予感
夢を見ていた気がする。
誰かに抱き締められる。
暖かくて、
柔らかい、
夢。
不意に、目が覚めた。
1番最初に知覚したのは鳴り響くアラームの音。それが頭の中を激しく揺さぶる。真っ白な視界。それに酷い頭痛だ。吐き気もする。
徐々に視界が鮮明になる。いつもの房の天井が見えた。
アラームが鳴り響く。
僕は勢いよく飛び起き、大きくふらつきながらもなんとか立ち上がった。
緊急警報アラームの音はけんきゅうじょ全体に鳴り響いている。これが意味する事は一つ。
“敵”だ。
“敵”が現れたのだ。
房から飛び出す。既に周りの房に被験体達はいない。僕が意識を失っている間に全員出払ったのだろう。
『私が、助けてあげる』
嫌な予感がする。
一旦、僕の脳はその憶測を拒否した。
曖昧な予測に頼ってはならない。先ずは“敵”と味方、互いの戦力を確認する。それからお父様の指示通り“敵”の殲滅。
大丈夫だ。僕にはできる。今までだってやってきたじゃないか。
なのに何で、こんなにも怖いんだろう。
僕は震える体に鞭打ちながら壁伝いに移動を開始した。
「あれ? ……もう起きたんだ」
「な、何をやっていた! 被験体Qek!」
嫌な予感は的中した。
それも最悪な形でだ。
血と臓物の生暖かい香りが鼻にこびりつく。真っ白で広いレクリエーションルームは真っ赤な血で染まっていた。床には血溜まりと被験体と今まで見た事も無かったお父様以外の大人の死体が転がり、光を受けてテラテラと輝いている。
まだ生きている被験体達が壁際にいるお父様を護るように一ヶ所に固まっていた。それに対峙するのは、1人の少女。ふわふわの金髪は血でべったりと張り付き、赤銅色の瞳は猟奇的に輝いている。僕の房に絵本を読みに来ていた少女だ。
いや、見間違いかもしれない。他人の空似かもしれない。その一瞬、僕は信じてもいなかった神様に祈る。「どうか彼女ではありませんように」と。
しかし
「シロちゃんはそこで待っててね。大丈夫! 私が絶対に助けてあげる!」
そう言って血に塗れながら微笑む少女は、間違いなく「きゅうけつき」と名乗った少女だった。
「Qek! 何をボサッとしている! そいつが“敵”だ!」
お父様の声で我に返る。
そうだ。
僕の使命は“敵”を葬る事。
「早く殺せ! 心臓を刺し貫け! 首をはねろ!」
床に転がる被験体のまだ暖かな手から刃の厚いナイフを引き剥がす。
「はい、お父様」
僕の喉は、自分でも驚く程に冷静に声を吐き出した。
「シロちゃん……。そっか、そうだよね。うん、しょうがないよね」
少女は寂しそうに笑うと、足を揃えて僕に向かって頭を下げた。
「殺しちゃったらごめんね?」