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配達




 街には裕福な人々が暮らす地域がある。そこでの暮らしは、僕らみたいな庶民とは、きっと大違い。

 そんな人たちとは縁が無いと思ってたのに、僕は今日、お金持ちが住む地域にアンドレアに連れられ、踏み込んでいた。


(ここの住人にアンドレアが作った靴を届けるのかぁ)


 大きな五階建ての大きな屋敷を前にして、僕は唾をごくんと飲み込む。

 靴が入った箱を抱えたアンドレアが、屋敷へとさっさと入っていく。今日の彼はお客様への配達のため、余所行きの格好だ。僕はアンドレアから離れないよう、慌てて駆けだした。

 セキュリティがしっかりしているらしく、中には受付があり、アンドレアは訪れた用件を受付に伝える。すると、事前にアンドレアの訪問が伝えられていたのか、すぐに中に通された。

 奥は行き止まりだ。鉄格子の前に来ると、アンドレアは側のレバーを引いた。

 すると、ガコンッと鉄格子の扉が自動で左右に開き、狭い室内が現れた。

 これはエレベーター。大きな施設でしか、お目にかかれず、まだまだ珍しい設備なのである。


「ねね。アンドレア。ボタンは僕が押してもいい?」

 とエレベーターに乗り込みながらお願いすると、アンドレアは首を縦に振った。僕はにんまりして、ボタンを押そうして、どこの階が目的地なのか、アンドレアに視線で尋ねた。

「五階だ」とアンドレア。

 僕は言われたとおりのボタンを押す。扉が閉まると、エレベーターが動き出す。僕はそれが楽しくて瞳をキラキラ輝かせた。

 到着して五階の廊下に出る。

 扉は二つあり、その片方をノックした。

 しばらくすると、扉が開いて、中から初老の男性が現れた。

 眼鏡をかけた気むずかしそうな初老の男性は、アンドレアを見てから、隣にいる僕に視線を移した。

「……」

 初老の男性が黙って僕を凝視している。


 僕はぎょっと困惑し、アンドレアにの服の袖を引っ張って、助けを求めた。


 アンドレアが苦笑をこぼす。「……あー。先生、ご注文の靴をお届けに参りました」

「……うむ」と先生と呼ばれた初老の男性が、扉をさらに開けて、中に入るように(うなが)してくる。


(あれ、お届けするだけじゃないんだ……)


 てっきり、配達で終わるかと思いきや、まだまだ接客があるらしい。


 今日はアンドレアに『帰りにどこか寄り道するから配達についてきてくれないか』と言われ、僕はすぐに了承した。

 アンドレアと一緒なら普段子供一人じゃ入れないところに寄り道出来る。それにアンドレアが仕事も見学できるし、楽しいことばかりである。


 と思って足取り軽くついてきたわけだが……


 中に上がると、先生に『ちょうどケーキがある』と打ち明けられた。

 その流れでリビングのテーブルでケーキが小分けにされ、目の前に出される。僕はすっかりケーキのことで頭がいっぱいになった。そして、意気揚々とケーキが乗った皿を受け取って食べようとして、体が固まった。


(なんかすごい、見られてる…)


 四角いテーブルを挟んで向かい合わせに座っている先生が、ものすごい形相で、こちらを睨んでいるのだ。


(このケーキを食べたい…とか? で、でも、ケーキはまだまだあるし……)


 僕が途方に暮れていると、ちょうど間に座るアンドレアが咳払いをした。

「ゴホンッ。あー…、先生。肩に力が入ってますよ」とアンドレアが優しく指摘する。

「……ん? そうか?」と先生は肩を大きく回してストレッチをする。

 しかし、ストレッチが終わったあとも、先生の様子は最初と変わっていない。

 アンドレアがまた指摘する。「先生。もっと自然体で」

「自然体? う~む」

 今度は先生は深呼吸をしてみるものの、またもとの形相に戻ってしまった。

 アンドレアは困った様子で「えーじゃあ、愛想よく笑顔を作れば……」

「…こうか?」と先生がニィッと笑った。僕は思わず鳥肌を立て、青ざめる。

「……」アンドレアは苦笑をこぼし、額に手をあて、こっそり嘆息した。


 

 ケーキを食べ終わったあと、僕は一人書斎へと通され、先生の本や道具を見学していた。大人二人は何か話があるらしい。

 子供の僕はアンティークな地球儀をぐるぐる回し、字がびっしりの小難しい本を開いてすぐ閉じ、何か面白そうなものがないかキョロキョロする。

 一人でそんなことをしていると、リビングの方で、アンドレアの声がしてきた。僕は二人は何を話しているんだろうと、こっそり廊下に出て、盗み見し始めた。


 先生が靴を履き、履き心地を確かめている。

 特に問題はないのか、また靴を箱に戻し、先生はアンドレアに問いかけた。

「ケーキはあれで良さそうか」と先生がギロリと視線を向ける。

「そうですね。問題ありませんよ。……というか、お孫さんを迎えるのに、わざわざ予行練習なんてしなくても大丈夫だと思うんですが」とアンドレア。

「うむ……」先生は暖炉の上に置かれた若い夫婦の絵を見つめた。おそらく先生とその奥さんの若いときの絵だろう。「妻が生きていればな……」


 僕はぽんっと両手を叩いた。

(なるほど。一人暮らしの男やもめのところに、お孫さんが来るから、試行錯誤してたってわけか!)


 だから僕がケーキを食べるとき、おいしいかどうか、真剣に見極めていたから、あんなに睨まれたわけである。

 アンドレアはきっと常連客に相談され、放っておけなかったのだろう。


 僕は腕を組み、うんうんと納得して唸る。やがて、アンドレアと先生の会話は終了し、アンドレアが僕を呼びに書斎へと向かおうとしてるのが見えた。

 慌てて僕は書斎へと戻り、適当な本をペラペラめくって、誤魔化す。

「オルヴァ。そろそろ帰るぞ」とアンドレアが書斎にひょいと顔をだす。

「は~~い!」僕は白い歯を見せ、返事した。



 僕はアンドレアと共に玄関の前まで来た。そこでお見送りする先生の方を振り返る。

「それでは先生。また何かありましたら、いつでもご連絡ください」とアンドレアが微笑む。

「ああ。今日はわざわざ本当にありがとう」と先生。

 その流れで僕も口を開く。「今日はケーキごちそうさまでした。と~~~~ってもおいしかったです!!」

 僕はキラリーンと瞳を輝かせ、だからお孫さんが来ても大丈夫ですよ! と念力を送った。


 すると先生は、目を細め、今日初めて、自然に頬を緩ませたのだった。




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