はじまりは光と共に
かつて、ツェルキエスタズサーガというアプリゲームがあった。
女神ツェルキエスタが作ったとされる、ツェルキエスタズと呼ばれる世界に召喚された主人公が、世界を壊そうと暗躍する邪神を倒す為に旅立つ…という所から始まる、ちょっとしたストーリーのある放置ゲーだったのだが、意外と面白いという評価を受けているゲームだった。
ゲームではステージを進める度に、新しい街や町、村が解放され、そこへ移動し時間をおくと周辺のモンスターを退治したとの名目で経験値やお金が貯まり、そうして貯めた経験値やお金で主人公や仲間を強化し、次のステージへと進むといった事の繰り返しであったが、心くすぐるストーリーのお陰であまり退屈する事はなく、むしろ、敵の構成によって仲間を並び替えたり、武器を持ち変えたりといった要素はあれど、オート戦闘を採用した事で、あまりゲームが得意でない人間でも楽しめるようになっていた。
口コミでじわじわと人気を伸ばしていったツェルキエスタズサーガであったが、ある日突然ストアから消え去り、アプリも起動出来なくなってしまった事で、次第にプレイヤーの記憶からも消えていった…の、だが。
目の前にいる、淡い色合いの美しいヒトに、なんとなく見覚えがある気がして、懸命に思い出せば、彼女はかつてプレイしていたツェルキエスタズサーガのトップ画面、その一枚絵に描かれていた女神・ツェルキエスタにそっくりだった。
「お願いです…!わたくしに力を貸してください…!」
その口上も、オープニング部分のソレそのままで、ああ…これはもしや、ゲームの世界にトリップなんて事になるのだろうか…と少し遠い目をしてしまった。
現実逃避も兼ねてツェルキエスタズサーガをプレイしていた3年前ならともかく、学校や勉強で思うように結果を残せている今となっては、トリップなんて逆に面倒でしかない…。
6限が終わり、ホームルームまでの短い時間を帰り支度をしながら過ごしていたのに、急に教室内に謎の光で出来た魔法陣が現れ、その輝きに思わず目を瞑ってしまえば、コレだ。
地元の中学では流行っていたツェルキエスタズサーガ、通称ツェルサガも、今通っている高校の面々は知らないようで、女神の言葉に真剣に耳を傾けていた。
「わたくしの守る世界が邪神に狙われており、わたくしやわたくしの世界のものでは邪神に敵わないのです…!どうか、どうか、お願いです…!わたくしの世界をお助けください…!!」
その先はゲームでは省略されていたが、半ば現実となった今、クラスメイトたちの反応がゲームそのままというハズもなく、困惑したように辺りを見回す女子も居れば、面倒だとでも言いたげにしゃがみ込む男子も居て、どうなるのかと思えば、クラスの中でも人気の男子が、キラキラとした笑顔でこちらを向き、
「みんな、力を貸すよな!?」
提案というにはあまりにも押し付けがましいセリフに、彼を中心としたグループの面々が当然だとでも言いたげに、賛同の意を告げていく。
「ヒロキがどうしてもって言うなら、まぁ考えなくもないけど〜?」
「ヒロくんのことだから、困ってる人、見捨てられないだろうし…私も手伝うよ!」
「しゃあねぇなぁ!ヒロキ、サポートはオレに任しとけ!」
「まったく、ヒロキ君はいつまでもお子様で困りますね…僕が居ないとどうせまた行き詰まるでしょうし、仕方がないので今回もまたお付き合いしますよ。」
輝く英雄と書いて、ヒロキと読ませるキラキラネームな斎藤英雄輝くんは、そんな仲間たちの声を、クラス全体の声と取ったのか、女神に振り返ると、
「俺たち2年A組38人!全員、女神さまのお力になります!」
だなんて宣言し…。
「ちょ、ちょっと待って、斎藤くん!?そんな事言われても、帰りたい人だっているだろうし…!」
唯一、彼に意見を言えたのは、クラス委員長でもある若本女史だけで、その真っ直ぐに切り揃えられた前髪と眼鏡の奥に隠れた彼女の目が、不安げに揺れているのが、何故か此処からでもよく見えた。
「若本…そうは言っても、若本以外にそんな事言ってる人は居ないし、みんな力を貸すのに賛成だって事だろ?」
不機嫌そうにそう言った彼に、女史は不安げに周りを見渡すけれど、皆がみんな、縋る女史から目を逸らすかのように顔を背けていて。
最後にこちらに向けられた女史の顔を見て、見て見ぬ振りなど出来るはずもなく…実際、自分だって力を貸すのに前向きな訳ではないし、彼の個々人の意見を封殺するような態度には、気に食わない部分もあったから、せめて自分だけは女史の味方をしようかと、一歩踏み出した。
「斎藤英雄輝くんはさ、簡単に全員力を貸す〜とか言ってくれちゃったけど、自分だってあんまり乗り気じゃないんだよね〜。だって、コレ、帰れるかどうかもわかんないし、戦え、なんて言われても、平和な時代に育った自分たちが満足に戦えるなんて思えないし、そこんところどうなの?」
「渡守…お前、困ってる人を見捨てるのか?そんな最低なヤツが同じクラスに居るなんて思わなかった…!」
顔をしかめ、こちらを睨みつける斎藤に、いや、そういう事じゃないんだけど?とツッコミを入れたくなったのは、仕方のない事だと思う。
それでも、斎藤の最低なヤツ発言で、僅かながらに本当はいやだという意思を見せてくれた人たちも、口を閉じて俯く事しか出来なくなったようで…女史とふたりだけでは、多数決という暴力に抗えるはずもなかった。
「あ、あの…!邪神を倒していただけたなら、ちゃんと皆さまをお呼びした直後にお返しします…!た、戦い方なども、わたくしの世界に適した器を与える際に、皆さまの素質に応じて相応しいスキルや環境を準備いたしますので…!わたくしは助けを乞い願う立場ですから、皆さまに不自由をさせるつもりはございません…!ですので、どうか…!」
それでも、こちらの懸念を女神は理解してくれたようで、どう対処する予定なのかの答えは貰え、その答えを受けてようやく安心出来たクラスメイトたちもいたのか、ホッと息を吐く音がいくつか聞こえてきた。
帰れる事が確実なら、力を貸しても構わない、という意見を持つ者が大多数なのか、先程まではどちらかと言えば否定的な表情を浮かべていた人たちも、今ではこれから始まるだろう冒険に胸が踊っているような表情へと変わっていて…。
仮に地球に戻れるのだとしても、もうそれまでの自分とは全く別物になっているのだという事を、一体どれだけの人が理解しているのか。
それに、邪神を倒すまでにどれだけ時間がかかるかわからないけど、その間に勉強の事とか忘れてしまうだろうし、そうなれば戻った時に苦労するのも自分なのになぁ…とも思う。
あ、でも、地球並か地球以上に学問が発達していれば、逆に勉強時間を増やせて、より良い大学を目指す事も出来るかも知れないのか…!
うん、もうトリップする事は避けられそうに無いから、せめてそうある事を願っておこう。
「…それってつまり、転生って事?」
唯一まだ不安げな女史が女神に尋ねれば、女神は目を伏せ手を組んで、その質問にも答えてくれた。
「はい…皆さまは現在、皆さまが精神あるいは魂と呼ぶ、アストラル体のみの状態となっております。これは、皆さまが地球と呼んでいらっしゃる世界の代表から、地球の存在を借り受ける為の最低条件として、皆さまの世界における肉体を傷付ける事はあってはならないと指定された為です。ですので、わたくしの世界においては、わたくしの準備した器…肉体を使う事となります…」
「へぇ〜?じゃあ、容姿とか種族とか、そういうのも指定させてよ!美人な方がヤル気出るしさぁ!」
女神の言葉に、キラッと目を輝かせて食い付いたのは、斎藤のグループにいるギャルっぽい子だった。
前々から自分の目が気に入らないだの、髪はふわふわが良かっただの、容姿に関して要望というか文句というか、理想があるようでうるさかったのだが、コレ幸いと理想の自分になろうとしているらしい…。
帰る時には全部元通りに戻されるだろう事を、彼女はわかっていないのかな?
それとも、元に戻されるとしても理想の自分になりたいのか…その気持ちは、あまり理解出来そうにない。
「え…?あ…えっと、出来なくは、ない、ですけど…?」
女神も何故そんな事を指定されるのか理解出来ないようで、困惑した表情に変わっていたが、逆にクラスメイトたちは理想の自分になれるという事にテンションが上がっているらしく、その場が急に賑やかになっていった。
コレではもう、恐らくどれほど諭そうとも、力を貸すという意思を曲げる人はいないだろう…。
若本女史を見れば、彼女はまだ苦い顔のままで、ぎゅっと耐えるようにスカートを握りしめていた。
「あの…!それでは、皆さまお力添えいただける…という事でよろしいですか?」
「はーい!」
「もっちろん!」
「俺たち全員、女神様に力を貸しますよ〜!」
女神の確認に、あちらこちらから参加の声が上がる中、女史は下唇を噛むだけで、結局、どちらの声も上げる事は無かった。
「で、では!これから加護を与え、器を準備する為の転生の儀を行いますので、お一人ずつ、こちらの部屋にお越しください…っ!」
ぱたぱたと、見目に似合わぬ幼い動きでその扉の向こうに女神は消えて行ったが、その後に最初に続いたのは、それが当然だとでも言いたげな態度の斎藤たちのグループで。
中に入った人の転生の儀が終われば、自動的に扉が開くのか、一人、また一人とクラスメイトたちは減っていく。
どれほど時間が経ったのかはわからないが、もう片手にも満たない数しか人が残っていないくらいになって、さすがにそろそろ覚悟を決めるべきか…と、女史の所へと向かう。
「若本さん、」
「…なんですか…」
「戦いたくないなら、戦う必要は無いと思うよ?クラスには38人も居るんだ、2人くらい何もしなくても、戦いたいヤツが邪神を倒してくれるって、きっと。」
このまま此処に残して行けば、きっと彼女はいつまで経っても此処に居そうだからとそう言いながら手を引いて行けば、案外抵抗する事もなく彼女も扉の前までついて来てくれた。
その頃には、自分たちだけになっていて、扉の前に立つと、まるで空気を読んだかのように、キィと扉が開く。
「戦わなくても…いいのかな…」
「無理して戦う必要は無いと思うけどね。ちょっと長い、異世界旅行だと思って、楽しんで来ようかなって、自分も開き直ったから。」
「そっか…少し、気が楽になった気がする。ありがとう。」
「どういたしまして。さ、若本さんから先にどうぞ?可愛い女の子優先ってね!」
「もう、調子いいんだから!…また、ね?」
苦笑ながら、ようやく笑顔を見せてくれた女史に、ホッと胸を撫で下ろして、閉まった扉を背にして部屋を見渡す…自分が最後で間違いないようだ。
がらんどうになった部屋は何処か寂しく、けれど人が居なくなって初めて見れた全容は、とても芸術的で、どうして今まで気付かなかったのか不思議になるくらい、美しいものだった。
キィと誘うように音を立てた扉の方へと身を返し、最後に部屋を一瞥してから、足を踏み出す。
さあ、不本意だけど、旅立つ準備をするとしようか。
なろうでは初投稿になります、よろしくお願いします!
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