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掃除



 街には雲一つない青空が広がっている。

 そんな天気の良い中、靴職人のアンドレアは、一階の狭い物置部屋を整理していた。

 長年放っておいた室内には、蜘蛛の巣があちこちにでき、(ほこり)が被っている。腕まくりをして、(ほうき)で床のゴミを集めると、(ほこり)が待って、アンドレアは()き込んだ。

 

 僕は一階に降りたところでアンドレアの(せき)する声に気づき、ひょいとアンドレアがいる一室を覗く。

「なにしてるのアンドレア?」

「見ての通り掃除中。ちょうど良い。ちょっと手伝え」

「げっ! えええ~!!」


 僕は嫌そうに顔を歪ませると、アンドレアは「少しだけだ。掃き掃除だけでいい」と手招く。

 まぁ掃き掃除だけなら……、と僕はアンドレアから(ほうき)塵取(ちりと)りを受け取った。

 アンドレアは雑巾で棚の拭き、すぐに真っ黒になった雑巾を見て、これは大変だと眉間を寄せた。「十年ほったらかしにしてたつけか……。はぁ」


 僕はアンドレアの深い溜息を横目に掃き掃除をしていく。そういえば、たまにこの物置部屋を覗いてみることはがあるものの、今日は窓が開いているが、いつもは窓を締め切り、真っ暗で、しかも古い人形が並んでいて不気味なため、ほとんど入ったことが無かった。

 僕は人形と目を会わせないようにしつつ、さっさと解放されたくて掃除に専念する。


「奥さんがいたときは、掃除が行き届いて、(ちり)一つ無かったんだが」とアンドレアがボヤく。

「奥さんって親方さんの?」

「そうそう」

 アンドレアは親方夫妻のもとで住み込みで靴職人の修業に来て、縁あって、この家を引き継いでいた。

 僕がここにくる前に親方夫妻は亡くなっているので、僕は会ったことがない。


(どんな人たちだったんだろう……)


 同じ家に暮らしているものの、僕の知らない過去がこの家にはある。


「親方さんの奥さんってどんな人だった?」と僕は尋ねてみる。

「優しい人だった。飯は美味いし、働き者だし。ちょっと小言は多かったけど」

 とアンドレアは思い出して、苦笑いを浮かべた。

 それからまた、アンドレアは話を続ける。

「親方は仕事の話以外、ほとんど話さなかったから、奥さんの話し相手はもっぱら俺でさ。なんだかんだ可愛がってくれたと思う」

 懐かしそうにアンドレアは目を細める。

 アンドレアの表情は柔らかい。それに奥さんの話をする彼は、ほんの少し子供のようにも見えた。


「奥さんが亡くなってからは、なかなか家事が回らなくて……。はぁ……」

 アンドレアは何やら一人落ち込んでいる。


 それから僕らは懸命に掃除に勤しんだ。最初は掃き掃除だけという約束だったが、結局流れで水拭きも手伝っていた。

 ここまで来るとピカピカになるのが楽しくなってくる。

 それにアンドレアが暮らす以前からの古いものもあり、歴史を感じてなかなか興味深かった。

(あの古い人形さえ無ければ、入りやすいんだけど……)

 物置に置かれていた昔のおもちゃや道具を見ていると好奇心がそそられる。だがチラリと人形に目を移して、びくっと肩を揺らし、顔を伏せた。人形はただそこに置かれているにすぎないのに、目があった気がして、肝が冷えた。

 今はアンドレアが一緒だから、恐怖が軽減されているが、一人ではとても入れない。

「ねぇ。アンドレア。あの人形さ…………」

「ん?」アンドレアは僕が指さした人形を見る。

 不気味、怖い、と言おうとして、こんな人形の前で言ってら聞こえてしまう、と口をつぐむ。自分は一体なんの配慮をしてるのだろう。人形はただの人形だ。意志を持って動くものではないというのに。


 しかしアンドレアは人形に対して僕とは違う反応を見せた。

「これか。可愛いだろ。人形の服は奥さんが作ったものでなぁ。多分、この部屋のどっかに他にも人形の服があるはずだ」

 すっかり(ほこり)が被っちゃって。とアンドレアは人形にハタキをかけ、(ほこり)を落とした。


 埃を払ったら少しは見た目がマシになったかな、とそっと人形を見るが、やっぱり恐怖は拭えない。


(はぁ。人形は苦手だ……)


 ぬいぐるみなら平気なのに。僕はそんなことを考えながら、アンドレアを手伝ったのだった。


 ◇


「疲れたね…」と僕。

「そうだな…」とアンドレアが返事する。

 僕らはきりの良いところで掃除を終え、物置部屋から出たところだ。

 リビングのソファーでゆっくりお茶でもしようと思ったそのとき、どこからか美味しそうなにおいがした。

 思わずじゅるりと口の中に(よだれ)が溜まる。

 くんくんと鼻を動かすと、そのにおいがするのはお隣だと、僕は気づいた。


「お隣……シェーラちゃん家から良い香りがするね……アンドレア…………」

「そうだな……もうお昼なのか…………」

 互いにお隣さんの家に視線を向け、お腹が刺激されたのか、ぐぅと腹が鳴る。

 アンドレアと僕は腹をさすり、顔を見合わせる。

「飯行くか」

「うん!」

 僕が諸手をあげて喜ぶ姿にアンドレアは口端を緩ませる。

 しかし、掃除でなかなかに服が汚れたため急いで着替えて、手をしっかり洗うと、二人で家を飛び出した。


 ミートパイ、グラタン、オムライス。食べたいものがたくさん頭の中をぐるぐるしてる。

 掃除の疲れはどこへやら、僕はわくわくしながら、アンドレアの後ろをついていくのだった。



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