着ぐるみ
昼過ぎ、街は青空なもとで活気立っている。
僕は学校からシェーラと話しながら帰っていると、いつの間にかウチの近くまで来てことに気づいた。
(シェーラちゃんといると、時間があっという間だな)
楽しいと時が経つのが本当に早い。もっとずっと話していたいが、そんなわがままを通すわけにはいかない。そんな内心寂しい気持ちを抱きながら、僕は一歩一歩自宅に近づいていた。
僕とシェーラが暮らす辺りは、小さな店や工房が並んでいる。シェーラの家の雑貨屋はここで開業して一ヶ月半ほど経つが、店はだんだん通りに馴染み始めていた。
シェーラの家の雑貨屋が見えてくると、店の前に着ぐるみの猫がいて、風船を幼い子供に渡していた。店の宣伝活動に勤しんでいるようだ。
「ねぇ。シェーラちゃん。あの着ぐるみの猫……フィンリーさん?」
と僕は尋ねた。フィンリーとはシェーラの父のことである。
シェーラは腕を組み、
「う~~ん。最近、お母さんが入ってることもあるからなぁ」
「え! シェーラちゃんのお母さんも着ぐるみ着るの!?」
僕はびっくりして目を大きく見開いた。
シェーラの母ニナは、真面目で芯の強い女性だ。しかし、いつもニコニコして愛想の良い父親のフィンリーと違い、母親ニナは表に出るのを好む性格ではないように見えた。
「あの着ぐるみ、二人とも気に入っちゃったみたいで」
とシェーラは苦笑をこぼす。
僕は相づちを打って、着ぐるみを観察する。果たして夫婦のどちらが入っているのか。
そのとき、「どろぼう~~~~っ」という必死の叫びが聞こえてきた。
僕とシェーラが声がする前方を見つめると、何やら中年の男が全速力で走り、その後ろをこの通りで店を営む店主の一人である男が追いかけている。
店の品物かお金が盗まれたのだろうか。
こちらに走ってきてるので、僕とシェーラは心臓をドキドキさせながら、目立たぬよう隅に寄った。
そのとき、風船を両手に持って子供たちに配っていたシェーラの家の着ぐるみが、風船から手を離し、泥棒に向かって地面を蹴った。風船は空高く上空へと舞い上がっていく。
しかし飛んでいく風船に視線を向ける暇もなく、気づけば、泥棒は着ぐるみによって地面にひっくり返っていた。
一瞬のことで視界が追いつかない。何か素手で技を繰り出したようだが、あまりに鮮やかだったので、皆が感心し拍手喝采を送っていた。
着ぐるみは周りに観衆が出来、自分が注目されていると気づくと、ハッとして、何故かしゅんとして身を縮ませた。しかし泥棒は逃がすことなく、泥棒を追いかけていた店主に引き渡した。
なにやらお礼を一通り言われ、周りに恐縮しながら、小走りで雑貨屋に戻っている。
シェーラの母は武術の達人だと聞いている。
僕は目をキラキラ輝かせて着ぐるみを指さし、
「着ぐるみの中、シェーラちゃんのお母さん、かな?」
「そうみたい」
お父さんはあんなこと出来ないもん。とシェーラは答える。
「すごいねぇ。シェーラちゃんのお母さん!」
僕が興奮してそう言うと、シェーラは苦笑しながら頬を掻いた。
僕らが雑貨屋の前までたどり着くと、壁に手をついてちょっと落ち込んでいる猫の着ぐるみにシェーラが話しかけた。
「お母さん。さっきの見てたよ」
怪我してない? とシェーラは母ニナをうかがう。
するとニナは着ぐるみの状態で答えようとして、慌てて口を押さえ、家に入るよう身振り手振りをした。着ぐるみは雑貨屋の横の窮屈な路地に入っていく。
僕とシェーラは顔を見合わせ、首を傾げると、着ぐるみの後を追った。
路地を通ると裏口から雑貨屋に着ぐるみについていって入る。
裏口のドアの先は雑貨屋の奥で、シェーラの家の一階部分の住居となっている。
猫の着ぐるみが頭を取る。すると、シェーラの母ニナの顔が現れた。ニナは椅子にかけられていた手ぬぐいで汗を拭った。
ニナは一息つくと、僕らの方に視線を向ける。
「表では返事が返せなくて。このキャットくんは、しゃべらないマスコットだから」
とニナが真面目に説明する。
僕は瞼を瞬かせる。「キャットくん?」
「この着ぐるみの猫のことよ。キャットくんは一才。山から丁稚奉公に出てきた子猫の男の子なの」
「……」僕は猫の着ぐるみのそんな設定があるとは思わず、呆気にとられた。
「家族と離れてホームシックになりつつも、キャットくんは引っ込み思案で恥ずかしがり屋なのに、一生懸命、ウチの雑貨屋を広めるためにがんばってくれてるのよ」
「そ、そうなんですね。へぇー…」と僕は戸惑いつつ相づちをうつ。
「知らなかった。この着ぐるみにそんな設定が……」とシェーラもびっくりしている。
そしてシェーラの母ニナは深い溜息をつく。
「そう……キャットくんは引っ込み思案で恥ずかしがり屋。…………キャットくんなら泥棒を捕まえようと前に出るかしら。いいえ。もっと慌てふためいて戸惑っているんじゃないかしら…………」
ニナはまた溜息をつくと、椅子に座ってうなだれた。
「私は可愛いマスコットなのに……。しかも持っていた風船は全部飛ばしちゃったし……」
ニナは結構真剣にマスコットに取り組んでいたらしい。キャラに徹することが出来なかった自分に落ち込んでいた。
「お母さん。お母さんは人助けをしたんだから、そんな落ち込むことじゃないよ」とシェーラ。
「そうですよ!」と僕も加勢する。「とってもかっこよかったです!!」
「キャットくんは可愛い路線なのよ……」
不器用だけど健気で一生懸命なのよ……とニナは額に手をあて、嘆息した。
そこに店番をしていたシェーラの父フィンリーが茶器を持って現れた。
「ニナ。お疲れさま……ってなに落ち込んでるの?」
フィンリーはシェーラにお帰りなさい、僕にいらっしゃいと笑顔で挨拶し、ニナに視線を戻した。どうやらフィンリーさんは先ほどの捕縛の様子を見ていなかったらしい。
「お父さん。お母さん、すごかったの。着ぐるみを着たまま、泥棒捕まえたの」
とシェーラが説明するとフィンリーは数秒口をぽかんと開け、やがて「ニナ怪我は?」と眉尻を落として心配そうにニナに問いかけた。
「大丈夫。あれくらいで怪我はしないわ」とニナは真面目に答える。
「そう……」とフィンリーさんは少しほっとした様子を見せるが、ニナに近づき両手でニナの頬を覆った。「君が強いのは知ってるから心配するのもおかしいかもしれないけど……無茶はダメだからね?」
「……」ニナは黙って頷く。
自然と身を寄り添いあうフィンリーとニナの様子に、これが夫婦というものか……と部外者の僕は見てはいけないものを見てしまったようなドキドキがして赤面する。
夫婦のラブラブな空気が室内に広がっていたが、距離が近い両親を友達に見られていることにシェーラが耐えられなかったのか「お父さん!」と声を張り上げた。
「お母さんがマスコットの着ぐるみを演じきれなかったって落ち込んでたよ!」とシェーラは雰囲気を戻そうと必死にまくしたてる。
「へ? そうなの?」とフィンリー。
「かっこよく泥棒を捕まえちゃったけど、キャットくんは引っ込み思案で恥ずかしがり屋なのにって!」
「確かにそういう設定だった……。う~~~ん」
フィンリーは腕を組んで眉間を寄せる。中性的な美貌のフィンリーはどんな姿をとっても様になっていた。
やがてフィンリーは手をぽんっと叩いて、何かひらめいた。
「じゃあキャットくんは、天性の武術の達人ってことにしよう!」
「え?」とシェーラと僕は目が点になる。
「幼いながら武術の才能の片鱗を見せたキャットくんは故郷の武術の師範に熱烈に勧誘を受ける。しかし心優しいキャットくんは、どうしても人と争うことはしたくなくて、逃げるように僕らの雑貨屋に奉公にきたんだ……」
フィンリーは自分で言って楽しくなってきたのか言葉に熱が入る。
「しかし、キャットくんは引っ込み思案だけど困っている人が放っておけない。だから思わず天性の武術の才に導かれ、今日のように泥棒を捕まえてしまう。そんな自分にびっくりするキャットくん。だがそんな経験をへて彼の考えは少しずつ変わってゆくであった……」
次回キャットくん武術の師匠と出会う、に続く! とフィンリーは一人納得していた。
「いやぁ、キャットくんにそんな話があっただなんて。君の今後が楽しみだよ」
フィンリーはテーブルに置かれた猫の着ぐるみの頭部に話しかけている。
いやいやフィンリーさんが考えたんですよ、と僕は心の中で呟く。
でも、おかげて落ち込んでいたニナはなるほどとそれなら設定にブレはない、よりキャットくんが魅力的なキャラクターになったのでは、と真面目に一人頷いている。
僕とシェーラは夫婦のちょっぴり不思議な会話に、お互い目を見合わせる。そして、やがて苦笑をこぼし、クスクスと笑いあった。
僕はシェーラの家をあとにする。
(シェーラちゃんの家族って楽しそうだなぁ)
そんなことを思いながら玄関の戸を開けると、アンドレアに向かって元気いっぱい「ただいま~!」と言ったのだった。




