楽しい日
今日の学校は午前中で終わりだ。だから僕の機嫌はとっても良い。僕は午後のことを考えながら、わくわく授業を聞き流し、終業のチャイムが鳴ると、ひゃっほいとなった。
「ねぇねぇ。ベルン。今日お前んち、行ってい~い?」
目をキラキラさせ、まっすぐベルンを見つめる。
ベルンはそんな僕を一瞥することなく本を見たまま、「分かった」と了承する。
ふと僕は、ベルンの後ろの席であるシェーラが、教科書を鞄に入れ、帰ろうとしていることに気づき、無意識に「シェーラちゃん」と声をかけていた。
「ん? なーに? オルヴァくん」
彼女が親しげに僕の名前を呼んでいる。それがとてもうれしい。そんなことを思いながら、言葉を続ける。
「シェーラちゃんも一緒にベルンの家、行こーよ。あ、ベルン。いいよね」
「……」ベルンは肩をすくめ、特に何も言わなかった。
どうやらOKらしい。
僕はシェーラの方を見ると、彼女は頬を染め、
「私、行ってもいいの?」
と聞いてきた。
「もっちろん」
僕は満面の笑みを浮かべて言うと、彼女は頬を綻ばせた。
ということで僕らは三人、ベルンの家に行く約束をして、一端、家に帰った。
家に鞄を置くと、すぐさまシェーラの家へ向かう。お隣さんだから、シェーラちゃんにはすぐ会える。
僕はランランと軽い足取りで、シェーラの家が営む雑貨屋さんに入った。
カウンターで店番をしているシェーラのお父さんのフィンリーに、僕は挨拶する。
「こんにちは。フィンリーさん。シェーラちゃんはいますか?」
「はい。いますよ。シェーラ~!」
フィンリーは奥の自宅の方に向かって大声で娘を呼ぶ。
すると、シェーラが紙袋を持って、奥から店にやってきた。
「シェーラちゃん。それなーに?」
と僕は紙袋を指さす。
「あ……お母さんが、手土産持っていったらって。その」
シェーラは少し恥ずかしそうにモジモジする。
その間にシェーラのお母さんがこちらにやってきた。
「オルヴァくん。シェーラをよろしくね」
とシェーラのお母さんが、中腰になって僕と同じ視線で言う。シェーラのお母さんは長い黒髪を後ろに一括りにした地味な印象の女性だったけれど、芯は強そうに見えた。
「お母さん、やっぱり、お菓子は持っていかなくても……そこまでしなくてもいいんじゃ」
とシェーラは不安そうに母親に言っていたが、僕は目をキラキラさせて「お菓子!!」と食いついてしまった。
「シェーラちゃん、なんのお菓子が入ってるの?」
と僕が尋ねると、戸惑うシェーラの代わりにシェーラのお父さんフィンリーが答えた。
「私が焼いたクッキーだよ。ちょうど今日のおやつに作ってたんだ」
「フィンリーさんが! すごい。僕んちのアンドレアとグレアムなんか、一回もクッキー作ったこと無いのに!」
わぁ、楽しみだなぁ。と僕が言うと、シェーラの家族三人は顔を見合わせ、やがて笑顔に変わった。
僕とシェーラは並んでベルンの家と向かいながら、
「シェーラちゃんのお父さんはフィンリーさんっていうんだよね。お母さんはなんて言うの?」
と僕は何気なく尋ねてみた。
「お母さんはニナって言うの」
「へぇ~」
「お母さんはああ見えて実はすっごく強いの。武術の達人なんだよ」
「え!」
「昔、冒険者として腕を鳴らしたんだって」
「冒険者かぁ……。すごい! 格好いい!」
戦士姿のシェーラの母ニナを想像し、様になってるかも、と僕はうんうん頷いた。
そんな話をしながら歩いていると、あっという間にベルンの家にたどり着いた。
ベルンの家は住宅街にある庭付きの一軒家だ。
僕はいつものことなので気楽に玄関をノックする。そんな僕の背後でシェーラはちょっと緊張気味だった。
玄関が開くとベルンが現れ、顎をクイッとさせ、入れとうながす。
まったく愛想のない奴め、と思いながら、僕はシェーラと共にベルンの家に上がり込んだ。
「オルヴァだぁ~」
家に入ると、バタバタとベルンの弟が僕に突進してきた。ベルンの弟は四歳になる。名前はルイスと言う。
僕はツレないベルンと違い、素直な弟であるルイスを気に入っていた。
「やっほ~ルイス。今日はもう一人友達を連れてきたんだ」
と僕はシェーラをルイスに紹介する。
すると、ルイスは人見知りを発動させ、僕の後ろに隠れ、そっとシェーラを覗いた。
「ほ~らルイス。お姉ちゃんに挨拶。挨拶」
「……」
しかしルイスは僕に対する態度と打って変わって、氷のように固まってしまった。
ベルンが弟を見て言う。「こいつ内弁慶だからな。ほら、こんにちはってルイス言ってみ」
「こ……こ……ここ」
ルイスは上手く言葉が発せないからか、だんだん目に涙が溜まる。
シェーラはそんなルイス見て、しゃがんで優しく微笑んだ。「はい。こんにちは。ルイスくん」
「……」
ルイスはコクンと頷いて、ぎゅっと僕の足を掴む。なかなか強い力に痛がりつつも、ルイスの髪をくしゃくしゃっとした。
「はぁ。可愛いな、ルイスは~。これぐらいの可愛げがベルンにあったらなぁ」
と軽口を言うと、ベルンはふんと鼻を鳴らした。
ベルンの家に居間に上がると、シェーラは窓から見える庭を見て、瞳を大きく見開いた。
「お花がいっぱい。なんて可愛いお庭……」
とシェーラは窓に近づき、しげしげと庭を観察する。
「ベルンのお母さんはお花が大好きなんだよ」とオルヴァ。
「なんでお前が俺んちの母親の説明してんだ」とベルンは小さく突っ込む。
「さぁ~て、何するか。四人いるし、すごろくでもやろっか。お前の部屋から取ってくるな」
と僕は二階のベルンの部屋と一人向かった。
居間にはベルンとシェーラとルイスの三人が取り残される。
シェーラは急に静かになって緊張してきたが、思い切ってベルンに持ってきたクッキーを渡すことにした。
「あの、これ、良かったらどうぞ……」とシェーラ。
「どうも。ふーん、クッキーか。貰っていいの?」とベルン。
「どうぞ。どうぞ。お父さんが焼いたやつだけど」
「へぇ。あんたんとこの父親、料理すんの?」
「う、うん。うちの家事担当はお父さんだから」
そんな世間話をしつつも、まだいまいちベルンを掴めないのか、シェーラの表情は固い。
僕がすごろくを持って現れると、シェーラはほっとした様子を見せた。
「すごろく、前と違う場所にあったじゃん。探したよ」
と僕はテーブルにすごろくを広げて、サイコロを置く。
「おい。人の部屋、散らかしてないだろな」とベルンは片眉を上げる。
「はぁ? もう散らかってんじゃん。お前、本ありすぎ。床が見えねーよ」
「散らかってない。あれはちゃんと考えて置いてあるんだ。動かしてないだろうな」
「はいはい。してませんよ」
ベルンとの軽口はこれくらいにして、僕はシェーラとルイスに笑いかけた。
「順番、決めよ。じゃんけん」
ぽん! と四人はそれぞれグーチョキパーを出した。順番は僕、ルイス、ベルン、シェーラとなった。
僕が一番最初にすごろくを降り、コマを進める。
「ぐわぁ。いきなり借金……」
億単位の負債を抱えるはめになり、頭を抱える。皆、次々にコマをすすめるが、僕とは違い、快調に進んでいく。
僕はなんとか負債を返そうと祈りのこめてサイコロを振るが、結局返しきれず、大きな負債を抱えたまま、一番最初にゴールした。
(一番なのに、むなしい……)
他の皆は富を築いて、家族もいるというのに、僕は一人借金持ちで独身。
「くっそ~。もう一回だ。今度は幸せな家庭を築くんだぁ」
と僕が息巻く。ルイスは楽しかったのか、もう一回もう一回とはしゃいでいる。シェーラも楽しげだったが、ベルンだけが澄まして本を読みだした。
(ベルンはもう活字中毒の域だよな……)
そんなベルンを放って、ベルンも含めて勝手に順番を決め、僕がベルンの分と自分の分の二人分を進めていく。
「は~はっはっはっ! ベルン。お前大借金抱えたぞ」
ざまーみろと宣言したが、彼は軽く鼻で笑って、また本を読む。
しかし、結局、最後の最後にベルンは借金を全部返して大富豪となり、僕はまた大借金を抱え、ゴールのしたのだった。
遊びも一段落したので、シェーラが持ってきたクッキーを四人で食べることになった。
ベルンが茶器を用意して、まるで執事のように、慣れた手つきで優雅にお茶を入れてくれた。
彼の母親はお茶にこだわりがあって、自然と覚えたと前に言っていた。
おいしい紅茶と一緒に食べたシェーラのお父さん特製のクッキーは、紅茶とすごく合っていて、とてもおいしかった。
ふと僕は窓の外を見る。お花いっぱいの花畑のような庭が見える窓に、僕ら四人がお茶をしている姿が映っている。
なんとなく僕は思った。
今日って、すっごく楽しい日、なんじゃないかな。
「なにお前、一人でヘラヘラしてんだ?」
ベルンが訝しげに僕を見つめてる。
僕はそんなベルンにニッと白い歯を見せて、特に何も言い返さずに、クッキーをかじった。
◇
「また来てね~」
とベルンの弟ルイスに見送られ、僕とシェーラはベルンの家をあとにする。
二人で並んで夕方の街を歩きながら、今日のすごろくのことを話し合った。
シェーラの自宅の前で僕らは別れ、僕も家に帰った。
家に帰ると、アンドレアが夕飯の支度をしている。おいしそうな香りに空腹が刺激されていると、リビングのテーブルに手紙を見つけた。
宛名を見ると、グレアムからだった。
「アンドレア~。グレアムからの手紙、開けても良い~~~?」
と僕は台所にいるアンドレアに向かって言う。
「勝手にどうぞ。あ、外から帰ってきたなら手洗えよ」
そんなアンドレアの声を聞き、僕は一端洗面台で手を洗ったあと、リビングに戻って手紙の封を切る。
「へぇ~~~~~。グレアム。南国に言ってるんだ」
手紙にかかれた旅の内容に、僕の心はドキドキワクワクして、冒険小説を読んでいるような気持ちになった。
運び屋の竜使いグレアムは特別な荷物を運ぶため、どんなところにも旅に出る。
「これじゃあ、しばらく帰ってこないかも。あ~あ。グレアムに今日の楽しかったこと話したかったな……」
グレアムの手紙はすごく楽しいけど、ここで直接聞く方が、もっとずっとワクワクする。それにグレアムに一日のことを報告するのも好きだった。
彼がいると、家はにぎやかだ。もちろん、アンドレアと二人きりでも楽しいけれど、グレアムいて、三人になれば、もっと良いのだ。
僕はふと、三日坊主になっていた日記帳の存在を思い出す。
そうだ。今日のことはあれに書いておこう。そしてグレアムが帰ってきたら、さりげなく話すのだ。忘れないうちにやっておこうと、僕は二階に自室へ上がる。
そして、棚の日記帳を開き、机に座って、文章を書き出した。
だがしかし、この日記帳に書いた日のことを僕はグレアムが帰ってきたころには、遠い記憶になっていて、結局話すことは無かった。数年後、大人にさしかかった頃の僕が、日記帳を読んで、忘れていた記憶を呼び覚まし、懐かしい気持ちになるのであった。




