転調
ヒスイと名付けられた血の剣は、その美しさに相反するかのような悍しい武器であった。
まず、速い。
まるで紙の剣でも扱っているかのように、重さを感じさせない程に太刀筋が見えない。
次に、痛い。
斬られた箇所がまるで融けてしまうような、蝕むような激しい痛みが何時迄も続く。
そして、適度に脆い。
斬られた傷口に剥がれた剣の欠片が残り、じわじわと血肉を融かしていく。
僕が出来る事といえば、剣の軌道をなんとか急所から逸らす事だけだった。
「どうしたの?もう降参?」
骨まで達しそうな痛みに堪らず膝を着いた僕を見下ろしながら、瞳を爛々と輝かせて彼女は言う。
人間とは全くかけ離れた、あまりにも、あまりにも恐ろしいソレは、傷だらけの僕に勝利宣告のように剣を向ける。
一瞬でも渡り合っていたと思った僕が馬鹿だった。
圧倒的な強さだ。人間と吸血鬼。経験。その明確な力の差が勝敗を決めた。
彼女と踊っていたのではない。
彼女に踊らされていたのだ。
その事実に気付くのが嫌で、嫌で嫌でしょうがない僕はなんとか立ち上がって彼女と対峙する。
「名残惜しいけど、私もやる事あるから」
寂しそうにそう呟くと、彼女は僕の首に向けて剣を
だが、
彼女の足下に、小さな何かが転がった。
それは手榴弾というやつで、
僕は咄嗟に彼女を庇おうと駆け出して、
でも足下を見た彼女の方が早くて、
彼女は僕を庇うように突き飛ばした。
壁に激突した僕は一瞬息が出来ず、何が起こったか分からなかった。
目の前に飛ばされてきた、背中を大きく抉られた彼女。
悲鳴と共にのたうち回る、遠巻きながら最前列で見ていた子供達。
そして子供達の中から高笑いと共に顔を出したお父様。興奮した様子で負傷した子供達を跳ね退けながら彼女を指差している。
「やったぞ!吸血姫を倒した!俺が!この俺が!」
虫の息の彼女が血を吐く。足や背中に手榴弾の爆発でめり込んだ欠片が見える。もう踊れない。
美しいヒスイは砕けてしまった。もう戦えない。
しかし、ボロ切れのようになっても彼女は僕を見て、唇を動かした。
【よかった】
そして悲しそうに微笑み、
【ごめんね】
そう呟いた。
僕は掌大に砕けてしまった剣の欠片を手に取った。それはナイフのように尖っていて、僕の掌に傷をつけた。
お父様が近づいてきて、僕の前で彼女を蹴り転がす。
「阿婆擦れめ!俺のモノに手を出そうとしたからだ!貴様は俺の研究材料として死にたくなるくらい痛めつけて、壊して、殺してやるからな!」
僕はゆっくりと立ち上がる。それに気付いたお父様が笑顔で両手を広げた。
「よく引き付けてくれた!さあ、褒めてあげよう!おいでQek!」
僕は男の腹に剣の欠片をねじ込んだ。