自分たちに気付いたのか、近くの家からガヴスグリンさんと同じくらいの大きさの、子供たちの母親だろうくらいの年頃の女性が、木で出来たマグを両手で持ってこちらに向かって来た。


「ようこそ、サテュロスの町へ。お疲れでしょう?ささ、山で採れたベリの蜜煮をサウダで割ったものをどうぞ!酸っぱくてスッキリと疲れが引きますよ?」


「おお、すまんな!わしはガヴスグリン、ドワーフのガヴスグリンだが、パックは居るか?」


「町長ですか?町長でしたら今日は家にいると思いますよ?」


サテュロスの奥さんとガヴスグリンさんが話している間に、サウダと呼ばれた飲み物をチロッと味見すれば、ちょっと酸っぱめの炭酸ジュースだったらしく、程よく冷えたソレが火照った体に染み渡って、奥さんの言う通り、疲れに効きそうだった。


「そうか…アキラ、わしは少しパックに話があるから行って来るが、お前さんはどうする?ここで待つか?」


「えっと…」


正直言うと、ここから一歩も動きたくないんだけど、かといってここに残ったら周りの迷惑になるんじゃあ…?


そんな自分の気持ちが、もしかしたら顔に書いてあったのかも知れない。


「お若い方、もし良ければちょっとウチで休んで行きなさいな。顔色も少し悪そうだもの、山登りには慣れてないんでしょう?」


「それは…そうですが…」


「それにね、ウチの子たちがあなたに興味津々みたいだから、そのままちょっとお話に付き合ってもらえないかしら?」


そう言ってお前さんが指差したのは、さっき見えた3人の子供たちで…。


こっちを伺う彼らの目は、初めて外国人を見た日本の子供のように、キラキラと興味に輝いていて。


子供たちにそんな目を向けられて、奥さんにもお願いされたんじゃ、甘えてしまっても仕方ない。


「ガヴスグリンさん、今ちょっと動けないから、お姉さんが良ければここで待たせてもらうけど、それでもいい?」


「あらやだ!お姉さんだなんて…!サウダのお代わりぐらいしか出せないわよ?」


「ああ、わしは構わんぞ?じゃあ、ちょっくら行って来るから、良い子で待ってるんだぞ?」


「は〜い、いってらっしゃ〜い!あ、お姉さん、お代わりもらってもいいの?サウダ美味しいからもうちょっと貰えたらなぁって思ってたんだぁ!」


「もう!そんなに煽てられても…!ベリで作ったお菓子もあるけど、食べるかしら?」


「いいんですか?えへへ、ありがとうございます〜!」


ガヴスグリンさんから、大丈夫なんだろうな?アイツ…的な視線を向けられたけれど、この程度のリップサービスは嗜みだし、別に嘘は吐いてないから問題ないよね?


こうして、自分は異世界での第二の町、サテュロスの町に訪れたのだった。

以上、『初めての町』でした!


今回出てきたクリンは、カイマクという乳製品をイメージしてます。食べた事はありませんけど。

そしてサテュロスの町へ…!

一体サテュロスの町では何が起きるのか…!待て、次回、です!

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