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吸血姫異聞  作者: 染井めそ
一章:転生
3/13

遭遇

彼女と初めて出会ったのは、約2ヶ月前。

小さな窓から溢れる満月の明かりの中、僕は本を開いていた。理由は無い。ただ単純に、眠れなかったのだ。何百回と読んで頭に叩き込んだ内容だが、ただ暇を持て余すよりはましだろう。そう思って頁を捲ってはいるが、眠れない事には変わりはない。後数時間後にはアラームが鳴り響き、被験体の起床時刻となる。起床時刻を過ぎてしまえば昼の休憩まで訓練と勉強の時間だ。なんとか眠らなければならない。そんな焦りが眠気の邪魔していたのかもしれない。こんなことでは明日お父様(father)に叱られてしまうだろう。

そんな風に考えながら本を読んでいると、月明かりが遮られる。雲にでも覆われたのだろうかと、何の気なしに窓を見上げると、格子の向こうから二つの赤銅色が覗いていた。


それは、見たこともない愛らしい少女だった。

金色の柔らかな髪が、風にあおられて揺れている。赤銅色の瞳が、呆けた僕を見つめていた。


いや、違う。彼女が見つめているのは、僕の持っている本だ。試しに本を閉じてみると、少女の眉間に皺が寄る。


心臓が早鐘を打つ。何しろ、初めての事だ。窓の外に太陽や月、星を見たことはある。外で鳥が飛んでいるのも見たこともある。だが、窓の外に少女がいるなんて、一度たりとも経験した事が無い。

僕は緊張と興奮で震えながら本を置き、窓の鍵に手を掛ける。

僕は、何をしているのだろう。

こんな事態、お父様(father)に教わっていない。お父様(father)は敵意を向けて来る者には殺意を、好意を向けて来る者は利用しろと言っていたが、彼女は何を向けているのかが分からない。

窓を開けると、冷たい夜風と少女の香りが部屋の中に入って来た。その時になって初めて少女が僕を見る。


僕は、その赤い瞳を美しいと、生まれて初めて心の底から思った。


「君は……」


バクバクと、心臓が鳴り響く。これは、何だろう。

少女が首を傾げる。


「……本、見たいの?」


すると、少女は数度瞬きをした後、ゆっくりと頷いた。


「じゃあ……あ、でも、格子があるから入れないか……」


入っておいでよ。と言おうとしたけれど、僕と少女を隔てている格子の存在に気付く。なるほど、格子は外からの侵入者を防ぐ為のものだったのかと今更ながら納得していると、少女が格子に手を掛けた。

悲鳴のような、軋む音をたてて格子が引き抜かれる。僕はその光景を、見守る事しか出来なかった。少女は格子の外れた窓から房へと進入してくると、茫然とする僕の目の前を横切り、何事も無かったように本を捲り始める。しかし、何か不満だったようで面白くなさそうに首を傾げた。


「ねえ、これ絵本じゃないの?」


少女は本を指差し僕に声をかける。僕はというと、声をかけられたことにより乾いた唇を開き、ようやく少女の質問に応える。


「……違うよ、解剖学の専門書」


「へえ、じゃあ、絵本貸して」


少女は専門書には特に興味が無いようで、僕に向き直り手を出して笑う。


「ここには無いよ」


「どこにあるの?」


「図書室に……」


そこまで言って僕は口をつぐむ。そういえば、この子は被験体じゃない。被験体以外がけんきゅうじょを歩き回っては混乱が起きてしまう。


「分かった、行ってくる」


僕は房から出ようとする少女の裾を摘んで引き止めた。


「ダメだよ、君は被験体じゃないから」


「大丈夫大丈夫。私、慣れてるもの」


だが、少女は言うことを聞いてくれそうにない。


「ダメだよ。他の被験体やお父様(father)に見つかったら……」


殺されてしまう。






今、僕は何を考えた?







「そっか、うん。そうだよね……ごめんね?」


すると少女は分かってくれたのか、残念そうに肩を落とす。

僕にはその姿があまりにも不憫に見えて


「……明日また来るなら、僕が借りて来てもいいけど」


つい、口にしてしまった約束。


すると少女は花が咲くように笑い、興奮したように僕の手を握った。柔らかで、暖かな感触。


「じゃあ、じゃあ、明日、またこの時間に来るね。約束だよ?」


そう言って少女は踊るように窓から出て行こうとする。


「あ、待って、君は……」


僕は咄嗟に少女の背中に声をかける。


「私?わたしはね」


月を背景に、少女が振り返る。









「きゅうけつきだよ」








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