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 今日の授業は写生だった。それで先生が教室の生徒たちを公園につれてきていた。

 僕は地面に体育座りで、太股に真っ白な紙を乗せたボードを置き、絵を描いている。

 鉛筆でガシガシ描いて、自分なりに風景を紙に写す。

 花壇と木と空を描いているが、普段、絵なんてまったく描かないため、正直下手だ。だが不思議と描いてるときは楽しかった。

「よし完成っと。ベルン描けた?」

 と僕は近くで僕と同じように写生をしているベルンに話しかける。

 しかし、ベルンは反応を返さず、絵に集中していた。僕はベルンの後ろに周り、どんな絵を描いているか見てみる。

 なんでもそつなくこなすベルンは絵も上手く、僕はついつい自分のと比べてしまい、両肩を落とした。


(ベルンと比べたって仕方ないよなぁ…)


 とりあえずベルンの絵は見なかったことにして、絵も描き終わったことだし、退屈なので公園を散策し始めた。

 公園には写生に来た僕ら以外にも、散策する老夫婦や、腕を組んで歩く若い男女、親と一緒にピクニックに来た幼い子供など様々だ。

 ふむふむ色んな人がいるなぁ、と思いながら歩いてると、僕はふと一人の男の前で立ち止まった。


 くたびれた格好の男は、古い木椅子に座り、地面に木の棒で似顔絵を描いている。それが本当に上手で、思わず足が止まっていた。

 僕はしゃがんで男が描く絵をじっと眺める。


 若いハンサムな青年が写実的に描かれている。


「おじさん。この人はだれ?」

 つい僕は疑問を声に出していた。もしかして有名な人かもしれないと思ったからだ。

 すると、男は淡々と答える。「私の兄だ」

「ふーん。そっかぁ」

 そりゃあ誰だか分からないよなぁ。と僕は納得する。

 男は僕を気にすることなく、”兄”以外の絵も描く。おそらく自分の家族を思い出しているのだろう。

 母、父、妹……。

 僕は彼の絵をなんとなくずっと見つめていた。

 それは彼の家族なのか、想像なのかは分からない。僕はただ、彼が地面に描く線に引き寄せられていたのだ。


「オルヴァ!」

 とベルンが遠くから僕の名を呼んでいる。僕はハッとして、顔を上げた。

 キョロキョロ辺りを見渡せば、向こうに手招きするベルンがいた。

「もうみんな帰るぞ。ほら、来い!」

 とベルンが授業の終わりを教えてくれている。見あたらない僕をわざわざ探しに来たらしい。

「やばっ」と僕は慌てて立ち上がり男に一瞥(いちべつ)する。「おじさん。それじゃあね!」

 特に男は挨拶を返すことなく絵を()き続けてる。

 僕は地面を蹴って、ベルンのもとへ走り寄った。


 ベルンが口をへの字にして、

「ったく。どこほっつき歩いてんだ」

「ごめんごめんベルン。あのおじさん、絵がめっちゃ上手くてさぁ」

「はぁ…。お前はどこにでも行くなぁ」

 ベルンは呆れ混じりに肩を竦め、早くしないと先生に怒られるぞ、と先を歩き出す。

 僕も一歩踏み出してついて行こうとして、ふと後ろを振り返った。


 男は絵を描く手を止め、地面をぼんやり見つめている。

 自分の描いた絵を一人じっと見ているのだ。

 ふと、男のガラス玉のように空っぽの瞳から、涙が頬を伝う。

 僕は驚いて息をのんだ。


「おいオルヴァ!」とベルンがまた僕を呼んでいる。それは苛立った声だった。

 僕はびくっと肩を揺らし、ベルンの方を見て慌てて走り出す。

 今度はもう僕は男を振り返ることはなかった。


 ◇



 数日後、生徒が写生した絵は、学校の廊下に飾られた。特に、金賞、銀賞、銅賞の選ばれた絵は、良いところに飾られていた。

 その銀賞にベルンの絵が選ばれていた。ちなみに金賞は隣の教室の絵が得意な女子であった。


 僕とシェーラは通りがかりに、銀賞をとったベルンの絵を見ていた。

「うわぁ。上手いねぇ。ベルンくん。他のみんなも上手いなぁ。すごい」

 とシェーラはまじまじと絵を見て感心している。

 けれど、僕はその隣で、あの公園で出会った男のことを思い出していた。すっかり頭の(すみ)にやっていた彼のことが鮮明に蘇る。

 地面に描いた家族の絵を見つめるひとりぼっちの男が泣いている。

 僕は記憶に飲み込まれる。


 あのおじさんはもしかして……


 僕は急に鼻の奥がツンとして、鼻をすすった。


「オルヴァくん?」とシェーラが黙ってしまっていた僕に首を傾げた。 

 シェーラの声に、僕はすぐハッとして、慌てて愛想笑いをしてごまかす。

「シェーラちゃん。シェーラちゃんの絵はどこ?」

 僕が笑顔を向けると、シェーラもどこかほっとしたような表情になった。

「どこだろう? オルヴァくんの絵もどこかな?」

「僕の絵はいいよ。下手っぴだし」

「私も上手じゃないもん」

 僕らはニコリと笑いあい、互いの絵を探しながら、廊下を歩き出す。


 けれど、シェーラと楽しく話している間もしばらく、瞼の裏にあのときの男が浮かんでいたのだった。



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