再会は甘い味
「えええええええー!!!」
学校から帰ってきたばかりの僕は、持っていたリュックをドサッと床に落とした。
目の前には首にゴーグルをかけ、竜に乗って運び屋をするときの服に着替えたグレアムがいた。彼は居間でモグモグと美味しそうな甘いパンを牛乳と一緒に食べている。
「グレアム。配達、行っちゃうの」
僕は驚きと彼がいなくなる残念な気持ちに、声音が低くなる。
「おう! どうしても俺に頼みたいっていう仕事が来てな」
近所に遊びに行ってくるみたいなとてつもなく軽い調子でグレアムは言った。
グレアムが仕事に出かけると帰ってくるのは少なくとも一ヶ月はかかる。遠い向こうにある隣国や、小さな辺境の村など、依頼を次々に受けてしばらくウチに寄りつかないのだ。本人が言うには、空を飛び続けてたい気分だからだという。
仕事の依頼が入ったというが、おそらくまた同じようなことになるに違いない。
「グレアムいないとつまんないなぁ」
と僕が唇を窄ませて言うと、彼は頬を綻ばせてニンマリと笑い、僕に近づいてくる。そして、嬉しそうにガバリと僕に抱きついて持ち上げた。
「なら、俺と一緒に配達に行くか?」彼は瞳をキラキラとさせて、白い歯を見せた。
「……!」
なんて魅力的な誘いだろう。
僕はニコニコしているグレアムを見つめ、喉を上下に揺らし、グラグラと感情が揺れた。
ここで僕が了承するば、グレアムは本当に連れて行ってくれるだろう。でも、それをすれば学校は行けないし、アンドレアはすっごく怒るだろうし、居候の身の上である僕がそんな我儘なことをしちゃダメだ。絶対ダメだ!
と、心の中で考えたはずなのに、僕は未だグレアムの視線を外せないでいた。
だって……だって……楽しそうなんだもんっ。
僕は下唇を噛んで、目尻に涙を浮かべながら拳を作った。
正直、物凄くいきたい。学校の授業だって大切だけど、グレアムとの旅はいつだって楽しい。大変なときもあるけど、彼と二人だと何故だが退屈しないのだ。
僕は頭を抱えて、うーんうーんと唸りながら迷っていた。
そんな僕にグレアムは肩をポンッと叩いて「よし。さっそく準備するか」
彼の中ではすでに決定事項なのか、僕の肩に腕を回して、歩き出す。僕はまだ戸惑っていて、「いやでも、でもなぁ…」とあたふた呟きながら、押し出されるまま足を動かしていた。
「まぁまぁ。大丈夫。大丈夫。今回はちょっと長くなるけど、いいところだから」
とグレアムがお気楽な様子で廊下に続く扉を開いて、笑顔のまま動きが静止する。
扉を開けた先には、背中を壁にもたれかけさせて、額に青筋を立てたアンドレアがいた。
とたん、空気がピシャーンと雷が落ちたみたいにピリピリする。
僕ら三人は互いに見詰め合って、沈黙する。
しばらくの静寂のあと、初めに口を開いたのはグレアムだった。
「アンドレア、いつからそこに……?」
グレアムは笑顔だったが、頬が少し引きつっている。
アンドレアは不機嫌に顔を歪ませて、こちらに近づいてくる。グレアムに顔に息がかかりそうなくらい顔を寄せて、ガンをつける。
「テメェまた性懲りもなく……」
怒った様子の我が家の主は、グレアムの胸元を掴んで、「こんのクソ馬鹿野郎!」
アンドレアはグレアムの胸元を前後ろに引っ張って、グレアムの体を激しく揺さぶった。
グレアムは目をグルグルさせ「やめて、アンドレア~」
しかし、アンドレアはますます鋭く眼光を向けてくる。そのあまりの恐ろしさにグレアムは小さく悲鳴をあげた。
「そんな、怒らなくても」とグレアムが怯えながら抗議の声をあげると、アンドレアがダンッと壁に拳を叩きつけた。
「あ゛あ゛? 俺は怒って当然だろ」
ドスを利かせたその声に、グレアムと僕は二人で手と手を取り合ってブルブルと震えた。
「オルヴァも」とアンドレア。「グレアムに流されるな。仲良しなのは良いが、お前には学校があるだろが」
「は、はいぃい」僕は涙を溜めて、背中をピンッとして返事する。
アンドレアはたっぷり説教をしたあと、舌打ちを残して店の方へと去っていく。僕らはやっと緊張を解いて、ヘナヘナと膝を折って床に尻もちした。
そりゃ、そりゃ分かってたけど、でも~~。
うわーんと僕らは抱き合って、計画が儚く消えてしまったことを嘆いた。
それから一時間ほどして、グレアムはこの家を去った。僕は最後に切ない気持ちでお別れのギュウッをした。
「グレアム。無事に帰ってきてね」と僕はおまじないに彼の頬にキスを送る。
彼は口端を上げて、僕の髪をグチャグチャにすると「行ってくる!」と陽気に玄関のドアノブを回した。
玄関は小さな庭に通じていていて、アンドレアが育てている花や畑が広がっている。雑に育てているため、洗練されているわけではないが、気まぐれに育てた様々な花々は、それぞれに頬を綻ばせていた。
グレアムは庭を通り抜けると、細道に入って、靴屋の入り口がある大通りと出る。人が脇道を行き交いし、中央には馬車が通っている。
不意に「おや?」とグレアムは靴屋の店の前で足を止めた。
彼の視線の先には、靴屋の前で、煙草を吸うアンドレアがいた。
アンドレアはグレアムを流し目でとらえ、白い煙を唇から吐き出す。煙は空に霧散して匂いだけを残した。
グレアムはそんなアンドレアに、満面の笑みを浮かべて、嬉しそうにちょこんと横に立つ。
「しばらく留守にするけど、手紙送るから、ね?」
まるで寂しがる子供を諭すような言い方に、アンドレアはムッとして、煙草を深く吸い込み、煙をグレアムにぶつける。
グレアムは涙目で咳をしながら「もう。素直じゃないんだから」
「あ゛あ゛?」
アンドレアが額に青筋を立てて凄む。
グレアムは苦笑交じりにやれやれと肩を竦める。
そして、小さく笑って、アンドレアが咥えている煙草を奪い取った。アンドレアは目を見張り、取り返そうと手を振るが、上手く避けられる。グレアムは楽しそうにそれを自分の口に含む。
「な…っ」アンドレアの心臓が早鐘を打ち、けれど、それを悟られないよう表情が硬くなる。
煙を肺まで吸い込んで、グレアムは美味しそうに吐き出す。吸いなれた様子で、唇に咥えたまま、グレアムはアンドレアにウインクした。
「煙草の量、多いんだから、少なくしないと」
グレアムはじゃーねーと笑いながら手を振って去っていく。
彼が後ろを向いた途端、アンドレアはみるみる頬が紅潮し、片手で顔を覆い隠した。
自分の咥えた煙草を彼に唇に触れたのかと思うと心臓が高鳴って息苦しくなる。動揺を隠すように手を後頭部に当てクシャッとすると、そのままワシャワシャ髪全体をかき混ぜる。一息ついて、僅かに頬を染めたまま、離れていく竜使いの運び屋に視線を移し、ふと寂しげな表情で彼の後ろ姿を見つめた。
――これからしばらくお前には会えない。
瞳を潤ませ、呟くような小声でアンドレアは言った。「いってらっしゃい。グレアム」
雑踏へと消えていく彼の姿をアンドレアは切なく見送る。いつだってグレアムはアンドレアの元を去り、しばらくして戻ってくる。けれど、いつか彼が帰ってこなかったら……?
最悪の予想をして、すぐに考えないよう頭を振った。
瞼を閉じて、重たい息を吐き出す。
アンドレアはそうなることを恐れていた。そんなことはグレアム本人に一生言うつもりはないし、出来れば悟られたくもない。だって、これは自分個人の感情だから。個人の心配を彼に押し付けるつもりはない。
だが、心の底では、ずっとここにいて欲しいと思っている。俺の横にいて欲しいと、思わずにはいられない。
なに、馬鹿なことを……
アンドレアは雑踏に紛れていくグレアムを視線で追い掛けてため息をつく。グレアムはきっと今、竜に乗るのを楽しみにしているだろう。仕事とはいえ、空を飛ぶのが根っから好きな男だ。遠くに行って帰ってきた彼を見れば分かる。あれは一つの場所では満足できない。
瞳を輝かせて土産話をする彼を思い出し、アンドレアは空を見上げた。もうすぐ彼はあの青空を自由に駆けるに違いない。太陽が眩しくて、手の甲で光を遮る。
* * *
次の日、元気なく家をあとにして登校し、僕は教室の机に下顎をついて、深々とため息を吐いた。
「はぁあ~あ」
力なく額をつけて、顔を横に向ける。視線の先には半開きの窓があり、そこから風が僅かに流れてくる。
僕の真後ろの席のベルンは風を浴びながら、分厚い本を捲って周りなんか全然見えずに集中していた。僕がどんなにため息を吐いたってベルンはちっとも気づかず、静かに本を読んでいた。
こういうとき邪魔するとベルンはすっごく怒るんだけど、僕はグレアムがいなくなった寂しさから、ちょっかいを出しちゃおうかな、という誘惑に駆られていた。
でも、結局はそんなことはしなかった。
今はグレアムが旅に出て寂しいけど、数日たてば慣れてしまうことを知っている。だから、時間さえ立てば、平気なのだ。
僕は一人、騒がしい教室で、ぼんやり虚しい気持ちをやり過ごしていると、チャイムが鳴り響いた。間もなく、先生がガラリとドアを開けて、教室に入ってくる。先生は猫背でボサボサ髪の中年の男性だ。いっつも欠伸をして、暇があれば、遠くを眺めているような人だった。
パンパンッと先生が両手を叩く。「はーい。みんな静かに。今日は転校生を紹介するぞー」
そのやる気のない気怠い声を、いつもだったら、最初のうちはみんな無視するのだが、"転校生"というワードのお陰か、静かになるのが早かった。
そういえば、先週ベルンが転校生が来ると行ってたっけ。男か女かで賭けをした記憶が蘇ったが、今はちっとも興味が湧かない。地の底まで落ち込んでいる気持ちを上昇するには、まだまだ時間がかかりそうだった。
「さっ。入ってきて」
と先生は廊下に向かって声をかける。すると、既に開かれていたドアから、僕たちと同じ年の子が入ってきた。
僕は窓の外から視線を外して、教壇へと目を向け、大きく瞼を見開く。口を開けて、転校生に釘づけになった。
ゆっくりとした靴音が響き、紺色のワンピースがひらりと揺れ、月の光のような金色の長い髪が揺れている。彼女の髪の後ろに付いた桃色のリボンが、まるでふんわりと花の香りを運んでくるかのような錯覚にとらわれる。どこかキラキラと輝いて見える少女に僕は目を細めた。
その子は人を惹きつける美しさを持っていた。
少女が真ん中で止まり、先生の隣に立って真正面を向く。
すると、可愛らしい少女の存在に教室はざわめき出した。
「彼女はシェーラと言う。みんな、仲良くするよーに」
先生は少女の肩を叩き、自己紹介を促した。
彼女は――――シェーラは深呼吸をして、ワンピースをぎゅっと握りしめた。
「シェーラと言います。まだこの街に来て、間もないので、知らないことばかりですが、どうぞよろしくお願いします」
台詞を練習してきたのか、彼女は早口に噛まず一気に吐き出した。そして、言えたことにほっとして、少しだけ頬を緩ませた。
シェーラの青い瞳が明るく輝き出すと、周りの子たちは頬を染めたり、ひそひそとシェーラについての感想を語りだした。
僕は脳裏にグレアムとピクニックに行ったあの日の光景が浮かんだ。
花畑で出会った天使のような翼人の少女のことが頭によぎる。
彼女の煌めく金色の長い髪、他のどの宝石よりも美しいサファイアの双眸、薄い瑞々しい唇に、透き通った白い肌―――…
歌声は小鳥のように可愛らしく、その微笑みは僕の世界を一変させるほど心を奪われる。
純白の翼を羽ばたかせ、空に消えたあの少女のことを、僕はふとしたとき何度も思い出していた。
まさにシェーラは、あの翼人の少女と瓜二つだった。
けれど、あの美しい翼はどこにも無い。
他人の空似だろうか。だが、それにしては似すぎているように思う。
僕はシェーラのことをじっと眺めていた。彼女が後ろの空いている席に向かうまで、呆けたように見つめていた。
放課後、下校時間になって、生徒が次々にいなくなっていく。帰り支度をしていた僕の背後から、ベルンが「一緒に帰ろっか」と明るく言う。
僕は頷いて、リュックを持って立ち上がる。
そのとき視線の片隅にシェーラの姿をとらえた。彼女は、その華やかな容姿とは裏腹に、ひっそりと静かに帰ろうとしている。
つい僕は彼女の後ろ姿に立ち止まって見つめていると、不意に彼女のスカートのポケットから白いハンカチがヒラリと落ちた。
真っ白なレースのハンカチに、彼女は気づくことなく、去ろうとしてる。僕は反射的に慌ててハンカチを拾い、彼女を追いかけた。
「あのっ!」
僕の声に彼女が振り返る。
シェーラの金色の髪が揺れた。彼女はきょとんした表情を浮かべ、首を傾げている。
後ろを振り返った彼女の姿に、僕は息を飲んで赤面する。手に汗をかいて、異常に緊張して声がなかなか出せない。けれど、いつまでも沈黙するわけにはいかず、精一杯の勇気を振り絞り、彼女にハンカチを差し出した。
「これ……」
とハンカチを渡せば、彼女は目を丸くして、慌てた様子で自分のポケットを探る仕草をした。ポケットにハンカチが無いことを確認すると、恥ずかしそうに微笑んで「ありがとう」と囁いた。
僕はその一言に、たまらなく心臓が跳ねて、呼吸が一瞬出来なくなった。
そして、彼女はあっさりと踵を返し、離れていく。彼女にとってはハンカチを拾ってくれた親切な初対面の同級生でしかないのだ。
もっと話が出来たら、笑顔が見れたらどんなにいいだろう。もし、今みたいな他人行儀な対応でなく、親しい友人関係を結べれば……。
ありとあらゆる彼女の生き生きとした表情を夢想し、そうなればいいという憧憬がつのる。
教室の外へと去っていくシェーラを、ぼんやり視線で追い掛ける僕を、横にいたベルンは瞼を瞬かせ、ニヤリと笑った。
「お前、結構、面食いだね」ベルンは何もかも見透かしたように言った。
その言葉に、僕はハッとして、首を捻り、横に立つベルンの横顔に視線を滑らせた。僕の頬は紅潮し、金魚のように口をパクパクさせる。
「何いってんだよ!」
「ふーん。ま、分からないでもない。確かにあの子はかなり可愛い」
「なっ……!」
恥ずかしげもなく女の子を"可愛い"と言ったベルンの言葉に、僕は頬を紅潮させ、誰かに聞かれてないか挙動不審に瞳を動かした。幸い周りは帰り支度で忙しくベルン達の話を盗み聞きしている様子はない。そのことに何故だかほっと安堵する。
そんな僕をベルンは大人っぽく鼻で笑う。なんだかバカにされた気がして僕は唇を尖らせた。
ベルンと二人並んで歩き出す。僕らは憎まれ口を叩きながら、教室をあとにした。
歩きなれた街並みを進みながら、小川を横切る石橋を渡り、はしゃいだ子供たちと擦れ違う。それから噴水のある広場を通り抜けて、大通りに出てから、小道に入った。
ベルンとは先ほど別れて、今は一人で帰路についていた。
アンドレアの靴屋のある通りは様々な小さな店が並んでいる。普通の家もあるが、基本的には職人の工房とお店ばかりだった。僕は顔見知りの店主や女将さんと目がって挨拶をしながら、まっすぐ家へと向かう。今日の晩御飯の当番は僕で、一人で用意しなければいけない。メインの食材がないから、これから急いで買いに行かなければ、と少し早足だった。
そんな焦る気持ちの中で、僕は足を止めて、フィンリーさんの家を目を丸くして見つめた。
この間までフィンリーさんが家を整理していたのは知っていたが、こんなにも早く店を開店させるとは思わなかった。元々、この店はお婆さんが花屋を営んでいたのだが、腰を痛めたことをきっかけに隠居して、売りに出されていた。それから数年してフィンリーさんがやってきたわけだが、彼の店は初日にしては繁盛している。
一体、何のお店だろう…。
気になって、店の看板を見る。けれど、鉄看板にはモチーフの猫が描かれているだけで店名は無かった。
僕は店に近づいて窓から中を伺う。そこには可愛らしいぬいぐるみや、文具、壁に飾るタペストリーなど、おしゃれなものが様々置かれていた。
男性よりも女性が多いようで、僕は入りたくても入りにくく、逃げるように後ずさる。
しかし、後ろに下がったところで、背中がドンッとぶつかり、僕は振り返り、あんぐりと口をあける。そこには茶色の毛並の瞳が大きな猫の着ぐるみがいた。人が入っているであろう猫の着ぐるみはテンション高く手を振って、手に持っている看板を指差した。
その看板には『雑貨屋、ニューオープン!』と書かれていて、この着ぐるみはどうやらこの店のマスコットキャラクターらしい。
僕はお店を振り返り、店内を覗くと、室内でフィンリーさんの奥さんが、お勘定しているのを見た。そして、猫の着ぐるみに視線を移し、もしやと口を開く。
「フィンリーさんですか?」
小首を傾げ尋ねると、着ぐるみは一瞬ピタリと動き止めて、すぐに平然と縦に首を振った。
僕は自分から尋ねたにもかかわらず、目をパチクリさせて、茫然とフィンリーさんを見つめていた。フィンリーさんは僕の腕に手を絡ませると、狭い路地へと窮屈そうに僕を連れていく。
そして鍵も無く裏口の戸を開けて、室内へと入った。
フィンリーさんは着ぐるみの頭を取って、その美しい顔を見せる。金色の長い髪が汗で絡まって、頬に張り付き、蒼い瞳が僕をとらえた。
「君はなかなか良い洞察力があるんですね。オルヴァくん」
ニコリと微笑んだ彼は、いつもみたいに綺麗だったが、なんだか着ぐるみ姿だと思うと少し可笑しかった。
「単純に奥さんが店にいたから…」僕は褒められたことに照れながら顔を伏せて言い訳をする。
フィンリーさんは、無言で僕を見つめ目を細めて微笑を浮かべた。
その優しい微笑みは、言葉よりももっとずっと多く褒められている気がして、僕はむず痒い気持ちになった。
彼は着ぐるみの頭を机に置き、椅子に腰かける。
それから僕らは軽く世間話をしていた。フィンリーさんは楽しげに雑貨屋を開くまでの経緯や、商品に対する愛情を頬を染めて語りだした。僕はそれを初めは熱心に頷いたものの、あまりの熱の入れようにだんだんついていけなくなって、相槌だけ打って話を聞き流していた。
しばらくして、一通りの話が終ったので、僕は失礼の無いよう別れの挨拶をして立ち去ろうとした。
夕飯の準備をしなければいけないと思い出して、少々慌てながら、裏口に向かおうとして、不意に誰かが階段を下る音に気付いた。その足音とともに「お父さん、帰ってきたの?」という女の子の声がした。
僕は聞き覚えのある声に驚いて振り返る。
すると、少女が廊下から
「お疲れ様。大変だったでしょ」
と言って入ってくる彼女に、僕は瞼を大きく見開いて、体が固まった。
――どうして……
現れたのは、美しい金色の長い髪のシェーラだった。転校してきたシェーラ。学校で別れたばかりなのに、また再会するなんて。僕は自然と胸が高鳴って、頬が赤く染まる。
人がいると思っていなかったらしいシェーラは僕の姿を見た途端、立ち止まって顔を強張らせる。緊張した様子で、瞼を瞬かせ、僕を視界にとらえた。
けれど、僕はそんな彼女の心情を推し量ることも出来なくて、ぼんやり彼女に見惚れていた。
フィンリーさんは、呆ける僕と緊張している彼女を交互に見つめ、クスッと微笑をこぼした。「紹介しましょう。オルヴァくん。私の娘のシェーラです」
僕はフィンリーさんの言葉に目ん玉が飛び出そうなくらい驚いた。「えっ! 娘さん!?」
なるほど。彼らは親子だったのだ。確かに言われてみれば、瓜二つとまではいかないが、似ている部分があった。
「シェーラ。彼はお隣さんのオルヴァくんだ」とフィンリーさんは続いて僕を紹介してくれた。
「どうも…」と彼女は人見知りなのか、おずおずとか細く言う。けれど、やはりその声はとっても可愛い。
シェーラが気まずそうに、視線を下に移して、耳に髪を掛ける。
僕は心の中で両膝をついて神様に祈りを捧げ、滝のような涙を流していた。頭の中でリンゴーンと鐘の音が鳴り響き、小さな羽根を生やしてキューピットたちが花びらを落としてくれている。
こんな奇跡があるなんて!
「オルヴァくんって同じクラスの人、だよね」とシェーラが自信なさげに言う。
僕は名前を呼んでくれたことに、天にも昇る想いにかられ、心の中でひゃっほいと叫びながら、
「うん!」
と浮かれてニッコリと全力の満面の笑みで頷いた。
フィンリーさんはそんな僕らのやりとりに目をパチクリさせた。「なんだ。同い年だったんですね。同じ学校かぁ……。オルヴァくん、是非うちの娘と仲良くしてくれると嬉しいな」
「はい。もっちろん! 当たり前ですよ!」
僕はつい力を込めて元気よく言っていた。
すると、彼女は照れくさそうに頬を赤く染めた。僕はそんな彼女を見て、急に恥ずかしくなって、顔を下に伏せる。
「ええと、それじゃあ、僕はこれで」
と気まずくなった僕は出口に向かう。
「ああ、またね。オルヴァくん」とフィンリーさんは手を振る。
つられてシェーラも「また明日」控え目に呟くような小声で言う。
僕は彼女の「また明日」を何度も頭に反芻させて、顔がにやけそうになったが、平静を装って、その場を立ち去った。
庭から自分の家へと戻り、一階の居間に無造作にリュックを置くと、僕はソファーに脱力してうつ伏せになった。
とたん、抑えた心臓の高鳴りが弾かれたように動き出す。
あの子が、あの子が、お隣さんだったなんて!
その事実に、僕はソファーにあったクッションをぎゅうっと抱きしめて、翼人の少女によく似たシェーラに運命を感じずにはいられなかった。




