明け方の逢瀬
僕は被験体Qek。
特徴は白髪、黄色の虹彩、他の被験体よりも白い肌、痩せ気味の体格。「けんきゅうじょ」という場所で他の被験体と共に暮らしている。
被験体達は基本的にお父様の命令で仲良く過ごす事を義務付けられている。義務付けられているからといって喧嘩が起こらない訳ではないのだけれども。
お父様はけんきゅうじょのヒエラルキーの1番上。僕ら被験体にとって神とも言うべき存在だ。だから、誰もお父様には逆らわない。逆らう事など考えもしない。
お父様の命令ならば嫌いな奴とも仲直りするし、
お父様の命令ならば何でも食べるし、
お父様の命令ならば誰でも殺す。
例え家族同然に育てられた被験体同士でも。
被験体はそう育てられてきた。
全てはお父様に認められる為に。
明け方が近い深夜、全ての被験体がまだ寝静まっている頃。僕は自分の房に帰り、眠る準備をする。
今日は被験体を一体、お父様の命令で解体した。その被験体は命乞いをした後に「おかあさん……」と言って息絶えた。どうやら外から来た被験体だったらしい。僕はけんきゅうじょでの記憶しかないから、お父様以外の大人を知らないが、外から連れてこられた被験体は「おかあさん」を知っている。死ぬ間際に口にする程に「おかあさん」というのは偉いのかとお父様に質問したら、血が出るまで打たれた事がある。
僕が解体を終えると、お父様は被験体だったものを棄てるように命じ、僕を褒め、撫で、抱きしめる。そして
コンコン、とノックの音が響いた。
音の方を見れば、小さく切り取られた窓の外で赤銅色の瞳がこちらを見ていた。僕は疲れた体に鞭打って立ち上がり、窓を開ける。
「シロちゃんおはよう」
そう言って格子の向こうにいる彼女は首を傾げてへらりと笑う。金色のふわりとした髪が揺れた。
「……おはようございます」
寝不足による不機嫌を顔に出さずに頭を下げると、彼女はクスクスと笑い「機嫌悪いなーもー」と言いながら緩くなっている格子を外し、小さな窓から房の中へと入って来た。
房の中はベッドと机、トイレ以外の物は無い。そして、子供の僕と彼女が手を伸ばせば当たってしまう程に狭い。
「ねえねえ、今日は何の本があるの?」
ベッドに腰掛けた少女は周りの房に声が漏れぬよう、ひそひそと囁く。
「今日は……これ」
僕は机の上から絵本を手に取り彼女に渡す。けんきゅうじょ内の図書室から借りて来た物だ。
「わあ、綺麗な絵……いつもありがと」
少女はそう言うと、絵本を片手にベッドから降りて机に腰掛け、絵本の内容を口にする。
「まおうのむすめとほしのきし。むかーしむかし、あるところに、まおうのむすめがいました。……」
囁き声と紙の擦れる音を聞きながら、僕はベッドに横たわる。そして、彼女の心地良い朗読を聞きながら眠りに落ちた。
「……きしはいいました。『ぼくをあなたのきしにしてください』」