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霧の中



 早朝、辺りが明るくなり始めた頃、僕はベッドから出て暗い室内を手探りに木窓を見つけ開け、目を大きく見開いた。

(うわぁ……前が見えない…………)

 霧が発生し、街が見えなくなっている。見たことのない真っ白な景色に、僕は瞼を瞬かせ、ただただ唖然としていた。


 身支度をすませ、一階に降りると、朝食と僕のお弁当の準備をするエプロン姿のアンドレアのもとに駆け寄った。

「アンドレア。アンドレア。外見た!?」

「ああ。霧だろ。この辺りじゃ珍しいよな」

「ねぇ~! すごいすごい」

 僕は珍しい現象にぴょんぴょんと跳ねる。

 そして、アンドレアから離れ、外に飛び出して、周りを見渡す。

 霧の中に入ると、案外近くは見えるものの、ずっと先は真っ白だ。色があっても雲みたいに掴めない。

 いつもとは違う街の姿に僕は、はしゃいでいた。


 近くならいいだろうと僕は、家の前の通りを歩き出す。近くに来ると建物はよく見えるけれど、通り過ぎるて振り返ると見えなくなる。そんな自然現象が不思議で、僕はわくわくしながら前に進んでいた。

 歩くなれた通りは、どこを歩いても場所はすぐ分かる。大通りに比べれば、狭い道だが、いくつも店が並んでいて、見ているだけで楽しい通りなのであった。

 そんな霧に包まれた通りを歩いていると、「あれ~? あれ~?」と困っている女の人の声がどこからか聞こえてきた。

 声の方にだんだん近づいてくると、見知らぬ若い女性が地面をうかがって何かを探している。落とし物でもしたのだろうか。

 僕はその女性を横目に通りすぎようとしたのだが、女性は僕に気づいて話しかけてきた。

「ねぇ。そこの君! 道の途中で壷が落ちてるの見なかった?」

「壷?」

 と僕は首を傾げ、まったく心当たりが無かったので、頭を横に振った。

「見ていません」

「そう……。あ~~~んもう、どこに落としちゃったんだろう…」

 彼女は頭を抱え、深い溜息をつく。

「あれを閉じないとなぁ……」と女性は周りを見渡し、また溜息をつく。

 女性は「どこよぉどこぉ……」とぶつぶつ呟きながら、探しながら僕から離れていった。


(こんな霧の中、落とし物、見つかるかなぁ)


 霧で近くしかみえない状態じゃあ、探しものなんて、まともに出来ないのではないか。条件が最悪の中でも探さなきゃいけないというのは、よっぽど大事なんだろう。

 そう考えると、壷を見つけてあげたいなぁ、という気持ちが湧いて、僕も歩きながら地面に壷がおちてないか探っていた。

 でもすぐにそろそろ学校もあるし、探検もこのぐらいにしようと、僕は(きびす)を返していた。


 せっかく早起きしたのだし、朝食を準備するアンドレアの手伝いもしなくては。いつも忙しいアンドレアのことを思い、僕は小走りで家に帰っていた。

 しかし、どういうわけか、一向に家につかなかった。


(あれれ? あれれれ? もう家についててもおかしくないんだけど?)


 通りをまっすぐ歩いて戻っているだけだったのに、どうしてか家にたどり着かない。

 もしかして霧のせいで、間違えて違う道に入ったのか? いやいや、どう考えてもそんな可能性はない。


 僕はサーと血の気が引いていく。気づきたくないと目をそらしていたが、さっきから感じていた違和感にようやく目を向けていた。

(この建物……引き返したときに見たとこだ…………)

 アンドレアの靴屋から歩いて数分の建物を、僕は何度も目撃していた。道は円じゃない、まっすぐなのに、どうしてずっと同じ建物ばかり通り過ぎるのだろう。


「ど、どうなってるの!? 僕はただ霧の中を歩いてただけなのに!?」

 怖いよー! と涙目になって、自分を抱きしめる。

 山で遭難なら、同じ景色を見てもおかしくない。だけど、ここは街だ。しかも土地勘がある場所なのだ。


 そのとき、どしーん! と大きな音と共に地面が揺れた。

 突然のことに、瞼を瞬かせていると、またどしーん! と鳴った。今度も最初よりもっと大きい。

 そして、またどしーーん!! と一番大きく鳴り地面が激しく揺れた。鋭い横風が吹きぬける。

「え……」

 僕は風が吹いた方を見て青ざめる。

 視線の先には、霧の中に巨大な足の陰がある。大きく口をあけ、呆然と陰を追って天を仰ぐ。そこには巨大な人の形の陰があるではないか!


(きょ…きょじん~~~~~~!?!?)

 僕は腰を抜かして尻餅をついた。

 理解が追いつかず、ぞわぞわぞわ鳥肌を立て、青ざめていたそのとき、手に何か固いものが当たった。

 自然と視線が手の方に移り、固いものを手に取る。


「壷……?」

 僕は両手で壷を持っている。その壷は不思議なことに白い煙を吐き出している。だけど煙くないし、熱を感じない。どうやら狼煙(のろし)ではないようだ。冷たくもなく、熱くもない白い煙がもくもくと垂れ流しだ。

 まるで、今周りを包み込んでいる霧のような煙に僕は眉間にシワを寄せる。


 不意に先ほど壷を探していた若い女性が「どこぉ…どこよ壷~~~~~っ」と言う声が聞こえてきた。


 僕はもしかしてこの白い煙を吐く壷が彼女のものなのではないか、と思った。

 知らせなきゃ、と立ち上がろうとするが、通り過ぎたものの、また、どしーん! と地面が揺れた。

 僕は小さく悲鳴をあげて、子鹿のように足を震わせる。

 そこから動けず僕の目にだんだん涙があふれてきた。


(アンドレア、グレアム~~~~~~)

 心の中で助けを求めるが、当然、二人とも来てくれない。


「うっううっ~~~~~っ」

 涙がぽろぽろとこぼれて、鼻をすする。泣いたところで状況が変わるわけではない。

 女性の声も巨人の足音もどんどん遠くになっていく。

 このままここにいても何にもならない。僕は泣きながら、考えて、頭が真っ白になって、ぎゅっと壷を抱きしめた。


 そうだ。とにかくじっとしていても始まらない!

 どうにかしなきゃ!!


 僕は恐怖をなんとか払いのけ、勇気を振り絞って立ち上がる。

「お姉さん~~~。壷ありましたよ~~~~」

 僕は声を張り上げながら、走り出す。彼女は確かあっちの方角に行ったはず。

 必死にがむしゃらに走っていると、柔らかく固いものとぶつかった。体をバランスを崩しかけるが、なんとか踏ん張ることが出来た。

 ぶつかった相手の方も倒れるまではいかず、「いててっ……」と呟いたあと、僕に気づいた。

「あれ。君はさっき会った…………って、あなたその壷!」

 と彼女は僕の壷を指さす。

 僕は煙を吐く壷を差し出す。

「探してた壷ってこれですか?」

「そうよ。これこれ! あ~~~~よかったぁ~~~~~」

 彼女はほっとしたのか、へなへなと尻餅をついて地面に両手をつく。

「も~~~。これ以上、あっちとこっちがつながったらどうしようかと思ったわ」

「あっちとこっち?」

「そうなの。この壷の煙が長時間ただようと、異界と接続しちゃって、世界がごちゃごちゃに…………って私ってば何を言っちゃってるの!?」

 彼女は慌てて両手で自分の口を塞ぎ、一息ついて手を離して、僕にひきつった笑みを向ける。

「な~~んちゃって。だったらちょっと面白いわよね~~~っ」

 無理矢理、満面の笑みを浮かべている彼女に、僕は困惑しながらもつられて笑う。


 そして彼女は手元に持っていたらしい(ふた)で壷を閉じた。煙は吐き出されなくなり、さらに厳重にヒモで塞ぐと、それを鞄の奥にしまっていた。

「ありがとう。少年。落とし物を見つけてくれて」

「いえ、それはいいんですけど、あの僕、家に帰りたいのに、全然帰れなくて」

 僕は不安をぶつける。すると彼女は今度は本当の笑顔を僕に向けた。

「それは大丈夫。すぐ霧も晴れて、家に帰れるわ」

 と彼女は言うと、僕の背中に周り、トンッと後ろから押し出す。

 僕は押し出され一歩前に足をふみだしたとたん、霧は一気に消滅した。


 前方を見上げると、目の前にはアンドレアの靴屋があった。家だ。家についたのだ。

 一体どういうことだろうと、女性に聞きたくて振り返るが、もうそこには誰もいなかった。すっかり霧がはれた街は、いつも通りの朝を迎えている。

 狐につままれたような気分で、何も分からず、とにかく僕は、玄関から家に戻る。


 リビングにあがると、朝食の準備はできあがり、お弁当も完成していた。

「アンドレア。霧が……」

「ん? 霧? 霧が出てるのか?」

 とアンドレアは窓の外を見るが、澄み渡った青空のもと街の姿がハッキリ見えていた。

「どうしたんだ。オルヴァ?」とアンドレアが首を傾げている。

「え? え?」

 僕は朝霧が出てたよね、と尋ねると、出てないとアンドレアは答えた。

「濃い霧が街を包んでたじゃん!」と僕はいいつのる。

 しかし、アンドレアは否定する。


 かみ合わない記憶に唖然とする中、アンドレアは「夢とごっちゃになってるんじゃないか」と言った。

「夢……夢か…………」

 と僕は呟き、困惑のあまり、確かにそうかもしれないと思い始めていた。

 白い煙の壷、巨人の陰、謎のお姉さん、どれもこれも夢なら説明がつく。


 僕とアンドレアは食卓につき朝食を食べる。いつもどおりパンをちぎって頬ばってお腹を満たしてると、たんだん朝の記憶が薄れていく。

 登校する時間になった頃には、僕は朝の出来事が夢であったかのように、不思議とすっかり忘れてしまっていたのだった。



 ◇


 市門の前、鞄を肩に掛けた若い女性が街を出ようと歩いている。

「もう。壷め。今度は絶対騙されないんだから。もう逃げちゃダメよ!」

 と彼女が唇をとがらせ、ぽんぽんと壷の入った鞄を叩く。

 すると壷はまるで女性に答えるかのようにカランコロンと乾いた音を鳴らした。




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