血塗輪舞
先に動いたのは少女だった。
小細工も無しに真っ直ぐに突っ込んでくる。普通ならそれを躱して背後に回り、首を掻き切ってしまえば終わりだ。
だが、
――速い!?
目で追えぬ程の速さに、咄嗟に回避行動がとれない。ならば、と手に持ったナイフを迎え撃つように突き出す。
狙いは眉間。
だが、少女はそれを紙一重で回避し、片手で僕の顔面を捕まえて勢いのまま引きずり倒す。叩きつけられ血塗れのレクリエーションルームの床が破片を撒き散らしながら陥没する。
脳が揺れる。視界がブレる。痛覚がボヤける。
「もうちょっと眠っててね」
そう言って彼女は手を離したが、僕は意識を手放さなかった。
油断した少女の脇腹にナイフを突き立てる。
「!!」
ナイフの冷たさに、あるいは予期せぬ反撃に顔を歪めた少女が飛び退る。
「いっ……た……」
脇腹を押さえて少女は呻く。ドロドロと溢れる血の量からして恐らく肝臓の辺りを傷つける事が出来た。長くは保たないだろう。
普通なら。
「……シロちゃん、やるじゃん」
彼女は痛みに顔を顰めながらも、楽しそうに、愛らしく笑う。
「これは、手加減、とかできない、かも」
少女はそう言うと、脇腹の傷口から手を離す。傷口は赤い結晶に覆われ、溢れ出る血が止まる。
「バケモノめ……!!」
その姿を見ていたお父様が忌々しそうに呻く。その言葉に、少女は悲しそうに瞳を揺らした。
「貴様、吸血姫の1人だろう!その顔、資料で見たことがあるぞ!俺の被験体を僕にするつもりだろうが、渡してたまるか!殺せ!Qek!俺の物を横取りしようとした事を後悔させてやれ!!」
唾を吐き散らしながら、悍ましい程の形相でお父様は僕に命令する。
「違う!私は……」
お父様に向かって悔しげに否定を叫ぼうとする彼女に、僕はその視線を切るように飛びかかる。
「シロちゃん……!どうしてそんな奴庇うの!」
少女が悲しそうに僕を見て、対峙する。僕は何も言わずに彼女にナイフを突き出す。それに応えるように彼女が突き出した僕の腕をかち上げ、ガラ空きの胴体に拳を突き出す。僕はそれをもう片方の手で受け流し、顎に向かって蹴りを放つ。放たれた蹴りを彼女が避ける。
それはまるで、息のあった輪舞のようで。
僕の心はそれだけで、ただそれだけで満たされていく。
お願い。僕を見て。僕だけを見て。
被験体達も、お父様も、他の誰も見ないで。
今だけは、僕だけを。
嗚呼、このままずっと彼女と踊っていたい。