お裾分け
蝶々が飛んでいる。僕のリビングの窓辺から、蝶々を視線で追いかけ、雲が流れる空が目に映った。
大空を見ていると、なんだがグレアムのことを思い出す。
僕は大きなため息を吐いた。
「あ~あ……。そろそろグレアム帰ってこないかなぁ」
この間、南国にいると手紙を貰ったが、それ以降は音信不通だ。
便りがないのは良い便りなんて言うが、そんなのは方便だと思う。
「そりゃあ、お仕事なんだし、手紙書いてる暇なんてないだろうけど」
僕は窓枠に肘をおき、頬杖をつく。このままグレアムに会えないなんて思わないけど、寂しいものは寂しいのだ。
「お手紙書いても届いてるのかいないのか…」
グレアムは仕事に夢中になると、他は放ってしまう。良くも悪くも目の前のことに全力なのだ。
「なんか分かった。グレアムが女の人に振られるのが……。やっぱり女性にはマメじゃなきゃ……」
と僕が何気なく言うと、背後でコーヒーを飲んでいたアンドレアが呆れ混じりに「おいおいおい…」と呟いていた。
そのとき、裏口の扉をノックする音がして「ごめんくださ~~い」と誰かの声がした。その声は聞き覚えがある。僕は肩をビクつかせ、ばっと振り返る。
休憩中だったアンドレアは腰をあげ、裏口へと向かう。
僕は距離をおいて後ろについていき、ひょこひょこ先を覗く。
アンドレアが裏口の扉を開ける。すると、そこには僕が思ったとおりの人がいた。
(シェ、シェーラちゃん!!??)
今日は学校はお休みだ。そんな日はお隣といえど、シェーラになかなか会えない。だけど、最近は登校下校学校でもよく話すようになって、着々と仲が深まってきていた。
「はい。どうもこんにちは。……オルヴァ呼んでこようか」
とアンドレアが客対応をしている。
「あ、いえ。そうじゃなくてあの…えっと……その」
シェーラの方はアンドレアとあまり接したことがないので緊張している様子だった。
「えっと、えっと……あの! 今日、お父さんとお菓子作ってて、それでいっぱい作りすぎちゃったので、お裾分けしたらってお父さんとお母さんが言ってて、それで……えっとえっと」
シェーラは胸にカゴを抱いている。どうやらその中にお菓子が入っているらしい。
僕は頬を紅潮させた。
(シェーラちゃんの手作り! うわぁ!!)
しかもお菓子も大好きだ。休日に思わぬ幸運が舞い降りて、僕は天にも昇る思いになっていた。
「それはわざわざありがとう。とってもおいしそうだね」アンドレアはカゴを受け取る。
「は、はい。ありがとうございます。じゃあ、私はこれで失礼します。あ、オルヴァくんにもよろしくとお伝えください」
シェーラはまるで先生に言うように丁寧な対応で頭を下げ、恥ずかしいのかすぐに立ち去ってしまっていた。
僕が出る間もなくシェーラがいなくなってしまったのは残念だ。しかし、すぐに僕はアンドレアに駆け寄った。
「わーいわーい。お菓子。お菓子でしょ? シェーラちゃんが持ってきた! 僕、見てたよ!」
「はいはい。お隣さんからお裾分けか……。今度、何か持ってかないとなぁ」
アンドレアは近所付き合いに頭を悩ませていたが、僕はそんなことを考えることもなく浮かれていた。
僕の頭の中のシェーラが言う。
『これ、オルヴァくんのことを思って作ったの。良かったら、食べてくれる?』
『え……シェーラちゃん。い、いいの!?』
『うん。もちろん。オルヴァくんが食べてくれたら、シェーラね…。すっっっごくうれしい』
『シェ…シェーラちゃ~~~~~~~~~~~ん!!!!!』
僕は自分の妄想で泣けてきた。あまりにシェーラが可愛すぎる。
現実のシェーラはこれの千倍可愛いけどね! と一人にやにやしつつ、お菓子をもってリビングに向かうアンドレアの後ろをついて歩く。
アンドレアがお菓子の入ったカゴをテーブルに置くと、僕はすぐにその中を覗いた。
「ラズベリータルトだぁ~~~~~! それとクッキ~~~~!!」
瞳をキラキラさせて、口いっぱいに涎が溜まる。
時間はちょうど小腹がすいてくる頃だ。
「お茶用意しないと! アンドレアも食べるよね!」
「……タルトだけ貰うかな」
「よ~~し!!」僕は食器を用意しに駆け出す。
僕はシェーラが持ってきてくれたタルトと紅茶を喫茶店みたいにちゃんと用意する。
テーブルに対面に座り、フォークでタルトを切り分け、口に運ぶ。
「ん~~~~~!! おいしい!!!!」と僕。
「おっ。これはなかなか……」とアンドレア。
僕らはあっという間にタルトを食べていく。
クッキーは夕食後にとっておくとアンドレアに決められてしまったことは残念だが、まだ楽しみが残っていると思えば、頬が緩む。
(グレアム。シェーラちゃんちのお菓子。すっごくおいしいよ。食べられないなんてもったいないね!)
グレアムはまだまだ帰ってこない。それは寂しいけれど、別の楽しみを見つけて、いつかグレアムが帰ってきたときにいっぱい話すのだ。
僕はリビングの窓枠に頬杖をつき、にんまりと笑った。




