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カフィーとコーヒー

日が傾き、逆側に一番星が輝き始めるまで歩き続けてようやく、異世界に来て初めての町へと着いた。


これだけ歩き続ければ脚も痛むだろうし、疲れだって溜まっているだろうに、不思議な事に崖を降りる時に痛めた手と肩以外に痛む場所はなく、疲れだって特に感じる事も無く…。


おかしいなぁとは思うけれど、その事に思考を取られる訳にもいかないから、とりあえずは女神のお陰だという事にしておいて、ガヴスグリンさんについていく。


「すまんが、今日はこのまま此処を発つぞ。キャラバンは此処で解散だからこれ以上付き合う必要もない。…気にしすぎかも知れんが、なるべく早く奴らから離れたいんでな。」


「…後で理由を説明してくれますよね?」


「ああ、髪の話と一緒に説明してやるさ。」


町の入り口で板のような物を渡すと、ガヴスグリンさんは町の中に入る事も無く、そのまま更に日の沈む方…切り立った山がある方へと歩き始めた。


異世界に来て初めての町だったのに、どんな町かも知る事無く後にしなければいけないのは少し後ろ髪引かれるけど、気を張っている様子のガヴスグリンさんを見れば、きっとかなりの理由がその裏にあるのだろう事が察せて。


会話もなく更に歩き続けて、馬車の轍が残っている道を外れ、道のように見えなくもない獣道らしき物を辿って、ただでさえ暗くなっていっているのに、更に暗い森の中へと入っていく…月が昇り始めた頃、少し拓けた場所に着いて、そこでようやくガヴスグリンさんは足を止めた。


「此処まで来れば、とりあえずは大丈夫か…。」


ガヴスグリンさんは此処まで歩いてくる途中でひょいひょいと拾っていた木の枝を地面に落とすと、背負子を降ろして、少し離れた所に、落とした木の枝を纏め始めた。


「面白いもんを見せてやろう!ドワーフの中でも、コレが出来るヤツはあまり居ない。コレが出来る事が、わしのように故郷を離れる為の条件のひとつでな…!それ、よぉく見ておけよ?」


そう言うと、ガヴスグリンさんは髭の中に太く短い指を入れて、なにやらゴソゴソと探しているような仕草を見せた後…髭から、端がほんのり赤く輝く紐のようなものを取り出して。


その赤い部分を枝に寄せて、数秒待つと枝も赤く点り、そこにフッと息を吹きかけると、


ボッ!


「火が点いた!?」


思わず身を乗り出すと、ガヴスグリンさんはがはは!と笑い始め、枝と紐とを繰り返し確認する自分を見て嬉しそうにしていた。


「ドワーフの炎は特別製、鍛治の神から賜った火だ。持ち歩く為にはテメェの髭を少し編み込んだ火縄に火を移せなきゃなんねぇし、火縄の火を消さずに髭の中に保存出来なきゃなんねぇし、火縄から火を起こせなきゃなんねぇ。その3つが出来てはじめて、ドワーフは故郷を離れて鍛治をする事が許される旅鍛治になれる。」


「旅鍛治…?」


「旅鍛治ってなぁ、まぁ、客に呼ばれて故郷を離れ、客先で鍛治をするのが許された、ドワーフの中でも凄腕の事だと思えばいい。炎移せて一人前、保存出来たら弟子が持て、炎起こせりゃ旅鍛治よってのが子守唄にもあるくらい、ドワーフにとっては名誉な仕事でな?わしはその旅鍛治をしている。」


火が点いた枝を他の枝の中に突っ込み、ガヴスグリンさんはまるで炎と戯れているかのように、焚火を作っていく。


パチパチと良い音を響かせながら育っていく焚火を見て、背負子から小さな鍋を取り出すと、ガヴスグリンさんはそこに水筒のような物から水を注ぎ、鍋の下からぱちんぱちんと脚のようなものを三本立たせて、火にかけた。


「とりあえず、メシや話の前にカフィーでいいか?それともテーの方が好きか?」


「えっと…よくわからないので、ガヴスグリンさんの好きな方でいいです。」


「じゃあカフィーだな。」


ぶくぶくと早くも沸騰し始めた鍋の中に、塩や胡椒を入れるような容れ物からパッパッと黒い粉を投入して、ぐるぐるとスプーンでかき混ぜればあたりにコーヒーの薫りが漂いはじめ。


そうか、カフィーはコーヒーの事なんだな…それならテーは紅茶の事だろうか?


ガヴスグリンさんはあっという間に出来上がったコーヒー、カフィーを大小のマグに注ぐと、小さな方のマグを自分に渡してくれた。


「熱いから気をつけろよ?」


熱々の、先程まで沸騰していたカフィーを、水を飲むのと変わらない様子で飲み始めるガヴスグリンさんとは違って、自分は息を吹きかけ、少し冷ましても熱くて中々飲めそうにない。


それでもちびちびと飲んでみれば、やっぱりよく知るコーヒーの味だった。


ブラックはあまり好きじゃないけど、飲めなくはないしと飲んでいく中、ガヴスグリンさんからの視線がなんとなく気になった。


「何ですか?」


意を決して聞いてみれば、彼はこちらをジッと見ていて。


「なんだ、苦いのは平気だったか…」


つまらなそうに呟かれた言葉に、このオッサン、アレか!初めてコーヒーを飲んだ子がやる、ペッペッ苦いよ〜涙的なリアクションを期待してたのか!?とちょっとだけイラッとしたけど、ムスッとした表情を向けるだけに留めておいた。


「おほん!あ〜…じゃあ、喉も潤ったし、髪や街に残らなかった理由の話をするか。」


それで罪悪感でも感じたのか、早速本題に入ろうとしたので、姿勢を正してコーヒーの入ったマグも置く。


「わしは鍛治に関する事以外は、あまり説明が上手くない。だから見て理解すると良い。」


そう言うと、ガヴスグリンさんはナイフを取り出し、その持ち手をこちらに向けた。


「まずはコレで髪を切ってくれないか?」


髪が長いのには憧れていたし、このスーパーロングヘアーも嫌いではないけれど、どうせお金に換えるつもりだったし、ツェルキエスタズでの生活に慣れるまでは短い方が楽そうだな…。


そんな事を思いつつ、髪を軽くまとめ左手に一周させた後、首の付け根の辺りでばっさりとナイフを滑らせたら、向かいからブフゥッと液体を吹き出す音がして。


「そんなざっくり全部切るヤツがあるかぁ!!?摘めるくらいの量で良かったんだぞ!!?」


「そんな事言われなかったし、邪魔だからいっかな?って思って?」


「アホかぁぁぁッ!!…まぁ、切っちまったもんはしゃあねぇか…」


どうやら全部は要らなかったようだけど、自分は後悔してないし、髪なんてその内伸びるし、いっかと髪の束を全部ガヴスグリンさんに押し付ける。


うん、これだけ綺麗な銀髪なら、さぞかし高く売れる事だろう!


やや自画自賛的な事を考えながら、ガヴスグリンさんが摘めるくらいの量を毛束から引き抜いて、くるくると指先に巻いていくのを見ていたが、一体これから何をするつもりなのだろうか?


「いいか?よぉく見とけよ?」


そう言うと、ガヴスグリンさんは巻いた髪を火の淵に投げ入れ


「え…?」


炎に炙られた髪は、燃える事無くどろりと溶けて、液体のようになってしまったのだが、これは一体どういう事なんだろう…。


今目の前で起こった事が、なかなか信じられずにいると、ガヴスグリンさんはいつの間にか取り出していたらしい謎の器具でその液体を掬い取って、トンカチでソレを叩き始めた。


ガヴスグリンさんがトンカチを振るう度、液体は形を変えて細く長く、それでも元の髪よりは太く短く伸ばされていく。


「うむ…鍛治場でない場所ならこんなもんか。」


その伸ばされた髪だったモノを、今度はペンチのようなもので摘み、捻ったり潜らせたり、淀みなく手先を動かし続けたかと思えば、片手でモノを摘み続けたまま、もう片手で今は空になっているコーヒーを作った小鍋に水筒から水を入れ…そこに、摘んでいたモノを沈めた。


ジュゥウッと入れた瞬間、煙だか水蒸気だかをあがったが、気にする事なくソレは引き上げられ。


「ふぅむ…ただの水で焼き入れをしてもこの魔力濃度とはな…ほれ、出来たぞ。」


そうして渡されたのは、髪と同じ色のブレスレットだった。


「えっ…と?」


よくわからぬままに受け取りはしたけれど、こちらがまだ困惑している事がわかったのか、ガヴスグリンさんは使っていた道具と髪の残りを背負子の中にしまうと、ひとつ息を吐いて、こちらを向いた。


「結論から言うと、お前さんの髪は、高い魔力濃度のプラチナで出来ている。…と、言った所で、よくはわからんだろう。まずはお前さんの種族について、からだな。」


「ガヴスグリンさん、自分の種族が何だかわかるんですか?」


てっきり人間なのだとばかり思っていたが、髪がこうして目の前で熔けて、プラチナなのだと言われれば、人間ではない事は理解せざるを得なくて。


それなら自分は一体どんな種族なのか気になって当然なのだが、どうやらガヴスグリンさんは思い当たるフシがあるらしく…このドワーフについてきたのは正解だったんだろうな…。


またひとつ、女神に感謝すべき事柄が出来たなぁなんて思いながら、苦いような表情をしているガヴスグリンさんの言葉を待つ。


「わかるとも。お前さんの種族は、宝石の民、生きる宝飾品などとも呼ばれるジュエランに違いない。」


「ジュエラン…」


宝石や宝飾品などと言うからには、ジュエランはおそらくジュエリーと同じような由来を持つのかな?


地球の言葉、特に英語と微妙に似ているけど微妙に違う言葉が今のところ多いけれど、何か理由があっての事なんだろうか…。


それでも、言葉からなんとなくどんなものか察する事が出来るのは助かるから、そこは有難いよね。


「純血のジュエランは貴金属の髪に宝石の眼を持ち、流す涙や血でさえもが大地に落ちる前に宝石に変わる。そのせいで強欲な人間どもに狙われ続け、もはや数えられる程しか残っていないそうだ。だからこそ、お前さんがジュエランだと知られる前に、人間の街を離れる必要があった。ああも危機感なくふらふらとしていた所を見るに、親御さんの迎えは無かったんだな?」


「迎え?」


「ジュエランはゆりかごと呼ばれる部屋の中で、生まれてから長らく魔力を溜め、魔力が満ちた亜成体となってから目醒める。ジュエランはこの目醒めの事を、孵ると表現するらしいが、親であればおおよその孵る時間が解るらしく、孵った子を迎え、ゆりかごを発つ前に世のことわりを教えるのが、親の務めなんだそうだ。」


なるほど…自分があんな所にいた理由も、何故ほぼ大人の姿で目が覚めたのかも、ジュエランという種族の特徴を知ると、スッキリと理解出来る。


しかし、本来なら迎えに来るという親の姿がなかったの何故だ…?と考える前に、既に答えを教えてくれていた事に、気が付いてしまった。


親と言われたら、地球での両親の事を最初に思い出すけど、こっちでも当然親がいるだろうとは思っていたのに…。


「自分の親は…もう、亡くなってるんですね…?」


会った事もないヒトたちなのに、もう居ないのだと思うと、どうしてこんなに胸が苦しいのだろう…。


ぎゅっと握りしめたマグは温かく、その中の黒く淀んだ苦い液体が、まるでこの胸の内を見せてくれているかのようだった。


「だろうな…だが、お前さんの名前については、腕輪を見ればわかる。ジュエランは定まった性別を持たないが、子が生まれるまでに髪で服に刺繍を施す親と、髪で子の名を刻む腕輪を作る親がいて、一応定義上は前者が母、後者が父になるそうだ。母親は父親の目の色と同色の布に自らの髪で刺繍を施し、子の身を最初に包む装束を仕立て、父親は万が一迎えに行けずとも子が親の愛を受け取れるように、自らの髪から腕輪を作り、子の名前を刻んで、子を思う親の涙の宝石でその腕輪を飾る…つまり、腕輪を見れば、お前さんの名前がわかるって事だ。」


つまり、この服も、腕輪も、真実自分の為に準備されていたのか…。


白地に赤金っぽい刺繍の服と、ほんのり青みがかった透明な石が輝く銀色のバングル。


こっちでの両親が遺してくれた物なのだと思うと、殊更大事にしなければいけないな…と思う。


ガヴスグリンさんが今し方自分の髪から作ったブレスレットと、今生の父の髪から作られたのだろうバングルを並べると、素人目には同じ物のようにも見え…。


この髪色は、父親に似たのかなぁと少し感慨深くて、まだ確認していない目の色はどっちに似たんだろうと何だか気になり始めてしまった。


「あ〜、そんな大事なもんを、軽々しく貸してくれたぁ言いたくねぇが、わしもお前さんの名前が気になっててなぁ…ちょっと確認してもいいか?」


「…ガヴスグリンさんなら、悪い扱いはしないでしょうし…お願いします。」


左手のバングルを外し、ガヴスグリンさんに渡せば、彼は胸ポケットから眼鏡のようなものを取り出して、それでバングルの細やかな細工をひとつひとつ確認しているようだった。


あ、そうか、眼鏡じゃなくて、ルーペなのか!


テレビ番組で、宝石やらを確認する時にルーペで拡大していた事を思い出して、見た目は古いアンティークの眼鏡のようなのに、ルーペなのかとちょっと気になり始めた所で、どうやら名前が刻まれている箇所を見つかったらしく、ガヴスグリンさんがルーペを仕舞った。


「ジュエランは神聖表記は使ってても、発音が違う事があるから合ってるかはわからんが、多分アー=クィラか、そんな感じの名だろう。」


神聖表記というのもなんだか気になるが、返されたバングルをもう一度腕に着けながら、刻まれているらしい名前に思いをはせる。


アー=クィラ…ガヴスグリンさんは発音が違うかも知れないと言っているし、これはもしかしてほとんど名前が変わっていない可能性もあるんじゃ無いだろうか…?


そう考えた瞬間、覚えのない声が脳裏に響く。


キラ、キラ、私の小さなア キラ…キラと輝く、


パチン、とそれはシャボン玉のようにすぐに消えてしまったけれど、もしかしたらそれは、今生になってから自分が眠っていた間の記憶なのかも知れない…。


「多分それ、アキラ、です。なんとなく、そう呼ばれてた記憶があるので…。」


「そうか…アキラ、アキラだな?良い名前じゃねぇか。」


自分の言葉に、特に何か返すでもなく名前を褒めてくれたガヴスグリンさんは、そう言うと小鍋の中の水を捨て、


「さぁて、そろそろメシの準備も始めねぇとなぁ…」


また水筒の中から小鍋に水を入れ、火にかけたけれど…そろそろ水筒の大きさよりも、取り出した水の量の方が多くなりそうなんだが、一体どうなっているんだろう?


気遣いよりも、少し不思議なアイテムの方が気になってしまうのは、異世界初心者としては仕方ない気がする…。


食事の前に飲み終えておこうと啜ったコーヒーは、それなりに時間が経っているはずなのに、まだかなり温かいままだった。


以上、第5話『カフィーとコーヒー』でした!


この話で少し前の伏線を回収しましたが、次話もジュエランや異世界についての説明回になりそうです。


以下、異世界両親の話を少々。

ジュエランは行動的には大人しいけれど、とても感情豊かな種族です。

アキラのように、自分からあっちこっち行こうとするのは、ジュエランにとっては珍しい気質ですが、実は母親にあたる存在も、アキラと同じく好奇心旺盛で落ち着きがない子でした。

父親にあたる存在は彼女よりも年上の、お目付役みたいな存在で、逆に感情が薄い方で珍しいジュエランです。

そんな二人の間には、お転婆姫の大冒険!的なロマンスがあったんだろうなぁと思ってます。

後々2人の話を聞くような事も、もしかしたらあるかもですw

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