林檎
その後、僕達はけんきゅうじょを脱出し、彼女の傷の手当てをしてから痕跡を消しながら遠くへ、遠くへと逃げた。ずる賢い狐のように途中まで道に血や足跡をつけ、一度戻って痕跡を消しながら別の道に逃げたり、森に入れば木に登って猿のように枝を渡りながらひたすら逃げた。
そうして誰も僕らを追ってこなくなった頃、怪我も治って元気に腕を回す彼女に決闘を申し込まれた。
「……食事中なので却下します」
りんごをかじりながら断る。このりんごはやや酸っぱい気がする。
「もー!シロちゃんいつも何かにつけて断るじゃん!昨日は寝る前だからって言ってさっさと寝ちゃうし、一昨日は人の気配がするからだめって言うし!あの時は邪魔が入ったけど、今日は大丈夫!もう追ってくる人もいないみたいだし!」
そう言って目を輝かせて僕に詰め寄る彼女に頭を抱える。安全になったからと言って僕らに戦う理由はない筈だ。それを彼女に言うと腕を組み首を傾げながら難しそうな顔をする。
「でも、あの時楽しかったよ?私、久々に興奮したもの!」
聞き分けのない子供のような事を言う。確かに僕も楽しかった。けれどそれはそれ。
「ここで無駄に消耗する意味は無いと思います」
「シロちゃん頭かたい!がんこもの!いくじなしー!」
「なんとでも言って下さい。僕らに戦う理由はもうありませんから」
膨れた彼女に出来るだけ甘そうなりんごを投げ渡すと、彼女は渋々と受け取り頬を膨らませてりんごを食べようとする。
「ちょっと待って、お互い戦う理由もないけど、助け合う理由もないと思うんだけども」
それもそうである。何故僕は彼女の世話を焼いているのだろう。
その理由に気づいた時僕は、思わず彼女の顔を見てしまう。彼女は気づかないのか、りんごを眺めながら唸っている。
「それは」
それは僕が貴女に、
「僕を貴女の騎士にしてくれませんか?」
ふ、と口を突いて出た言葉。何を言っているのか。彼女も突然の事にきょとんとしている。僕は一体何を言っているのか。
「ごめんなさい、なんでもないです」
忘れて下さい。と続けようとして
「ごめんね、それはできない」
僕の願いは受け入れられなかった。
「君を眷属にしてしまうと、私の事情に巻き込んでしまう。それだけは、だめ」
真剣な眼差しで僕を見ながら、彼女は僕の願いを聞き入れない。
僕は、浮ついていたのかもしれない。
「そう、ですか。そうですよね」
あまりにもショックが大きすぎたのか、一瞬視界が歪む。そうだ、僕は彼女の事を何も知らない。
「あ、だけど!君が大人になっても気持ちが変わらなかったら考えてあげてもいいよ!」
そう言って慌ててりんごを半分に割ると割れた片方を僕に差し出す。
「契約書みたいなのはないけど、今はこのりんごを君と一緒に食べる事でその、一時的な契約?した事にしてもいいよ!」
僕は慌てて差し出されたりんごを手に取る。まるで藁にでも縋るように。
この手を取らなかったら僕は後悔してしまうから。
「じゃあ、いただきます!ん〜、おいしい!」
彼女は半分になったりんごにかぶりついて幸せそうに声を上げる。僕も同じようにかじる。
それは今まで食べたどのりんごよりも甘酸っぱくて、今まで食べたどの食事よりも満たされて、今まで食べたどんな食べ物よりも美味しかった。




