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ジュエラン

サセジと言うらしい乾燥させたソーセージのようなもの、キャロと言う人参のようなもの、スパドスと言うジャガイモのようなもの、オニョーと言う玉ねぎのようなものを次々と細かく切って小鍋に投入していくガヴスグリンさんの手際は淀みないものだった。


きっとこうして外で料理をする事に慣れているんだろう。


瓶の中からまあるい何かをひとつ取り出して、小鍋に落とせば段々といい匂いが広がってきた…どうやら丸いものは、コンソメキューブのようなものだったらしい。


やっぱり水が沸騰するのが早すぎる気がするが、ドワーフの火は特別だと言っていたし、プラチナで出来ているらしい自分の髪も簡単に熔かしていたから、普通の火よりも温度が高かったり、熱伝導率が良かったりするのかも知れない。


カフィーを作った時と同じく、あっという間に出来上がったスープをちょっと厚みのある皿によそったかと思えば、今度は大きなパンを1センチくらいの厚さにスライスして両面を火で軽く炙り、そこに同じように火で炙って溶かしたチーズを乗せた。


「ほれ、アキラも食べるだろう?」


「うん、食べる!あ、食べます!」


「がはははは…!喋りやすい喋り方でいいぞ?ドワーフは鍛治の師匠だろうと、お偉いさんだろうと、気にせずテメェの好きなように喋るからな。だからアキラも気にせず好きに喋れ。その方がわしも嬉しい。」


「…わかった、これからは普通に喋るね?」


渡されたチーズ乗せトーストは、外はカリッと、中はもっちりとしていて、うみょーんとよく伸びるチーズの濃厚な味わいが、シンプルなパンの味と絶妙なハーモニーを奏で、素朴なのにすごく美味しくて、意識する間もなく言葉が漏れる。


「おいひぃ…!」


はぐっと口いっぱいに頬張って、じっくりと味わうように噛んでいると、ジブリ映画の登場人物になってしまったかのような気さえしてくる。


日本にだって美味しいものはたくさんあった筈なのに、ただ焼いたパンに溶かしたチーズを乗せただけのものがこんなに美味しいだなんて…!


自分の中の美食の定義ががらがらと音を立てて崩壊していくような気さえした。


「くくく…喉に詰まらせるんじゃねぇぞ?」


そこに更に渡される、コンソメっぽいスープ。


一口分をスプーンで掬ってから、すすっと口に運べば、口の中がじんわりとスープの味で上書きされていって。


最初は一瞬塩っぱいと感じたけれど、その後口に広がった風味から、塩っぱいのではなく、出汁が濃いのだとすぐにわかった。


じっくりコトコト、どれだけ煮込めばこんなに濃くて美味しい味になるのだろう?


それなのに、飲み込めばあっさりとした後味しか残らず、くどいだなんて感じる事なくスプーンが誘われる。


スープの具は、スパイスの効いたサセジが口の中でとろけて消えてしまうし、キャロからは人参のグラッセのように甘みを強く感じるし、スパドスはほろっと崩れスープの味を柔らかく変えるし、オニョーはとろとろとシャキシャキとに何故か分かれているし…!


これは、ヤバい……日本に帰った時に、日本の料理をイギリス料理のように感じさせてしまう、魔の料理に違いない…!!


そう思っているのに、スプーンを動かすのをやめられない。


「はふっ…あぐっ…んっ、ん〜っ?…ん!…ずずず…」


美味しすぎて身悶えしそうなのに、身悶えしたら膝に乗せている皿を落としてしまいそうで、湧き上がる衝動を抑えようと更に一口口に運ぶけれど、その美味しさが逆に衝動を悪化させてしまう…という悪循環に陥りながら、なんとか食事を終えた頃には、もう今すぐにでも悟りを開けそうな気持ちにすらなっていた。


「ご馳走さまでした…!」


「ぁん?もう良いのか?」


量としてはあまり無かったのに、質の面ですこぶる満足したからか、満腹中枢もご機嫌なようで、腹八分目くらい、ちょうどよくお腹いっぱいになったように感じる。


ガヴスグリンさんはそんな自分を見て、足りないんじゃないかと思ってくれたようだけど、これ以上食べたら逆に今夜食べ過ぎで眠れなくなりそうだ。


「すごく美味しかったから、これくらいでも大丈夫みたい。」


スープを平らげ、トーストも食べ終わったガヴスグリンさんはそれでは足りないらしく、今度は干し肉のようなものを火で炙り始め、水の入っている水筒とは別の、映画なんかでお酒の入っているような奴を取り出すと、それをぐいっと煽りながら干し肉にかぶりつき。


「まぁ、ジュエランは疲れも空腹も感じねぇらしいからなぁ…アキラがそれで足りるってんなら、足りるんだろうよ。」


「え?疲れも空腹も感じないの?でもご飯とか食べれるんだよね??ってか、食べちゃったし…」


新しく知らされた情報に、少し不安を感じたけれど、昨夜も果物を食べたけど特に不調は感じないし…と思考を巡らせれば、またぐいっとお酒だろうものを煽ってから、ガヴスグリンさんはこっちに向き直った。


「あ〜…ジュエランは精霊属だから食事は食わなくても生きていけるが、わしらにとっての煙草やカフィーのように嗜好品扱いだった筈だ。」


「精霊属…?」


「世界には様々な種族がいるが、それを大まかに分けたものがいくつかあって、属はその区分のひとつだ。わしらドワーフは妖精属で、有名所ではエルフなんぞも妖精属だが、精霊属とは近しい存在だと言われている。このふたつを大雑把に分けりゃ、物を食わなきゃ生きられねぇのが妖精属、物を食わなくても生きられるのが精霊属だな。」


嗜好品って事は、生きるのに食べる必要は無いけれど、食べたいなら食べても問題ないって事か…。


どれくらいこの世界にいる事になるかはわからないけれど、うっかり食べない事に慣れてしまったら、帰った後もご飯を食べるのを忘れてしまったりしそうだなぁ。


疲れを感じないのも、気を付けないと帰った時に面倒になりそうだし、ここはあえて意識して地球にいた時と同じように生活した方が良さそうだ。


「へぇ〜!でも、物を食べないならどうやって生きてるの?」


動物は物を食べて活動エネルギーを得ているし、植物だって土から栄養を吸収したり、光合成をしたりして必要な栄養素を得ているんだから、外からまったく何も取り込んでない、なんて事はないだろうし…。


食事をする必要は無くても、きっと何処かからエネルギーは補給している筈だよね?


「それは誰もわかっておらん。だが、自然に存在する魔力を取り込んで、生きる為の活力にしているんだろうと言われている。そして精霊属の中には、妖精属などと同じように肉体を持ち、魔力を自ら生み出す事が出来るものもいる…ジュエランもそのひとつだ。」


なるほど…つまり、水中の目に見えないプランクトンを食べる生き物みたいに、呼吸か何かで魔力を取り込んで自分の糧にしているのか。


そうなると、魔力が限りなく存在しないような場所があった場合、そこは自分にとっての鬼門になりそうだな…。


いくら自分で魔力を生み出せるらしいとはいえ、身を守る為には、余計な危険に近寄らない方がいい…魔力がない場所があるとするなら、そこもそのひとつになるだろう。


「ジュエランは竜種と同じく心臓が魔力炉心となっているが、竜種と違ってその心臓は死後も宝石として残り、生前ほどではないものの魔力の生成能力も保持される。その自ら魔力を生み出す赤い宝石を、人間どもは賢者の石と呼ぶ。これも、ジュエランが人間どもに狙われる理由のひとつだな…」


苦々しく表情を歪めるガヴスグリンさんは、どうやら人間にはあまり良い印象は持っていないようだった。


けれど、だからこそ、どうしてあんなにも過剰なまでに他の人たちから距離を取ろうとしていたのかも理解出来た。


あのまま何も知らずに人間の町に行って、予定通り髪を売ってお金に替えようとなんてしていたら、きっとすぐにジュエランだと気付かれてしまっただろう。


知られたが最後、自分は人間たちに狩られ、捕らえられ、殺されていたに違いない。


知らなかったとはいえ、ガヴスグリンさんが言う通り、自分には危機感が足りてなかった…此処は日本じゃない、異世界だから気を付けなきゃいけないと思いながらも、どこか楽観視していたんだ…。


このヒトと引き合わせてくれた事は、本当女神さまに感謝しないといけないな…。


そして願わくば、若本女史にも、自分にとってのガヴスグリンさんのような、頼りになる存在が側に居てほしい。


少なくとも、彼女だけはこの世界で不幸に殺される事があってはいけない人だと思うから…。


「人間は、髪や目だけでなく、自分たちの心臓も狙ってるのか…でも、魔力を生み出す宝石なんて手に入れて、何に使うんだろう…?」


「宝飾品や武具の材料にするらしい。人間どもはかつて、ジュエランの中でも高位の、いわゆる王家や貴族にあたる家柄の者を次々と捕らえては殺し、戦争で使う為の強力な武具へと加工したそうだ。お前さんの髪のような、高い魔力濃度を持つプラチナも、武具には引く手数多でな?アルジェンを使うミスリルの方が加工は容易いが、プラチナを使ったハイミスリルは、加工の難易度や費用を度外視してでも手に入れたい、最高級の材料だ。ハイミスリルより上質なものは、わしでもオリハルコンやヒヒイロカネ、ダマスクス、アポイタカラぐらいしか思いつかん。」


ぽつりと漏らしてしまった言葉は、拾ってくれなくても良かったのに、ガヴスグリンさんは拾い上げて丁寧に自分の疑問に答えてくれた。


戦争で使う為の武具を作るのに、一体どれだけのジュエランが殺されてしまったんだろう…。


宝石を得る為に狩られ、武具の材料にする為に狩られ…地球でもそうして滅亡したり、滅亡の危機にある動物がいる事は知ってたけど、言葉が通じるだろう、良く似た見た目の存在を、どうしてそんな簡単に殺す事が出来たのか…。


ああ、でも、地球でだって、人間による人間の虐殺はあったから、案外、人間は何処の世界でもあまり変わりないのかも知れない…。


「教皇だとか呼ばれる人間が持つ聖杖だとか言う杖も、ジュエランから作られたと伝わっている。ヒヒイロカネの髪にアダマスの目を持ったジュエランの兄弟が人間に捕らえられ、下の子は仲間の助けが間に合い両眼を抉られただけで人間どもの手から逃れられたが、上の子は兄弟が逃げる時間を稼ごうと残った為に人間どもに殺され聖杖の材料にされた。兄弟を死なせてしまった悲しみに、聖杖に飾られた二対の目の片割れは、今も時折涙を零している…という話だ。」


教皇と言うからには、女神ツェルキエスタを信仰する宗教の指導者だったりするのだろうか?


そんな命を奪って作ったモノを聖杖だなんて言ったら、あの女神は悲しみのあまり涙してしまうだろうに…。


「まぁ、そこまで酷い人間どもの国は、聖王国や教国ぐらいだがな。」


「聖王国…」


「暦が無へと還りし年、王家の血を引く金髪紫眼の男児が聖剣にて世界を喰らう邪神を亡ぼすだろう…ってぇ予言を貰い、それなら世界を統べるのは聖王国であるべきだ!と妄言を吐いて、戦争ばっかりしている国だ。教国はその予言を与えた国で、教皇だとか呼ばれる人間がいる所だな。一応偉大なる母神を信仰しているらしいが、その割には人間至上主義ってヤツでな…あんまり関わり合いになりたくねぇ国だ。」


人間至上主義、と言うからには、きっと他の種族の事は見下してるんだろうな…。


地球でもそこまで前じゃない昔に、白人至上主義みたいなのがあって、アジアやアフリカなんかは植民地だったり、アフリカの人たちは奴隷として連れて行かれたりってあったみたいだから、それがもっと複雑になったのが人間至上主義なのかも知れない。


このふたつの国は、要注意だな…地図か何かを手に入れて、何処が危険なのかきちんと理解しないとダメだ。


こうして自分の面倒を見てくれているガヴスグリンさんに何処まで迷惑をかけて良いのかもわからないし、出来るだけ早く独り立ち出来るようにならないと…。


「孵ったばっかのお前さんにゃまだ難しい話だろうが、そこはゆっくり覚えて行けばいい。少なくとも、妖精属の大半にゃジュエランを保護する協定があるし、魔王領でも生きたまま献上すれば殺して売るよりも多くの褒賞が出る…なんでも、魔王自身がジュエランの保護に乗り気らしい。」


「魔王が?」


「今の魔王が生まれたのはジュエラン大虐殺の後らしいからな。ジュエランを見た事がなく、それでいて美しいモノが大好きな魔王が、ジュエランを見てみたいと多額の褒賞を出しているそうだ。献上されたが最後、後宮から出してもらえんかもしれんが、少なくとも命の危険だけはないだろう。」


命だけは…って、貞操については危険があるかも知れないって事か!?


それはそれで嫌だなぁ…魔王領も行きたくない場所に挙げておこう…。


今まで恋とかした事ないし、誰かと肉体的に繋がりたいと思った事も無いから、好きでもない相手に貞操を奪われるなんて思うと、吐き気が止まらなくなりそうだ。


「まあ、お前さんさえ良ければ、しばらくはわしが保護者をする予定だがな。」


「ガヴスグリンさん、これからしばらくよろしくお願いします!」


ついバッと立ち上がって、体育会系みたいなお辞儀をしてしまえば、またガハハ!と笑われて。


こうして、自分は正式に、ガヴスグリンさんの被保護者となったのだった。

以上、第6話『ジュエラン』でした!


今回はジュエランについての情報と、国をいくつか紹介しました。

この世界では、いわゆる伝説の武器の多くが、ジュエランから作られています。

もちろん、普通に鉱山などからでも金属は取れるのですが、この金属に魔力を籠めるという作業が人間には難しく、結果、既に魔力に満ちているジュエランを使う方法を編み出してしまいました。

もちろん、女神はそんな事許していませんが、教国では自分たちに都合のいいように女神の言葉を解釈しているので…。

あと、ヒヒイロカネとアポイタカラ同じモノだという説もありますが、この世界では別の金属です。

とりあえず、今回は以上になります。

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